第53話 あなたが好きです。

 翌登校日。俺は加賀美さんになんとか声をかけ、ふたりきりで話す時間を得ることに成功した。


 昼休みに、屋上で。

 そうと決まったからには、もう授業なんてどれも頭に入ってこない。


 数学教師のマニアックな数式美学うんたらという、まるで受験に役立たない話を右から左に流しつつ、頭の中は加賀美さんのことでいっぱいだった。


 俺は、加賀美さんが好き。


 それは間違いない。


 あの凛とした面差し、すっとした背筋や足取り、穏やかで大人っぽい笑み……それらを見るたびに、つい胸がドキドキしてしまうのは、中学の頃から変わらなかった。


 ただ最近は、その加賀美さんに対する『好き』が、恋慕なのか憧憬なのかの区別がつかなくなっているのではと、薄々感じていた。


 中学の頃、俺は加賀美さんしか親しい女子がいなくて。でも今は、坂巻や白咲さん、色んな人の好意というものに触れて、(改めて言うのも小恥ずかしいが)愛や恋といったものの存在をこの身で知った。

 だからこそ、あの頃――そして今。俺が加賀美さんに感じている熱がどこに当てはまるのかが、よくわからないんだ。


 ただ、これだけは言える。


 俺は、加賀美さんの前向きな姿勢や人となりが、とても好きだった。


 長らく追い続けてきた憧れの人。中学の頃から胸に抱いてきたこの想いを、今更無かったことにもできない。


 だから……俺は、決めた。

 加賀美さんに、告白しようって。


 本当は、連絡先を聞いて、デートに誘って、それから告白しようと思っていたのだが。考えたらさ、急に連絡先を聞かれたら、「なんで?」って思うだろ?

 で。「デートしたいからです」なんて、その場で言えるわけないじゃん。でも、他にうまい言い訳も思いつかないんだよ。


 もし仮に、運良くデートにこぎつけたとしてもさ、「どうしてデートしようと思ったの?」ってなったら、俺の気持ちなんてもう丸わかりなわけで。


 だからもう、決めたんだ。 


 ◇


「加賀美さん。好きです。俺とデートしてください」


 昼休みに、屋上で。初めて俺がアイス屋でバイトしているとバレたときと同じように向かい合う。今度は俺が、加賀美さんを正面に見据えて……


 俺は告白した。


 急な呼び出しに、「どうかしたの? 悩み事?」なんて親切心で応じてくれた加賀美さんは、大きな瞳をきょとんと見開いて、髪を風に靡かせている。


 さぁさぁと、風の吹き抜ける音ばかりが響いて、俺たちの時間は止まった。


 少しの間をおいて、俺は口を開く。


「中学の頃から、俺は加賀美さんに憧れていて……ずっと、まっすぐに頑張る君のことをカッコいいと、素敵だなと思っていたんだ。俺が勉強に打ち込んで、この学校に入ることができたのも、元を辿れば加賀美さんのおかげなんだ」


「!」


「高校に入ってからも、それは変わらなくて。最近、弓道部の活動や学級委員とかの仕事も、いつにも増して忙しそうで、なんだか元気がないことにも気づいてた。だから、こんな風に想いを打ち明けられるのは迷惑かなとも考えたんだけど。でも、もし加賀美さんに元気がないのなら、今度は俺が、隣で支えてあげられないかなって、そうも思って……だから……」


 俺はもう一度、はっきりと告げる。


「加賀美さん。あなたが好きです。俺と付き合ってください」


 これ以上の告白はない。

 俺の中の想いと、できるかぎりの誠意を込めて、まっすぐに言い放った。


 少し前までの俺だったら、多分できなかったと思う。けど、この勇気を、俺は二度(荻野を含めると三度)もこの身で目の当たりにしている。

 彼女たちが、俺に勇気を与えてくれた。勇気の出し方を、教えてくれたんだ。


「「…………」」


 沈黙が痛々しく胸に響く。

 ああ、やばい、どうしよう。

 加賀美さんの表情は相変わらず、驚いた猫のように固まってしまっている。


 もし、加賀美さんに少しでもその気があるのなら、もう少し喜んでもいいはずだ。


 やっぱり、急ぎすぎだっただろうか。

 なんとなく予感はしてたんだ。


 人間、急に告られたからって、それが相手を好きになる理由になんてならない。


 事実、坂巻に唐突な好意を向けられた俺は、最初、ただただ戸惑ってしまった。だからきっと、加賀美さんもそうなんだ。


 塾で同じ時間を過ごして、俺に加賀美さんを好きになる理由があったとしても、加賀美さんに、俺を好きになる理由があるとは限らないからな。


 だから皆、デートするんだ。

 「あなたのことが知りたい」「話がしたい」と。

 そうやって絆を深めて、自分を見せて、少しでも相手に好きになってもらえるように努力してから、告白する。それがセオリーなんだと、俺は坂巻と白咲さんに教えてもらっていたんだな。

 それに今更気づくなんて。やっぱり俺は、未熟な恋愛初心者だよ。


 だが。やると決めて、やり切ったからには、俺にはもう待つことしかできない。


 拳を握りしめて返事を待っていると、加賀美さんはおずおずと、口を開いた。


「ご、ごめんなさい。あまりに急な話で、驚いてしまって、うまく言葉が出てこないのだけど……その、真壁くんの気持ちは、すごく嬉しいの」


「!」


「でも……その……本当にごめんなさい!」


 加賀美さんがそう言って、頭を下げた瞬間。



 俺は終わった。



(ああ、ダメだったか。でも、悔いはないよ。この想いを墓場に持っていかなかっただけ、俺も成長したと思うし……)


 あとは、加賀美さんが幸せな学園生活を送れるように、陰ながら応援するだけの男になろう……


 と。あしたのジョーのごとく燃え尽きていると。

 加賀美さんは……


「わ、わたし、好きな人がいるの! だから、真壁くんとは付き合えなくって……!」


 ああ、誰だよ。そんな世界で一番の幸せモンは。

 でも、それで加賀美さんが幸せになるなら、俺は嫉妬に燃える心をおさめて、応援するぜ……


「その……真壁くんも知っている人なんだけれど……」


 うそ。マジ? 超羨ましい。マジで誰?

 クラスの奴? 皆川とかかな? それとも弓道部の誰か? いやいや、ワンチャン先生とかの可能性も……


「真壁くんのバイト先の、あの……銀髪で、ピアスを沢山している、カッコいいお兄さん……」


「へ?」


 思わず声が出た。


 バイト先って、アイス屋か?

 だよな。他なんてないもん。


「えっ。ちょっと待って……」


 銀髪? ピアス? それって……


 荻野じゃん。


「私……あののことが、好きなの……!」


 その言葉に、俺は彫像のように固まった。

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