第37話 谷間にアイス

 初デズニーの俺にとっては、見るもの全てが新しい。

 造形と世界観にこだわりぬいたアトラクション、可愛らしいモチーフの食事やドリンク。皆が首から下げてるアレは、ポップコーンだったんだな。

 次から次へと流れ込んでくる情報と人の多さに、頭がパンクしそうだ。


 だが。郷に入っては郷に従え。

 俺たちも、列に並んでポップコーンを購入した。味はもちろん、キャラメルで。


 2つほどアトラクションに乗り、お昼のショーを見終えた頃。白咲さんの提案でレストランに入ることになった。


 人工湾から流れ込む、河川のほとりに佇む、小洒落たテラス席。

 なんと、前もって席を予約してくれていたらしい。おかげでレストラン難民になることもなく、優雅なランチタイムといったところか。


 お揃いの、色鮮やかな限定ドリンク、パスタセットと特製カツレツを挟んで、他愛無い会話をしながら昼食を済ませる。


「ゆきさんは、その……デズニーは初めてなんですよね?」


「うん」


 なんだ、このカツレツ。本格的で、テーマパークのものとは思えない美味さだ。ナイフを入れたら一瞬で切れる、柔らかい肉がほろほろと口の中で踊る。


「その……嫌じゃ、なかったですか? デズニーってほら、待ち時間もそれなりにあるし、興味ない人にはつまらないかなって……」


 おずおずと伺う視線からするに、俺が楽しめているかを心配してくれているらしい。

 白咲さん、めっちゃいい子だな。


 思えば、並んでいる際は、退屈しないように学校の話を聞かせてくれたり、逆に聞いてくれたり。会話が下手な(というか、話題の引き出しが圧倒的に少ない)俺でも楽しめるように、気を遣ってくれていたように思う。


 学校ではどんな感じなのか、バイトは始めて長いのか、好きな音楽やアーティストはいるか、好きなアイドルや女優は? どんな女の子が好きなのか……ん? なんか、思い返すと好きなものばかり聞かれていたような? ま、いいか。


 色んなことを次から次へと質問されて、時間なんてあっという間に経ってしまった。

 これが、時間を忘れて楽しむ、ということなんだろうか。


 俺は、素直に感想を述べる。


「大丈夫。ちゃんと楽しいよ。初めて来たけど、今までは縁遠い場所だと思ってた。こんなに楽しいなんて、初めて知った」


「よ、よかったぁ〜。あっ、わっ、私も! すごく楽しいです!」


「うん。それは顔に書いてある。白咲さん、結構顔に出るよね?」


 終始にこにこしてて、手を引いてきて、めちゃくちゃ可愛い。

 でも、怖いアトラクションだと、びくっ! って青ざめたり。それも超可愛い。


「バレちゃってましたか。なんか恥ずかしいなぁ……私、デズニーはよく来るんですけど、こんなに楽しいのは、初めてかも……」


 ふふ、と頬を染めながら、白咲さんは、ドリンクの上に乗るソフトクリームを口に運ぶ。


 デズニーに来てまでアイスを食べてる俺たちは、相当なアイスクリームフリークなんだろう。けど、そんな、どこに行っても変わらないふたりの共通点が、なんだか嬉しい。


 あまりに愛おしそうにソフトクリームを食べるものだから、つられて、つい目を細めて見入ってしまう……


 あ。目が合った。


 微笑み返すと、白咲さんは、大きな瞳をきょとんと見開き、ついでに口もぽっかり開ける。


「あ。」


 バランスを崩したスプーンから、ソフトクリームがこぼれた。

 それが、滑らかな鎖骨あたりに落下する。


 白くとろけるソフトクリームは、肌の熱であっという間に溶けて、豊満な谷間に吸い込まれていった。

 ……その一部始終を、ガン見してしまった。


 もう一度。白咲さんと目が合う。


「「…………」」


 チクタクと、時計の音が脳内に響くにつれて、ふたりの頬が次第に紅潮していく。


 一拍置いて、白咲さんが悲鳴をあげた。


「んひゃぅぅ!? つめたいぃっ……!?」


 俺もハッと我に返る。


「白咲さん! 大丈夫!? ほら、これで拭いて!」


 すかさず、ウェットティッシュを取り出す。


「あっ、あッ! アイス、どっかいっちゃった……!」


「どこ!?」


 探すように椅子から立ち上がると、白咲さんも、探すように胸元を両手で広げた。

 そんなに広げたら、レースのあしらわれた下着がチラ見えしちゃ……見えちゃった……インナーからちょこっとはみ出してるのが、ね……


(白咲さん、見かけによらず、結構エッチなの着てるんだな……)


 思わず視線を外すと、白咲さんが声をあげる。


「あっ、いた!」


「どこ!? あ、みつけた!」


 谷間の最下部にアイス溜まりを見つけた俺は、手にしたティッシュでそれを拭こうとし……


 硬直した。


「……えっ。あっ……っと。その……自分で拭いたほうが、いいかな……?」


 赤くなった顔を再度逸らしながら、ティッシュを差し出す。白咲さんも事態のマズさに気がついて、赤面したままソレを受け取り、拭き取った。


「あ、ありがとうございます。お騒がせしてすみません……」


「いいよ。気にしないで。アイス屋では、こぼしちゃうのはよくあることだから……」


 あそこまで鮮やかに谷間に落ちるのは、初めて見たけど……


 その後、しばし黙々と食事を続けていた俺たちだったが。白咲さんが、無意識に、ぽつりと呟く。


「ゆきさんにだったら、拭いてもらってもよかったのになぁ……」


 言ってから、はわわ! と顔を赤くして俯く姿が、小動物ぽくて愛らしい。


 その様子に、俺は。「ああ、デートしてるなぁ」という実感を、五臓六腑に染み渡らせたのだった。

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