第43話 新生、おれ

 俺と皆川の作戦は大当たり。

 なんと、トーナメント形式で行われる、決勝戦まで。俺はあまり狙われることがなかった。

 ハーフパンツジャージのポケットに手を突っ込み、コートの上でドヤァしていただけなのに。

 見たことのない生き物が怖い人間の心理って、やっぱ本当なんだ。


 「えっ、誰あいつ?」

 「あんな奴いたか?」


 という、相手チームのひそひそ声が心地いい。


 俺は何もしていない。だが、何故か最後の方まで残るし、俺の前に来たボールを取ってくれる皆川の見せ場を作るし(皆川は女子から人気があるから、活躍の場を作るとグッジョブ扱いされる)で、クラス内での『新生真壁』の株は、知らず知らずのうちに爆上がりしていた。


 それを、坂巻は、苛立ちにも焦りにも似た気持ちで眺めていた。


(ああぁぁ〜! どうしよう! ゆきくんが注目されてる! 人気が出ちゃう! うぇぇええええ……!)


 ゆきくんの良さは、あたしだけが知っていればそれでいいのに!!


 準決勝終了後。

 ぎぎぎ、と眉間に皺を寄せてハチマキの端を噛む坂巻に、声をかける。


、そんな顔してどうしたの?」


「ちょ……『ゆきくんモード』で話しかけんのやめてよ。落ち着かないでしょ」


 ほんのり頬を染めて、ぷい! とそっぽを向く坂巻。今更照れ隠ししたところで、デートのときのデレデレフェイスを見ている俺には、無意味で可愛い抵抗にしか思えない。


「だから、どっちも正真正銘俺だってば。『ゆき』の方が、ちょっと外ヅラがいいってだけで。そっちだって、気づいてたんじゃないの? どうして知らないふりを?」


「それ、は……」


 あたしが真壁カッコいいって騒いで、皆が真壁の良さに気がついて、取られちゃったらヤダなって。


 言えるわけないでしょーが。


「な、内緒……」


 バツが悪そうに視線を逸らす坂巻に、俺は提案した。


「じゃあさ、俺が決勝で勝ったら、教えてよ」


「えっ?」


「ドッジの決勝で、最後まで残って勝ったら。今言い淀んでる、その理由を聞かせて」


「ちょ、ちょっと。真壁……!?」


 それだけ言って、俺はその場を後にした。


 ◇


 ドッジボールの決勝戦。

 ひとり、またひとりと倒れていくクラスメイトを、淡々とポケットに手を突っ込んで眺める。

 一瞬、俺を狙ったと思しきボールが耳の端を掠めそうになったが、その程度なら、フッ、と首を傾けるだけで躱すことができた。


 生憎と、中学の頃はAPEXなどのFPSにハマっていたので、反射神経自体はそこまで悪くない。

 ただ、「来る」とわかったときに躱すだけの身体能力が無いだけだ。上手い奴に本腰を入れて狙われてしまえば、すぐに当てられてしまうだろう。


 それを止めてくれるのが、本日ヒーロー間違いなしの、皆川だ。俺に出る幕はない。

 だって、ドヤァするのをやめて俺が手を出したところで、突き指すんのがオチだからな。


 そんなことを考えていると、突如、女子の甲高い悲鳴が聞こえた。


「皆川くんっ!?」


 目の前で、サイドに来たボールをレシーブで受け、キャッチしようとしていた皆川が、やられた。

(これは、本来イリーガル・キャッチと呼ばれて、場合によってはダメだったりすることもあるらしいが、ウチの学校の体育では『ボールが地面についてないからOK』とされている)


 皆川のレシーブしたボールは当たりどころが悪かったようで、外野方向に大きく逸れる。


「あちゃ〜、やっちまった。すまん真壁、後は任せた!」


「へ?」


 気がつくと、周囲に味方はいなかった。

 孤軍奮闘。四面楚歌。愚や愚や汝を如何せん。


「え? 俺ひとり?」


 マ? それ、マ?


「がんばれ、真壁! うまく取れたら、俺に回して!」


 キラッと親指を立て、外野に向かう皆川の爽やかさといったら。眩しすぎるぜ。

 ついでに、閑散とした自コートを照らす、日差しの照り返しも眩しい。

 だって俺しかいないから。コートがすげぇ広いんだ。


(えっ。うっそぉ……)


 『皆川くんっ!?』 俺も叫びたい気持ちになった。


 ボールを手にした敵の大将が、俺をにんまりと見据えている。肩の筋肉が一際大きく隆起した、ラグビー部だろうか。


「見ない顔だが、皆川より強ぇってことはねーだろ」


「はっ、どうだか」


 ともすると、そこらの女子より弱ぇかもだぞ。


 俺は、せめてもの威圧的な態度でラグビー部くんを見据える。

 ここまで来て、ポケットに手を突っ込むのもナシだろう。両手を出して、お腹の辺りでおにぎりの形に構える。

 昔、むつ姉が言ってたんだ。


 『ゆっきい、ドッジのときは、おにぎりの型だよ。お腹に当たると、痛い痛いしちゃうからね』


 って。小一の頃にな。


 よし。全集中……


「来いよ」


 まっすぐ。せめて痛くないとこにして。


「面白れぇ、真っ向勝負だ!!」


 熱血少年誌みたいなことを言いながら、ラグビー部くんが振りかぶった。

 俺のおにぎりのど真ん中に、凄まじい勢いのボールが飛んできて……


「取った!?!?」


 皆川が、驚きに声をあげる。


 いや、正確には取れてない。

 そのボールは、俺の腹にあざでも作る勢いで飛んできて、俺の手に当たって、取ろうと思って力を込めたら、天高く上に飛び上がった。


「まだコート内だ、取れ! キャッチしろ、真壁!」


「いけ! 取れ、取れ!」


 一足先に散っていったチームメイトの男子から、声援が送られる。


 すごい。これが、団結。一体感ってやつか……


 俺は空からまっすぐに落ちてくるボールを見上げて、手を掲げた。


(あとちょっと! 来る、来る……!)


 その瞬間。


「がんばれっ! 真壁ーーーーっ!!」


 坂巻の、声が聞こえた。


 思わず背後を振り返ると、フェンスの外、観戦する女子の一群の中で、立ち上がって声を出す坂巻が見えた。


(さか、まき……?) 


 クラスのインフルエンサーでもある坂巻の声援を受け、男女を問わず、外野も同様に声援を飛ばす。

 一生懸命に応援する坂巻の、大きな瞳と目が合って、その奥底に吸い込まれそうな心地になる。


「あっ。」


 重力に引っ張られ、天から勢いをつけて落ちてきたボールは。俺の手に当たり、キャッチされることなくコートに転がった。

 俺は、右手を抱えてその場に疼くまる。


「つ、突き指、しました……保健室に……」


 ピピーッ! と試合終了のホイッスルが鳴り、相手チームが歓声をあげる。


 俺こと『新生真壁』は、その日。

 キモオタ眼鏡から、貧弱真壁にジョブチェンジした。

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