第38話 デートのあとは……

 デズニーをひととおり満喫し終えた俺たちは、思い思いのお土産を手に、最後の一大イベント、夜の水上ショーを見に来た。


 「少し早めに行きましょう」という白咲さんのアドバイス通り、ショーの時間が近づくに連れて、辺りは人だらけになってくる。


 園内中央に聳える火山と、その麓の人工湾。煌めく街明かりに照らされて、幻想的な夜景を映し出すそれらを最前列で眺められる場所に、俺たちはいた。


 最も眺めの良い此処へ、少しでも近づこうと人が寄ってくる。中には、小さな子が親の手を離れてふらふらと、人々の脚を掻き分けて来てしまったり。

 白咲さんのすぐ傍にも、そんな幼い子が迷い込んできた。だが、夜景に見惚れる白咲さんは気づいていない。

 少年が、白咲さんの華奢なサンダルを踏みつけそうになる。


「危ないっ」


 俺は、咄嗟に肩を抱いて、白咲さんの身体を引き寄せた。


「ふえっ!? なっ……ゆきさん!?」


「あ。ごめん。小さな子が足元に来て、つい。ほら、ボク。前を見ないと危ないよ。お連れさんはどこ?」


「?」


「ちょっと難しかったかな……? えーと、ママかパパは近くにいる?」


「ママーっ!」


 白咲さんの肩からじんわりと熱が伝わり、抱き寄せたままだったのを思い出す。パッと手を離す頃、少年が母親に呼ばれて、自分の場所へと帰っていった。


 顔を真っ赤にして、ぜーぜーと呼吸を整えている白咲さんに視線を向ける。


「ご、ごめん。暑かったよね?」


「いいえ、平気です……いえ、全然まったく平気ではないんですけれど……」


「え? どっち?」


「なんならもっと……いいえ、ずっと……ダメ。ダメよ、灯花ともか。まだそのときではないわ、はしたない……」


「……白咲さん?」


 何事かをぶつぶつと、呪詛のように呟いていた白咲さんは、名前を呼ばれて「ぴぇんっ!」と肩を跳ねさせた。


 うるうるとした小動物のような瞳と目が合うと、近くのスピーカーからアナウンスが流れる。

 夜の、水上イルミネーションショーの始まりだ。


「いよいよですね」


「そうだね。楽しみだ」


「私、今日、ゆきさんとここに来れてよかった」


「俺も。すごく楽しかったよ。誘ってくれてありがとう、白咲さん」


 にこ! と天使の笑みを浮かべる白咲さんと共に。俺は、頭上に瞬く魔法のような光景に、目も心も奪われたのだった。


 ◇


 大満足って、こんな感じなのか。


 心地の良い疲労感と、楽しさで胸がいっぱいなこの感じ。手には沢山のお土産を持って。俺は白咲さんと駅を目指していた。

 

 ……いい。すごくいい。


 『楽しい』を突き詰めると、こんな感じになるんだな。


 じんわりと胸に広がるあたたかさと充足感に満たされて。俺は、現実に帰る――もとい改札を通るため、スマホを取り出す。


「白咲さん、帰りどっちだっけ? 京葉線の途中までは一緒だよね?」


 白咲さんの歩みが止まっているのに気がつき、ふと振り返ると、手をきゅーっと握りしめられる。


「あの、ゆきさん……私、もうひとつ、寄りたい所があるんですけれど……」


「買い忘れ? いいよ。確か駅の向こう側に、園外のグッズショップがあったはず……」


 まだ帰りたくない、名残惜しい気持ちを漂わせる人々の向かう先に、視線を向ける。


 しかし。白咲さんの視線と足は、まったく異なる方向に向いていた。


 心なしか火照ったような、あたたかい手に連れられてきたのは……


(え。ここ……?)


「ダメ……ですか……?」


 うるうるとした上目遣いで、正面から俺を伺う白咲さんの背後にあったのは。


 駅前にあるホテルだった。

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