第54話 想定外の結末

「私、その……好きな人がいるの!」


 突きつけられた事実に、思わず呼吸が止まるかと思った。


「真壁くんの働いているアイス屋さんの、銀髪の……」


 ああ。荻野か


 ……え?


「荻野?」


 うっかり口に出すと、加賀美さんは口元を抑えて赤面する。


「そう……荻野っていうのね……?」


「あっ。いや、その……」


 どちらかというと、荻野……かな?


 でも言えない。

 こんなに嬉しそうな加賀美さんを見るのは久しぶりだし、ついぞ見たことのない乙女チックな表情が、なんだか新鮮で、可愛すぎて。


 いやさ、いつかは知ることになるとは思うよ? それが早いか遅いかってだけで。教えてあげるのも、ある種の親切だっていうのはわかってる。

 けど、この『恋しちゃいました』的な幸せオーラを、今この瞬間、一撃で。「あっ。そいつ女だよ」なんて一言でぶち壊すことは、俺にはできない……


 そもそも、加賀美さんがそれをどう思うかは別として、幸か不幸か、荻野を相手に男か女なんて、ぶっちゃけどうでもいいことだしなぁ。


 でも、いくらナイチチだからって……あっ。そっか。お客さん側から見ると、店員である俺たちはアイスのショーケースに阻まれて、肩から上くらいしか見えないのかも。女子の視点だと余計にか?

 いくらレジでは全貌が見れるとはいえ、一旦目がハートになっちゃったら、盲目的になって、それどころじゃあなかったのかも。

 荻野は顔も良いし、声もわりかし中性的だからなぁ……


「真壁くんは、その……荻野くんとは仲良いの?」


「え。あ〜、いや、なんていうか、その……」


 「俺そいつとキスしたことあるよ」。


 なんて……言えるわけないよなぁ。


「ちょっと前にね、あの人の言葉に胸動かされたことがあって。それ以来、あの人のことが頭から離れなくて……こんなの初めてなの」


 うっ。ぐっ、悔しいが……加賀美さんがそんな顔するの初めて見た。

 なんか、魂が奥底から輝いてるみたいな、凄いきらきらなエネルギーに満ちた顔。

 ぶっちゃけすげぇ可愛い。


 最近元気のなかった加賀美さんが、こんなに嬉しそうに……

 恋すると、人はこんなにパワーが溢れるものなんだなぁ。

 元・好きな人のそんな姿に、自然と口元が綻ぶ。


 俺、フラれて気がついたんだけどさ。恋って、こうやって追いかけてる瞬間が、なんだかんだで一番楽しいのかもしれないなぁ。

 俺がそうだったみたいに……


「ど、どうしよう。今度お店に行ったら、勇気を出して声をかけてみようかな、なんて思っているの。……なんて呼べばいいのかな? 彼、あだ名とかあるの? おぎおぎくん?」


 ……加賀美さん。それ、あだ名のつもりかい?

 元・想い人。ネーミングセンスZERO。

 俺は思わず言葉を濁す。


「あー、いや……それはやめといた方がいいんじゃないかな?」


 くそダサだから。


「せめてほら、りょーちゃんとか、どう?」


「りょーちゃん?」


「うん。バイト先の人(むつ姉と店長)にはそう呼ばれてる」


「下の名前、知らないけれど……りょーすけくん、とかなのかしら?」


 いや、りょーこだよ。


 くっ……! ここで加賀美さんの夢を壊すわけには……!


「ねぇ真壁くん。私に告白してくれたあなたに、こんなこと頼むのは間違ってるってわかってる。でも、私には頼れる人が真壁くんしかいないの……」


 好きな人からの、『頼れる人が真壁くんしかいない』。

 すげぇパワーワードだ。断れる気がしねぇ。


「お願い、あのお兄さん……荻野くんの好きなものとか、知っていることがあったら、教えてくれない?」


 ああ、加賀美さん、やっぱり荻野のこと完全に男だと思ってるんだなぁ……


「あっ、いやっ、そのっ……」


「お願い、真壁くん!!」


(うーん、どうしよう……う〜〜ん……!)


 フラれたからって、俺は『カッコよくなって見返して、あとから告ってきてももう遅い、ざまあ』みたいなことをしたいとは微塵も思わない。


 俺は、確かに加賀美さんが好きだった。だからこそ、フラれてすっきりした今は幸せになって欲しいし、応援したい気持ちはやまやまなんだけど……


 荻野かぁ……


 まず、男だと勘違いしている誤解を解くところからだろ? マイナススタートじゃん。

 でも、もし加賀美さんと荻野がうまくいって付き合うことになったら……


 加賀美さんのファーストキスが、荻野になったりするのかな?

 そしたら俺と仲間だ。荻野に初キス奪われた仲間。

 えっ、あれ? でも待って。それって……


 ……間接キスじゃね?


 荻野を介して、俺は加賀美さんとキスしてるってことに……?

 わっ。わぁぁ……!


(…………)


 それはねぇな。


 冷静になり、俺は目が覚めた。


「ひ、ひとまず、連絡先を教えていいか聞くくらいなら、できるかな……?」


 止むを得ず、ごにょごにょとそれだけを口にすると、加賀美さんは、ぱぁ! と顔を輝かせた。

 残念だけど、君にその顔をさせてあげられるのは、俺じゃなかったってことなんだな……


 俺は、憂いとも諦めともつかない、でもどこかすっきりとしたため息を吐いた。


 安心してくれ、加賀美さん。

 荻野は強くてかっこいい……君を任せることのできる、サイコーのだぜ。


(さぁて、俺はこれからどうしよっかなぁ……?)

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