第42話 保健室の先生とはマブ
校庭にて、クラスごとに列を成し、担任によって人数確認をされる。
幸にして欠席者はゼロ、加賀美さんの望み通り、高一最初のイベントである初夏の体育祭は、全員参加の運びとなった。
憎たらしいくらいに蒼く晴れ渡る空を見上げ、俺は呟いた。
「あっちぃ……」
怠さMAXでTシャツの胸元を仰いでいると、黒キャミソールの上に白衣を羽織った、グラマラスな美女がやってくる。
「真壁くん」
「あ。盛り過ぎ……じゃない。森杉先生」
養護教諭の森杉先生は、俺が入学式の校長の訓示で貧血を起こし、ぶっ倒れて以来、なにかと気にかけてくれるとても良い先生だ。
美人で優しくて、いつも薬と香水のいい匂いをさせていて。おっぱいは……多分むつ姉より大きい。
でも、あまりにカタチと艶が良すぎるため、一部からはヒアルロン酸かシリコンバックではないかと噂されていた。
そんな、男子の誰もが視線を奪われる谷間を覗かせて、森杉先生が心配そうに覗き込む。
「結局、出ることにしたの?」
「あ、はい。色々あって……」
「種目は?」
「ドッジです」
「そう。なら、下手なところに当たらない限りは大丈夫そうね。ちなみに、リレーの方は?」
「クラス対抗、選抜リレーですよ? 足の速い奴が出る。俺が選ばれるわけがないでしょう?」
「そう? 真壁くん、意外と逃げ足は速い方なんじゃない?」
うっふふ、と含みのある妖艶な笑みが、美しくてちょっと怖い。
「先生ひょっとして、街中で俺を見ました?」
「んーん、なーんでもない♡ 大丈夫そうなら別にいいのよ。体調に何かあったら、いつでも私のところにきてね。涼しい保健室で、一緒に体育祭を観戦しましょ。保健室ってね、いつもひとりだから退屈なのよ」
「できることなら、今すぐにでも」
「それはダーメ♡」
うふっ、と見惚れるような笑みを浮かべて、森杉先生は保健室に去っていった。
どこからか、「真壁、いいなぁ」という恨めしげな男子の声が聞こえてくる。
そして何故か、坂巻がチラチラとこちらを見てくる。
体育の先生から、勝敗の決め方やタイムスケジュールなど、ひととおりの説明を受け終わり、各自、出場種目が行われる場所へと移動する。
そんな中、ウチのクラスでドッジボールの最有力選手と思しき、ハンドボール部の
「真壁、出ることにしたんだ?」
「ごめん。ひとり欠員がいれば、人数あわせの対応措置として、皆川の残機が一個増えたかもしれないのに」
「ハハッ、別にいーって。気にすんな。そんなハンデ無くても、俺たちが勝つ!」
そう言って、皆川は快活に、両の拳を打ち鳴らした。
「マジかっけぇ、皆川……」
「よせやい、照れるぜ」
日焼けした浅黒い肌に、白い歯の目立つ笑み。
皆川は、陰キャの俺にも分け隔てなく接してくれる、善なる陽キャの一族だ。
友達……と呼んでいいのかよくわからない距離感にいると思っていたが、こうして気さくに話しかけてくれるのは素直に嬉しい。いい奴。
高校に入学して、約三か月。友達と呼べる人も片手で数えられるくらいにはいるが、俺の交友関係は、坂巻のような陽キャ達と比べると、未だ安定していない方だと思う。
例えるなら、友人ら(俺の中では)に、休日に「遊びに行こう」と気軽に誘えるかどうか、微妙なところ。
なにせ俺は部活にも入っていないし、放課後はバイト漬けだしな。話す機会も、休み時間と昼くらいなんだ。ぶっちゃけ、荻野が一番仲良しだったりする。
だから、こういう風に普段関わりのないクラスメイトと話す機会ができることは、体育祭の主な目的なのかもしれないな、と。らしくもなく感心した。
加賀美さん、出るように誘ってくれてありがとう。
「にしても、マージで印象変わったな。一瞬誰かと思ったわ」
「ああ、コレ?」
右目を指差すと、皆川はこくこくと頷く。
「俺はクラスメイトだから、『わぁ、すげぇイメチェン!』で済むかもしれないけど、ぶっちゃけ他のクラスの奴なんて、お前が真壁だって、わかんないんじゃねーの?」
その言葉を聞いて、俺は閃いた。
「それってつまり、俺は他のクラスの奴らにとっては、未確認生物……ってコト!?」
勘のいい皆川も、同時に気がつく。
「ハッタリが、使えるかもな。よーし、真壁。お前はとにかく、コート上で『俺強いですオーラ』出しとけ。そしたら多分、狙われない」
「おっ」
「俺だったら、実力のわかんない奴より、まず確実に当てられる奴を狙う。だから、とにかくふんぞり返って、狙われないようにしとくのがいいと思う。お前のことをよく分かってない奴が日和見なボール投げてきたら、俺が取る!」
こしょこしょと、ふたりかぎりの作戦会議が終わり、俺たちは「フ!!」と笑った。
加賀美さんのおかげで、俺は、新しい友達の作り方を覚えられた気がしたよ。
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