第65話 一緒にお風呂入ろっか!

「ねぇ、ゆっきぃ。私たち……本当の家族にならない?」


 夕暮れに染まる頬はやや紅潮し、伝わる手の熱が、じんわりと胸の鼓動を早くさせる。


「む、むつ姉。それって――」


 どういう――まさか、結婚!?


 昔調べたことあるんだけどさ、従姉弟同士はフツーに法的にオッケーなんだって。

 しかし、聞き返す間もなく、近所から明るい呼び声が届いた。


「六美〜? 幸村くん帰ってきたぁ〜?」


「あ、お母さんだ。行こ、ゆっきぃ」


 そう言って、あれよと言う間に俺は望月家にお邪魔する。


 わけもわからないまま、いい匂いのするリビングに通されて、唐揚げやトンカツなど、俺の好きなものが沢山並んだテーブルに案内された。


「お姉ちゃんから聞いたよ。幸村くん、がんばったね」


 な、なにをでしょうか……?


 と。叔母であるむつ姉のお母さん、望月七瀬ななせさんに視線で問いかける。


「お姉ちゃん――君のお母さんね。電話で泣いてたの。『知らない間にゆきちゃんが大人になってて、嬉しくて寂しくて、私を選んでくれなかったらどうしよう〜!』ってさ」


「なっ――」


 今更? 急にそんな未練がましいこと言われても……


「でも、これも自業自得だから。幸村くんがどっちを選んでも、陰ながらいつまでも応援するってさ。アニメ化して映画化して印税がっぽりになったら、タワマン買ってくれるって。よかったね!」


「そんな……また夢見ちゃって。しょうがないなぁ、母さんは……」


「お姉ちゃんはあんなんだし、私が近くにいるからって、幸村くんを放っておいたのは事実かもしれない。けどね、お姉ちゃんはお姉ちゃんなりに、幸村くんのこと愛してたと、私は思うな。身内の贔屓もいいとこだし、言葉だけじゃあ伝わらないかもしれないけどさ」


「……わかってますよ」


「……幸村くんは、本当に優しいね。こんなできた息子がいて、お姉ちゃんは幸せ者だ。あ〜、お姉ちゃんにはもったいないくらい! もうウチの子になりなよぉ!」


「あはは。そんな……」


 呆れたようにため息を吐くと、すでに席についていたむつ姉が「早く乾杯しようよ〜」と七瀬さんに着席を促す。


「乾杯?」


 尋ねると、むつ姉はちょっといたずらっぽく。


「『ゆっきぃが、遠くに行っちゃわなくてよかったね』のお祝い。不謹慎かもしれないけど、ウチの家族は皆ゆっきぃが大好きだから。あの家にいるって決めてくれて、嬉しかったんだ」


「……!」


 てへ、と舌を出すむつ姉とそのご家族に、愛と感謝が溢れて止まらない。


 その後俺は、まるで本当に家族の一員のように、食卓を囲んでごちそうをいただいた。

 揚げたてのカツと唐揚げで舌を火傷しそうになっても、そのできたての料理の熱さがなんだか嬉しい。


『ねぇ、ゆっきぃ。私たち……本当の家族にならない?』


 その意味合いが、養子縁組の話だろうかと、次第に現実味を帯びてくる。

 (俺はてっきり、『結婚しよう』ってこと!? と思っていたので、とんだ浮かれポンチだったようだ)


 結局、その場ではさっきのむつ姉の言葉について聞くことができず、俺はその後もダラダラとむつ姉と一緒にアイスを食べたりテレビを見たり。

 なんだかんだで、流れで泊まることになってしまった。


「でも、俺の家ほんと近所だし、わざわざ泊まらなくても……」


 帰ろうとすると、むつ姉は俺の顔を谷間に挟んで抱きしめる。


「やぁだ! 泊まってって〜!」


 くそ可愛いぞ。なんだこのJD。(ははっ、俺の自慢の従姉妹だよ!)


 むにゅん、むにゅん、とした柔らかさに絆されて、俺は首を縦に振った。

 すると、むつ姉はつぶやく。


「ゆっきぃは強い子だから、なんとも思ってないかもしれないけどさ。やっぱり、今日みたいな日は、家にひとりでいるのはよくないよ。自分では意識してなくても、きっと余計なことを考えちゃうと思うから。私が、一緒に暮らしてたおばあちゃんの余命を宣告された日も、わかってはいたし覚悟もしていたつもりでも、やっぱりどうしようもなく落ち込んで、泣いたもん」


 「それとこれとは話が違うかもしれないけどね」と付け加え、むつ姉は俺の手を引く。そうして、さっきまでのシリアスなトーンとは一変して、無邪気な笑みを浮かべて。思いついたように手を叩いた。


「あっ、そうだ!」


「?」


「久しぶりだし。ゆっきぃ、一緒にお風呂入ろっか!」


「!?!?」

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