第41話 体育祭とお披露目

 来たる体育祭の日。

 俺は自宅の洗面台で、コンタクトをつけた。


 鏡に、色白でやや前髪の長い、見るからにダウナー系の男が映る。

 『くく、まさかこの姿を衆目に晒す日が来ようとは……』

 脳内魔王ごっこに意味はない。だって、アイス屋では毎日のように、衆目に晒しているわけですし。


「はぁ……体育祭、ヤダなぁ」


 脳裏に一瞬、『がんばれっ!』という荻野の声が浮かんだ。

 背中を押してくれる荻野に、心の中で礼を言う。


「うしっ、行くか」


 いざいざ、出陣だ。


 ◇


 校門、クリア。下駄箱、クリア。

 今のところ、誰にも何も言われない。


 いや、何を言われることを恐れ、期待しているのかすらわからないが。多分、「えっ、どうしたの!?」って言われて、説明するのが面倒なのを恐れているんだろう。


(坂巻、いたらどうしよう……)


 いや、いるだろ。フツーに。当たり前のように。


 そんなひとりツッコミを入れつつ教室の扉を開けると、案の定。俺の席の前で、ベージュの巻き髪をしたギャルがくっちゃべっていた。

 体育祭だからなのか、今日はポニテだ、珍しい。


「綾乃、バレーだっけ?」


「うん」


「マジ〜? ちょっとぉ、サーブのときに胸揺れ過ぎて、どっちがボールかわかんないじゃん。やめてやめて〜! 紛らわしぃ〜! バインバインってぇ~?」


「擬態型か〜? うらうら〜」


 もにゅもにゅ。


 と。俺氏予想Cカップの河野が、恨めしそうに坂巻の胸を揉みしだく。


「ちょ、真紀!? 教室で胸触んのはダメだって……! もぉ〜、菜々が変なこと言うからぁ!」


 と。男子の食い入るような視線をものともせず、朝からわちゃつく坂巻ズ。


 俺は、最早一周回って冷静に、すん、とした表情で自席前に立つ。

 俺の机に尻を乗っけて、友人らとじゃれている坂巻に、「どいて」と視線で訴えるように。


 その視線に、坂巻が硬直した。


 体育祭で気張る為なのか、普段よりも心なしか濃いメイク。バチクソ眩いマスカラと、大きな瞳を一層見開き、うる艶リップの震える唇を開く。


「え……? ゆきくん……?」


「おはよう、


 『なんでここに?』


 てっきり、そうくると思っていたのだが。


「え……なんで、今日は『ゆきくん』なの……?」


 その言葉と、思ったよりも驚いていない表情に、俺は得心した。


「……やっぱり。気付いてたのか。なんで黙ってた?」


「えっ。あっ、えっ。それは、その……」


 赤面して俯く坂巻をよそに、俺の登校に気づいたクラスメイトたちがざわめき出す。口々に、


「え? 誰あれ?」

「ばか! 真壁だよ!」

「ハァ? あんなイケメンだったっけ? イメチェン? やばー」

「イメチェン……では、なくね? 髪型とかは変わってないし」

「つか、前まではマスクで眼鏡曇ってて、ほぼ顔見えてなかったからな~。真壁御開帳! ってか~?」

「えっ。うそ。アレがあの、ひとりで本読んで、ぶつくさオタクっぽくほくそ笑んでる真壁!?」


 ……なんか最後、失礼な声聞こえたけど。


 俺、そんなに独り言激しかったっけ? 自覚なかったわ。気をつけよ。


「正真正銘、真壁だよ。体育祭だから眼鏡をコンタクトにしただけで、変わらず俺は俺だって。いつもどおり、本を読んで、ぶつくさオタクっぽくほくそ笑むぞ」


 皮肉を込めて正体を明かすと、どよめきの波は一層大きくなった。


「そんなゆきくん、見たくないィィ……」


 と。坂巻が小声で抗議する。


「今日はがんばろうね、


 いつもの営業スマイルで、ぽん、と肩を叩くと。

 坂巻は「うひゃぁああ……!」と奇声を発して教室から出て行った。

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