第40話 結末、そして友情
「
翌出勤日。
開口一番、荻野が俺を罵倒する。
「な、泣かせてなんかない……よ。一応……別れ際、最後には笑ってくれていたし……」
「ハァア? 駅で別れたあと、泣いたに決まってんだろーが!」
「そ、そうなのかな……?」
「恋愛偏差値低すぎかぁ? ガリ勉なら、その辺のデリカシーもきちんと学習しておけっつーのぉ! つかさぁ、デートでデズニーって言われた時点で、もっとなんか気づくっしょ!? あそこは明らかに、ただの友達な男女で行くとこじゃないっしょ! ダブルデートならまだしも、ふたりきりで!!」
「それな……行ってから理解したわ」
「無知が過ぎる」
女子代表よろしく、俺を責め立てる荻野。
だが、俺にだって一応理由っていうか、言い分ぽいものはある。
「ただ、あそこまで愛されてると思わなくって! 『お礼がしたい』って誘われたから、思い上がりだったら恥ずかしいなって……」
「日和ってんじゃねー!」
「じゃあどうしたらよかったんだよ!? デート断ればよかったのか? あんなに楽しみにしてたのに、それはそれで泣かせちゃうだろ!?」
「キレんな、キレんな。あたしも言い過ぎたわ、めんご」
「えぇ〜……」
女子のテンション、気持ちが乱高下し過ぎでついてけないよぉ。
さっきまでの罵声は「やり過ぎた」と、一変して鎮火する荻野。確かに、LINEの文面だけ見れば『お礼』の域を出ない誘いだったと、理解してくれたようだ。
ただ、別れた後白咲さんは泣いただろうから、そこはこっそり後をつけてでも傍にいるべきだったんじゃないかって。
確かに。冷静に考えれば俺もそう思う。それはそれで、優しくし過ぎで優柔不断かもしれないけど。
恋っていうのは塩梅が難しいな、という結論に至り、俺と荻野は反省会を終えた。
「にしても。『いつかあなたを手に入れてみせます』かぁ〜。白咲さん、やばいかっこいいなぁ」
「俺も。惚れるかと思った」
「意志薄弱かぁ〜?」
はは、と爽やかに笑いながら、荻野は備品と在庫のリストにチェックをつける。
………キャラメルリボン、ちゃんとある。
俺はついつい、横から覗き込んで確認してしまった。
「でも、凄いよ真壁。あたしの見立てでは、普通そこまで言われたら、八割の男が欲望に負けてホテルに入ると思う」
「マ?」
「あくまであたしの見立てだけど。でも、もしあたしが同じ立場なら、ホテルに行ったかもしれない」
「欲望の塊か?」
「否定はしない」
そこはしろよ。
「でもいいんじゃない? 優柔不断かもしれなくても。それって、捉えようによってはさ、相手の感情を水の器みたいに、柔軟に受け止めてるってことでしょ? だからときに相手の感情が混ざり合って、一緒に辛くなったり、寄り添い過ぎて失敗したり……それってある意味、すごいことだと思うよ。要はさ、優しいんだよ、真壁は。あたしには真似できない。今回はさすがに、『付き合う前にホテルは~』ってことになっちゃったけど、それも真面目で、真壁らしいっちゃらしいと、あたしは思う」
「……どうしたの? 珍しく、絶対肯定系荻野じゃん」
「ホテルに行かなくて、見直したって話」
「なんか違うような……?」
「ま、細かいことは気にするな! 『好きな人がいる』とは言ったけど、白咲さんは真壁のこと諦めたわけじゃないんだし。『またアイス屋で』とも言ってたんでしょ? これは次のデートが楽しみだね!」
「えっ。またデートするの? 『好きな人がいる』って言ったのに?」
信じられない、と言わんばかりの問いかけに、荻野は思いのほかあっさりと。
「そりゃそうでしょ。だって真壁はまだフリーだし。加賀美さんへの気持ちも、憧憬なのか恋慕なのかの区別がついてないんでしょ? もういいじゃん。色んな子とデートして、なるようになれーッ! だよ」
「それを言うなら、なんとかなれーッ! だから」
「公言するのもどうかと思うけど、あたしなんてさぁ、ぶっちゃけ。誰が誰を、何人好きになってもいいと思ってんだわ」
「それって、ハーレム推奨派ってコト!?」
「侍らせろ、とは言ってない。けど、何人好きになったとしても、日本で選べるのはひとりまでだ。たとえ相手が『二番目でもいい』って言って、本人たちが納得していたとしてもね。世間がどう思うかは別の話。難しいよなぁ。もっと色んなことが寛容で、やさしい世界になればいいのに」
それは。荻野がむつ姉を好き……レズであることと、関係があるのだろうか。
どこか遠い眼差しで語る荻野に、返す言葉が思いつかない。
躙り寄る重たい空気を察したのか、荻野はパッと話題を変えた。
「そういやさぁ、真壁、来週なんでしょ? 体育祭。コンタクトで出陣すんだって? うわぁ、坂巻さん、どんな反応すんだろ!」
えっ、ちょ。どうして荻野がソレを……
一瞬の疑問の後、すぐに閃く。
「……店長か。もぉ〜、ほんと口が軽いよなぁ、店長」
「知られたくなきゃ、『内緒ね♡』って言っときなって」
「別に知られなくないわけじゃないけど、こうまで筒抜けだと、誰に何話してんのか、わけわかんなくなる」
「あはは、確かに」
だが。今回は筒抜けでよかったのかも。
荻野は、親指をぐっと立てて爽快な笑みを浮かべた。
「真壁、がんばれっ!」
「ああ」
白咲さんとのことで、「これでよかったのか」と、俺は自信がなかった。
正解なんて無いことはわかっている。
けど、こういうときに、こうしてあれこれ意見を交わして、最後に応援してくれる奴がいる。それがどんなにありがたいことか。
俺は友情を噛み締めた。
ありがとう、荻野。
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