第62話 同棲はさすがにヤバい
正面に座る坂巻に、「つか、なんでお前なんだよ」と全力でツッコミを入れたい。
だが、最後に来た俺の到着を確認した父が、立ち上がって挨拶を始めてしまったので、もうどうしようもない。
やれ「この度は息子が大変失礼を……」などという、遅刻に対する詫びに始まり、今後のことについて食事しながらお話しできればと思います的なサムシングをつらつらと。
見ると、坂巻の隣には、母よりやや若く、爽やかで快活そうな男性が座っていた。おそらく坂巻の父で、母の再婚(見込み)相手だ。
にこにこしながら、母の杯に控えめな量の酒を注いで、あれこれと世間話や世話を焼いてくれている。その姿に、俺には若干の見覚えがあった。
(あ。この人……確か、母さんの前の前の担当編集さんだ……)
あの頃は、掲載雑誌が変わったばかりで何かと戸惑い、鬱り、沼っていた母を、「ちょっとでもいいから家で休んでください!」と。無理矢理自宅に連れて帰ってきた担当さん。
いい人だと知っているだけに、正面切って嫌いになれず、余計に気まずい。
一方で父の正面には、金髪で色の白い綺麗な外国籍の女性が座っていた。その隣には、ハーフと思われる金髪碧眼の美少女がちょこんと腰掛けている。
歳はおそらく、中二くらいか?
じーっと見つめる、透き通るような翠の瞳。オリーブを思わせるグラデーションにゆらめくソレは、荻野のカラコンとは違う。本物だ。
あれこれと話を進めようと頑張る父を制止して、母がおもむろに尋ねる。
「選んで。幸村の好きに決めていいよ。見ればわかると思うけど、父さんと母さんは離婚することになったの。お向かいに座るのが、お互いの新しい家族。幸村は、どっちのご家庭と家族になりたい?」
ずばずばと、ときに無遠慮に物を言う母。どこか浮世離れしているところは相変わらずだが、不必要に回りくどい父よりは、俺はこっちの方が好きだ。
おかげで全てを理解できた。
「母さんが都内から離れられないのは知ってる。ちなみに、父さんについていくと家はどうなるの? 今の学校に通える?」
「すまないが、私を選べば遠くに引っ越すことになるだろう。父さんは今、海外のお客さんと親しく関わる仕事をしていてな。外国もしくは、良くて海外事業部のある京都に引っ越すことになる。再婚相手であるヴァレンティーナさんは今、京都にお住まいなんだ。そこに新しく居を構えることになるだろう」
「そっか」
やべぇ。選択肢がソッコーで一個なくなった。
てか、二択が一択になっちまったよ、どうしよう。
俺は最近、念願の彼女――アルティメット超天使・白咲さんを手に入れたばかりだ。彼女と離れる未来なんて、ありえないし選べない。
とはいえ、片方は坂巻だ。選べるわけがない。
選んだところで泥沼なのは目に見えている。
俺は、『再婚した母の連れ子がクラスメイトで同棲することになりました』みたいなラノベ的ウハウハ環境が訪れたとしても、ケースバイケースとしか言えねぇな、と身をもって思い知った。
連れ子ちゃんがさぁ、むつ姉みたいに優しくてあったかくておっぱいの大きい黒髪美少女ならいいよ? けど坂巻、お前はダメだ。色々あったし、ありすぎた。
もし今、坂巻と同棲することになったら。どうせ両親は編集やら漫画やらで忙しくて帰ってこないんだろ? 再婚なんて、なかば新婚同然なわけだし、ふたりの時間も欲しいんだろう?
元来淡白な気質の母さんがまかり間違っても誰かとイチャラブするところなんて、もう想像しただけで気まずっっ! まぁ、見た感じ好き好きオーラ出してんのは、坂巻の親父さんの方みたいだけど……でも気まずいよぉ……
でもって俺、坂巻とふたりきりじゃん。十中八九。
やべぇよ。さすがの俺もやべぇよ。
クラスメイトと同棲はマジでやばいって。
俺は、誘惑に負けて二股浮気して、ざまぁされる悪竿役にはなりたくねぇんだよ。
幸せに、彼女とイチャコラしたいだけなんだよ!!
せっかく俺にもそういうターンが回ってきたと思ったのにさぁ。
あ〜、どうすんだよ、この状況……
俺は坂巻をチラ見した。
返ってくるのは「いいからこの話早く終われ」みたいなため息と、
それでいて、目が合った瞬間の「えっ、うそ。選ぶの? あたしを選んじゃうの!?」みたいな、若干の期待と不安が混じった、頬染め顔の視線だ。
俺は、脳みそを振り絞って結論を出した。
「俺、ひとりがいい」
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