第64話 私たち……本当の家族にならない?

 なんとも気まずい人生の分かれ道をなんとかクリアし、俺は悠々と帰路についていた。


 あんなことがあったのだ、さすがの両親も「今日は三人でご飯でも」なんてご機嫌取りみたいなことを言っていたが、気を遣われると余計に気まずいわ。


 そもそも、知らないうちにふたりとも互いに再婚相手を見つけていたことにまず驚き。

 これがW不倫ってやつか? いや、アレは既婚者同士でする不倫だっけ? だったら、坂巻の親父さんもソフィアちゃんのお母さんも離婚済み、または未亡人だし、不倫してんのはウチのふたりだけだわな、死にてぇ。


 てか、どっちが先に不倫したんだろ? その辺はふたりとも話し合ってんのかな? 両親がイチャラブだった時期を思い出せないから、こじれる様子が想像できない。

 まぁ、多分だけど父さんかな。母さんは元々不倫する余裕なんてないし、「父さんが……アレっ?」ってなった頃に、編集さんといい感じになったとか、そういうのだと思う。

 でも、父さんも父さんで、母さんが全然構ってくれなくて、寂しかったんだろうなぁ。不倫はよくねぇけどさ。


 離婚するとは決めたけど、両親は未だに仲が悪いって感じではない。ほんと、ウチは自然消滅なんだよ。夫婦の絆が、いつのまにか薄っすらと、霧みたいに消えてなくなってしまったんだ。


 俺はそうならないように、気をつけよう。


 道中、全てのことに自分の中でそう折り合いをつけて、帰宅する。すると、家の前にぽつんと、黒髪の美女が立っていた。


「むつ姉……?」


 問いかけると、むつ姉はハッと顔をあげる。


「あ。ゆっきぃ……その、大丈夫……?」


 こんなときまで親戚に気ぃ遣わせるなんて、ほんと申し訳ない。

 でも今は、心配してくれる誰かがいることが嬉しかった。


 むつ姉は、サンダルを鳴らして俺に駆け寄ると、正面から、おもむろにおっぱいを押しつけて抱きつく。


「うぅ、ゆっきぃ〜。お帰りなさい〜!」


 胸元に顔をぐりぐりと擦り付けて、「心配したよぉ」ともらすむつ姉。大丈夫だったのかと、問いかけるその上目遣いに、いつから俺はむつ姉の背を追い越したんだっけ、とふと思う。

 抱きつかれる柔らかさと、おどおど心配するむつ姉の子どもみたいな愛らしさに、俺は、今日一日ずっと忘れていた笑みを思い出した。


 そうだよ、こういうあったかさこそが、『家族』だよ。


「ごめんね、心配かけて。俺なら大丈夫だよ。母さんも」


「そっか。ならよかった。聞いたよ、大学卒業まではこのまま一人暮らしするんだって?」


「うん。どっちの親についていくかもそれまでに決める。でも多分、俺は母さんについていくよ」


 だって、そうじゃないとむつ姉と従姉弟同士でなくなってしまうし。


 はっきり告げると、むつ姉は一瞬驚いたような顔をし、次に安堵の色を浮かべた。

 夕暮れに染まる物憂げな顔の移り変わりが、どこか色っぽい。


 こうして見ると、むつ姉は、もう「おねえちゃん」というよりは「おねえさん」、もしくはひとりの女性だった。


 そんなむつ姉は、俺の答えを聞いてしばし考えるように黙っていたが、ふと、俺の手を握った。


「ねぇ、ゆっきぃ。私の話、聞いてくれる?」


 改まって神妙な面持ち。

 握られた手の強さに、急に胸がドキドキしてきた。だって、力はこもっているのに、むつ姉の手は思ったよりも細くて柔らかくて、やっぱり女性の手だったから。


 だが、同時に。続けられるであろう話に嫌な予感がよぎる。


(この感じ。まさか、むつ姉に彼氏が……?)


 嘘だろやめてくれ。

 俺的には、親の離婚よりショックがデカい。


(それともまさか、最近発情期っぽい荻野のやつが、ついに手を出した……!?)


 ザワ、ザワ、と肌が震える。


 不安をどうにかするように手を握り返していると、むつ姉はその手をたわわなおっぱいの元まで連れていき、両手で祈る形で握りしめた。


 そして――


「ねぇ、ゆっきぃ。私たち……本当の家族にならない?」


(へ……?)

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