第66話 眼鏡フェチ
「あっ、いや、その……一緒にお風呂は、ちょっと……」
「なぁに〜? 私と一緒じゃイヤ〜?」
むつ姉がむむっ、と頬を膨らませて腕を組むと、腕の上に乗っかったおっぱいがたわん、と揺れた。
余計に、『風呂は無理だ』と再認識する。
「さ、先にお風呂借りるねっ!」
そう言って、俺は逃れるように風呂場へ駆け込んだ。さっと、雑念を洗い流すようにシャワーを浴びて、待っていたむつ姉に声をかける。
先に部屋で待っているように言われた俺は、どこかそわそわとした心地でむつ姉の部屋に鎮座した。
「ゆっきぃ、寝るの私の部屋でいいよね?」と言われたが、見渡す限りベッドはひとつしかない。
(え? 俺、あそこで寝るの……?)
むつ姉の香りに包まれて、むつ姉と一緒に?
いくら親戚とはいえ、それはさすがに……
てっきり、来客用の布団か何かを床に敷く(それでも同室に変わりはないんだが)のかと思っていた俺は、「部屋のどこかに布団が隠されているのでは?」と、もはや意味不明なことを思い立ち、部屋の隅や棚の後ろ、ベッドの下などを覗き込んだ。
そして……見つけてしまった。
おそらく、見てはイケナイものを。
(むつ姉のベッドの下に……謎の箱がある……)
これが男の部屋なら、どう考えてもエロ本がしまってある配置に、チェックの柄をした謎の箱があった。
思わず、ごくりと喉が鳴る。
(何コレ……何が入ってるの?)
箱は俺の肩幅くらいの長方形だ。結構デカい。
短い方の幅はちょうど、BDやマンガ本が二列入るくらいだな。
(やっぱり、エロ本なのか? いやいや、むつ姉に限ってそんな……でも、むつ姉だって年頃っていうか、性欲はあるお姉さんなわけだし……)
ダメだ。考えれば考えるほど、気になって仕方がない。
階下からは未だに、むつ姉のシャワーの音が聞こえてくる。シャワーを浴びて、出て、身体を拭いて、ドライヤーして……
まだ結構時間があるぞ。
……見れるなぁ。
いや、しかし。
ダメだろ、そこは。人として。
うんうんと、脳内で唸ること数分。
俺は箱を開けてしまった。
無論、ダメなことは重々承知している。しかし、相手がほぼ肉親みたいなあのむつ姉であり、幼い頃から多少のイタズラは笑って許してくれているという事実に甘え、つい欲望に負けてしまったのだ。
ちょっと見て、戻すだけ。
そう思って開けると、中にはマンガが入っていた。
(え? あれ? これ……)
全然エロくない。フツーの本だ。
ドッと気の抜けた俺は、その一冊を手に取った。
『麻酔探偵コニャン』。
メガネっ子の少年探偵が麻酔を駆使して難事件を解決する、ミステリーマンガだ。
「わっ、懐かしい……」
昔はよく、むつ姉とアニメや映画を観に行ったっけ。
うっかり一巻から読み耽っていると、むつ姉が風呂から出て部屋に戻ってきた。
「あっ」
思わず固まるも、手にしたマンガにエロいことなど何もない。別段隠していたわけでもなく、本棚にしまいきれなかったんだろうと、声をかける。
「むつ姉。懐かしいねぇ、これ!」
などと呑気に笑みを向けると、むつ姉は顔を真っ赤にして、わなわなと震え出してしまった。
「ゆ、ゆっきぃ……ソレ、見ちゃったの……!?」
(えっ? なんで? そんな、隠してたエロ本を見られちゃったときみたいな反応……?)
俺は手にした漫画を表裏、ひっくり返して確認する。
まさか、コニャンはカモフラージュで、中盤辺りには巧妙にエロ本が仕込まれているのか?
真犯人は誰だ!? とページをめくったら、急にずぶずぶな男女の濡れ場が始まったり? ……しかしそんなことはなかった。
別にエッチな二次創作でもない。完全に健全なオリジナルなのに。なんでその反応?
戸惑うように視線を向けると、むつ姉は俺の手にしていた二巻と、床に置いていた一巻を拾い上げ、静かにベッド下に戻した。
そして、どうしようもなく恥ずかしそうに頬を染めて、宣言する。
「私……眼鏡フェチなの……」
(えっ? アレ、そういう意味で置いてあったの?)
言わなきゃ誰も気づかないのに。
どうして性癖カミングアウトしちゃったの?
わざわざ。眼鏡の俺に対して。
別に眼鏡フェチが悪いとかエロいとかは微塵も思わないし、むしろ嬉しいくらいだけど。
そんなドエロい顔して言われたら、ドエロい意味にしか受け取れない!
頬は紅潮し、瞳は潤んで、下手したら俺の眼鏡で自慰してそうなその眼差し……
気まずい! 気まずいよ、むつ姉!
俺は、緊迫した部屋の空気をせめてもうちょいマシにしようと、軽く笑って受け流す。
「はは、だからか。俺に『眼鏡似合うね』って言ってくれるのは」
だが、むつ姉は大層深刻そうに。
「正確には、順番が逆っていうか、なんていうか……」
「逆?」
「私が眼鏡フェチなのは……ゆっきぃのことが好きだからだよ……」
「え?」
むつ姉は、ドエロい顔でそう言った。
『ねぇ、ゆっきぃ。私たち、本当の意味で家族にならない?』
その言葉の意味が、本格的に現実味を帯びてきた瞬間だった。
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