第28話 やっぱりあなただったのね
休み時間。
人のいない屋上に、女子に「ふたりきりで話したいことがある」と呼びだされる。
これだけ聞けば、十中八九の男子が内心で「告られるって、コト!?」と淡い期待を抱くのも無理はない状況だ。無論、俺とて。
「は、話って、何かな……?」
さらりと風に靡く黒髪を、優美な所作で耳にかける加賀美さんに、上ずった声で問いかける。
加賀美さんは、しばし黙って、じーっと、俺を見つめていた。
澄んだ瞳にそうまで見つめられると、彼女への想いを見透かされそうで怖い。
加賀美さんは、俺が明確に『この人が好きだ』と自覚した、初めての人だった。
◆
俺が加賀美さんを好きになったのは、中学三年の夏。
同じ塾で、たまたま席の近いことが多かった。
三年の夏ともなれば、受験生にとっては勝負の夏。
俺は、家から近くて比較的通いやすい、自分の実力よりも少しだけ上の高校を目指していた。
本当は、今通っているウチの高校、
でも。加賀美さんの頑張る姿が、俺を変えたんだ。
加賀美さんは、女子の偏差値最上位群である、聖セーラ女学院を志望していた。
今の、白咲さんの通っている高校だ。
夏期講習で何度か席が隣になったことで、会えば会釈したり、「おはよう」くらいの挨拶はする程度の仲になった俺たちは、席の近い日は、授業と授業の合間の短い時間で志望校の話などをするようになった。
加賀美さんと俺では、成績が雲泥の差。「一緒に勉強しよう」などとは口が裂けても言えなかったが、俺はその、一日五分あるかないかの時間を、ひっそりと楽しみにしていた。
毎日。朝早くから塾に来て、遅くまで勉強していく加賀美さん。
その、『目標に向かってひたむきに頑張る姿がかっこいい』。と感じたのは、生まれて初めてだった。
そうして同時に、親切で、ときに歳不相応と思える程に上品な彼女に、惚れたんだ。
幼稚園の頃の先生を除けば、初恋の人ってやつなんだろうか。
有り体に言ってしまえば、消しゴムを拾ってくれた女の子に恋をしてしまったんだよ。俺と加賀美さんも、最初に話すきっかけは、消しゴムだったから。
元来、思考も性格もダウナー系の俺は、いわゆる『がんばること』が苦手だった。
でも、「加賀美さんに追いつきたい」「胸を張って隣に並びたい」とらしくもなく思うほど、授業を重ねるごとに、俺は彼女のことを好きになっていった。
勉強も、むつ姉に教えて貰ったりしながら頑張って。
『ゆっきぃ、えら~い! ちゃんと成績、あがってるねぇ!』
と、おっぱいで顔を挟まれハグされて、応援されるたびに、勉強するのがちょっと好きになったり。それからは、将来立派になるためにも頑張ろう、と勉強にのめり込んだ。
そうして、なんとか加賀美さんと同じレベルで話ができるようになっていったと思う。
しかし――
その年の冬期講習で。俺は。
加賀美さんが、志望校を鏡原学園高等学校にすることを聞いたんだ。
実力よりも、少し下の。
「え? なんで? 加賀美さん、あんなに頑張ってたじゃないか……加賀美さんなら、聖セーラだってきっと受かるよ」
「……親の、意向なの」
俯き、悔しそうな顔で。加賀美さんはそれしか言わなかった。
俺はそれから、更に死に物狂いで勉強し、加賀美さんと同じ鏡原学園高等学校に入ることに成功したんだ。
◆
そんな加賀美さんが。今、俺の目の前で。
俺をガン見している。
「えっと、その……加賀美さん?」
視線と沈黙に耐え切れなくなった俺は、早鐘を打つ心臓にさらに鞭打って声を出す。
加賀美さんは一言……
「ねぇ、真壁くん。ちょっと眼鏡、取ってみてくれない?」
「え?」
「いつもマスクで曇ってて、よく見えないのよね」
動揺して固まる俺に、加賀美さんはつかつかと歩み寄ると、眼鏡のつるに手を添えた。
距離が近い。加賀美さんの綺麗な手が、俺の左目のすぐ傍にある……
「加賀美さ――」
パッと眼鏡を取った加賀美さんは、ふわ、と目尻を緩ませて、言った。
「ああ。やっぱりあなただったのね。アイス屋の、親切でカッコいい、お兄さん」
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