第二部 連れ子編

第61話 そのクラスメイトが義妹になるかもしれない件

 坂巻と和解(?)し、数日が経ったある日。


 およそ三年ぶりに『家族LINE』に連絡があった。俺が中一になってスマホを購入したときに作った、父、母、俺の三人のグループLINE。

 その後はぽつぽつと、父や母から「今日は帰ります」みたいな連絡を受けていたと思う。


 それすらなくなって早三年。

 父から連絡が入った。


『大切な話があります。来週の土曜日、十二時に、東京日本橋の下記店舗に来てください』


 そして母から、


『幸村、できるだけ綺麗な格好してきてね。なければ制服で』


 などと補足が入っている。


 添付されたURLには、見たことのないような高級料亭の情報が記載されていた。


 俺は完全に蚊帳の外。父と母によって話は全て済んでいるというわけだ。

 俺はそこで、何かしらの事実を聞かされるのだろう。


 多分……離婚かな。


 もともと、ほぼ自然消滅していた『家族』が、名実ともに解散となる。

 きっと俺は、そこでどちらについていくかの選択を迫られるのだろう。


 母は毎週のように納期に追われる、界隈ではそこそこ売れっ子の漫画家。しかし、凝り性ゆえに妥協できず、作業場に寝泊まりしているうちに、家に帰らなくなった。


 一方で父は、デザイン関係会社の営業職。付き合いによる飲み会も多く、帰宅は大体日付をまわる。職場もそこまで家から近くない。面倒になって、帰ることをやめたんだろう。

 ちなみに、収入はおそらく母の方が高いと思われる。


 すれ違いにすれ違いを重ねて、俺たちは『家族』のカタチを失った。

 そして現在に至る。


 俺は浮かない心地でカレンダーのアプリを立ち上げた。


(来週の土曜日か……シフト、入ってないなぁ)


 ……行けちゃうじゃん。


 いや、たとえシフトが入っていたところで、おそらくは俺の人生を左右するような話だ、行かないという選択肢はない。

 店長に話をすれば、快く代わりを見つけてもらえるだろう。場合によっては、「大丈夫? 数日お休み入れようか?」なんて気遣いまでされてしまいそうだ。


 第三者からみれば、俺が心にダメージを負っているのでは? と心配になるだろう。

 だが、俺としては「なるようになったか」というのが率直な感想だった。


 ◇


 そして、翌週末。


 一応アイロンをかけたシャツと制服に身を包んで、俺は日本橋の高級料亭に来ていた。


 時刻は昼の十二時五分。

 五分の遅刻だ。

 だが、わざと遅刻した。


 だって、離婚の話をするにしたって、家族(笑)の三人だけなら、なにもこんなに高い料亭で話しすることないじゃないか。家でいい。


 ってことは。

 この木目調の鮮やかな扉の向こうには、絶対、百パー、どっちか(または両方)の新しいパートナーや連れ子がいるんだよ。


 気まずい。そんなの絶対気まずいに決まってる。


 そんな人たちにジロジロ顔色伺われながら、どっちについてくか選ぶんだろ?

 ふざけんな。そんなの、一秒だって一分だって短い方がいい。

 相手の到着なんて待ってられるか。俺が、一番最後にこの店に入るんだよ。


 内心で精一杯イキってみせて、俺は、案内された個室の扉を開けた。


 開けた瞬間。

 黒髪で、長いまつげの下にうっすらとくまを残した美人(俺が言うのもちゃんちゃらおかしいが、第三者的にはそう)がふらふらと手を振った。

 母、真壁(旧姓、宵乃宮よいのみや幸音ゆきねだ。


「幸村。こっち、こっち。もう、遅いよぉ」


「ごめん」


 表面だけで謝りながら、緊張を隠すようにして母の隣に向かい、両親に挟まれるかたちで座る。

 すると、正面に見覚えのあるベージュの巻き髪が鎮座していた。


「は?」


「へ?」


 思わず顔を見合わせる。いや、正面にいるんだから、見合わせるも何もないんだが。


 「ま、まかべっ……!?」


 「「なんでここに……!」」


 と。言いそうになって互いにせた。


 なにせここは『大人同士がメインの場』だ。

 高校生、もとい子どもの出る幕なんてないと、お互いに理解はしていた。それゆえに、口数少なく、尋ねられたことにだけ答えるのが正解……


 頭では理解していたのに、俺も、正面の女子も、思わず声を出しそうになってしまったのだ。


 だって、離婚するっぽい母の、再婚相手の連れ子が、クラスメイトの坂巻綾乃だったのだから。

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