第59話 放課後、屋上で

 ウチの学校――鏡原学園高等学校は、俺の住む街の駅が最寄だ。

 駅の改札で白咲さんを見送って、俺は学校へと足を向ける。


 すると、ちょうど大学に向かう途中だったむつ姉に声をかけられた。


「ゆっきぃ……?」


「あ。むつ姉、おはよう」


 「聞いてよ、俺、初めての彼女ができたんだ!」

 「それがすっごく可愛い、いい子で!」

 「彼女なら、きっとむつ姉とも仲良くなれると思うし、今までどおり家に遊びにいくことも許してくれると思う――」


 と。伝えたいことが沢山あって、言葉が渋滞を起こす。


 しかし、むつ姉の表情は、それらの明るい話題を切りだせないような、重く暗い雰囲気を醸し出していた。


 何も言えずに駅の外れに移動すると、むつ姉が口を開く。

 肩にかけた鞄の紐をにぎりしめ、まるで、勇気を振り絞ろうとする神妙な面持ちで。


「おはよう、ゆっきぃ。あの、さ……おじさんとおばさんのこと、もう聞いた?」


「へ?」


 むつ姉の言う『おじさんとおばさん』……ウチの両親のことだ。


「聞いてないけど。何かあったの?」


 最近、メールもろくに寄越さないからな。


 尋ねると、むつ姉は「しまった」というように口をおさえた。


「き、聞いてないならいいの。私の口から話すのもいけないし、おかしな話だと思うから……」


「ひょっとして事故?」


「そういうのじゃないんだけど……」


「じゃあ借金? 言っておくけど、俺は相続放棄するよ。そしたら、債務も関係ない」


「そういうのでもなくてぇ……と、とにかく! まだ聞いてないならいいの! ごめんね、引き止めちゃって! それじゃ、学校がんばって!」


 強引に頭をなでなでっ! とされて、俺はそれ以上を追及する術を失った。

 幼い頃から、俺はむつ姉に弱い。

 こうしてなでなでされたり、ハグされたりすると、色んなことがどうでもよくなってしまう。


 俺にとってむつ姉は、家に帰って来ない両親よりも、よっぽど『家族』と呼ぶにふさわしい存在だった。


(むつ姉が「いい」って言うなら、まぁ別にいいか……)


 俺は、なでられた頭をこそばゆい気持ちで掻きながら、学校方面へと向かった。

 その途中で、登校している坂巻に遭遇する。


 坂巻には、先日告白――というか、「好きだ」と打ち明けられている。


 『真壁に恋人ができるまで……ちょっとの間でもいいから、隣にいさせて欲しい』


 そう言われていたのを思い出し、俺は声をかけようとした。

 むつ姉は従姉妹だからいいかもしれないが、さすがに今後は坂巻とデートすることはできなくなるだろうから。想いを打ち明けてくれた坂巻へ、白咲さんと付き合うと決めたことをせめて報告しようと思って……


「坂巻!」


 声をかけると、坂巻はびくり! と肩を跳ねさせる。ついでにベージュの巻き髪もぴょこん、と揺れた。そんな様子がおかしくて、今まで「ギャルだ」というだけでどこか怯えていた自分がばからしく思えた。


「おはよう」


「お、おはよぅ……」


 足を止めたものの、もじもじと髪を弄るだけでなかなか視線を合わせてくれない。

 チラチラと、周囲を気にしているのかもしれないな。

 確かに、こうして照れ散らかしながら話していると、坂巻が俺を好きなのがモロバレだから。


「坂巻……あの、さ。今日の放課後、ちょっと時間いい?」


「え……?」


 驚いたように見上げた瞳。てっきり、以前の俺みたいに「告られる?」と勘違いされて嬉しい顔をされてしまうかと思っていたが。坂巻は、思いのほか浮かない顔をしていた。女の勘ってやつだろうか。


 なんと言ったらいいのか……やっぱ気まずいなぁ。

 言い淀んでいると、坂巻は俯いていた顔をあげる。

 大きな瞳でまっすぐに俺を見つめ――


「わかった。あたしからも、真壁に伝えたいことがあるの。じゃあ放課後、屋上で」


 面を食らうほど強い眼差しで、坂巻はそう言い切った。

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