第36話 手繋ぎデート

 当たり前のように差し出された華奢な手に、思わず固まる。


(えっと、これは……?)


 困ったように視線を右往左往させる。

 待ち合わせの人で溢れる改札前。気がつくと、周りは皆んな手を繋いでいた。

 友人同士、恋人同士で。さも、それが『この国のルールだ』言わんばかりに。


 俺は、異世界に迷い込んだ異邦人になった錯覚に陥る。


 なんだ、ここ。

 俺の知ってる日本じゃねぇぞ。


 とんでもねぇデートスポットだ!!


 周囲にこんなに人が多いのに、全く気にせず、どいつもこいつも自分らの世界に入り浸って、ハートを散らしまくっている。


 学校での坂巻たちの会話では、デズニーは友達同士で遊びに行く場所、っぽい雰囲気が出てたから、油断(というか、大丈夫だろうと勘違い)していた。


「人が多いですから、迷子になっちゃいますよ」


 指先をちょいちょいと揺らして、繋ぐように促す白咲さん。


 俺は再び周囲を見回す。

 何度見ようが、結果は同じだ。

 繋がないと超アウェイなことだけは、よくわかった。


 ズボンの裾で手汗を拭いて、決意を固める。


「うん。じゃあ……」


 触れた瞬間。ひたり、と指の腹に肌の吸い付く感触がする。表面はさらさらなのに、柔らかくて……


(わ。なにこれ、すごいすべすべ……)


 超気持ちいい。ずっとさわっていたい……


 初体験の感触に内心で感動していると、白咲さんは、にこ、と目配せをして、遊ぶようにその指先を絡ませる。


 うっかりすると握りつぶしてしまいそうな手を、そっーとそーっと握り返すと、隣でプリンセスが笑った。


  ◇


 最近のデズニーランドは、入場券やアトラクションの搭乗チケット、ショーの抽選など。全てをアプリ経由で管理する形になっている。


 白咲さんは慣れた手つきでスマホを操作し、俺に電子チケットを送った。


「ありがとう。いくらだった? お金渡すよ」


 すると、白咲さんは「受け取れません」と、首を横に振る。


「これは、先日のお礼です。せっかくのお休みをいただいてしまった上に、チケット代まで取るわけにはいきません。遊園地に行きたいと言ったのは私ですし、そもそも、ゆきさんと、その……デート……したいというのは、私の身勝手な願いですから……」


 そう言って、顔を赤らめる白咲さん。

 マジくそ可愛い。なんだこれ。

 そんな顔されたら、見ててこっちがドキドキしちゃうってば。


「えっ。でも。さすがにそんなの悪いよ。俺だって、誘ってもらわなかったらこういうところ一生来る機会はなかったかもしれない。白咲さんとなら行ってみたいと思ったから、来たわけだし……ちゃんと払うよ」


 その言葉に、一瞬、ぱぁ、と目を輝かせた白咲さんは、結局チケット代は払うといって譲らなかった。見かけによらず、結構頑固なところがあるようだ。


 再三の「これはお礼ですから」という主張に、これ以上抵抗するのも失礼だろう。

 俺はありがたくチケット代を奢られた。その代わり、園内での飲食の一切まで払おうとしていた白咲さんに、自分の分は自分で払う、と約束をさせて。


「それくらいきちんと出させて。もう。俺はホストじゃないよ。友達でしょう?」


 そう言うと、白咲さんは驚いたように目を丸くし、ふわりと細めて、頬を染める。


「はい……! お友達……。ふふっ。そうですね!」


 どこか嬉しそうな白咲さんと共に、俺たちはデズニーランドを満喫した。いや、正確にはデズニーシーだっけ。

 詳しい違いはわからない。俺にとっては、何もかもが初めてみたいなことばかりだったから。


 そうして。

 その日は、色んな意味で、忘れられない一日になった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る