第22話 密着

 坂巻の手を取って、新宿の人混みを掻き分けるようにして進む。


 こうして触れてみると、坂巻がひとりの女子なのだと思い出す。

 こういうの、華奢っていうのかな。白くて細くて、少し引っ張っただけで手首から先がすっぽ抜けそうだ。


 いくら教室ではドヤ顔で「年上うんたら」と豪語し、人気のあるサッカー部のエースに告られたってのに「お子さまにはキョーミ無し」だとか、生意気強気なこと言って勝手に敵作っててもさ、やっぱ『人』だし、『女子』だし、なんだかんだでか弱いとこもあんだよな。


 ずっと、住む世界が違う生き物だと思ってたけど。全然そんなことなかった。

 俺の頭が勝手に、別の世界に住んでるつもりになってただけだったんだ。


 今になって考えると変な話だよ。

 『別の世界』って何だよ、って。

 席が前後なのに、笑っちまう。


 今のこの、わけわからん男に街中で追っかけられてる状況すら、冷静になったらなんか笑えてきた。


 マクスの下で口元を緩ませていると、背後から聞こえる「待てって!」という男の声が近くなってきた。


 なんだよ、ウザいなぁ。

 男の俺が言うのもナンだけど、しつこい男は嫌われるぞ。


 俺は咄嗟にビルの角を曲がり、目についた証明写真機に入った。

 歪な立地のコンビニ脇にあるせいか、コンビニ側からも通り側からも目立たず、いい感じにひっそりと立っている。


「こっち」


 細腕を引っ張って、坂巻をハコの中へと引き寄せる。


「一旦隠れてやり過ごそう。一度見失えば、諦めて帰るだろ」


「あ。うん……」


「「…………」」


 狭くて密着した空間で、得も言われぬ生ぬるい空気が俺たちを包む。


 証明写真機を見つけたときは、隠れるにはうってつけだな、と思ったが。


「「…………」」



 なんだここ! くそ狭いぞ!



 いや、「二人とも細身だしイケるだろ」とかいう俺の考えが甘かった。冷静に考えると、証明写真機にふたりはムリ。

 咄嗟に入ってしまった俺は、やはり心のどこかで、追いかけられていることに焦りと恐怖を感じていたのかもしれない。

 が。そんな言い訳は時すでに遅し。

 つか実際、坂巻は(主に胸部が)そこまで細身ではなかった。


 まぁ一応、隠れるには隠れられる。可か不可で言えば可、だ。やり過ごすこともできるだろう。


 だが。


 キツい! 狭い! 顔が近いし、!!


 坂巻はさっきから、俺の胸元に顔を埋めるようににして俯いたまま、微動だにしない。


 というか、動けないんだろう。


 満員電車みたいにぎゅうぎゅうだし、ひとり分のスペースに頑張ってふたり収まってんだから、必然的に抱き合うような形になるっていうか、脚の間に脚が挟まって、絡み合ってるっぽい体勢……


 こんなん、坂巻のことをどうこう思ってない俺ですらドキドキすんだから、俺にホの字(店長談)っていう坂巻からすれば、とんでもない状況なわけだ。

 さっきから、やたらエロくて意味不明な吐息が止まらないみたい。


「あっ。……あぅ。んっ……ふぇっ」


「……大丈夫?」


「は……は、ひゃい」


 できるだけ身体を動かさないように顎だけ引いて下を見ると、坂巻はこくりと頷く。

 蚊の鳴くような声で呟き、恥ずかしさで顔を見れない、または見られたくないのか、また胸元に埋もれてしまった。


 あの、そうやってすりすりされると、余計におっぱいが当たるんですが……


 うーん、むつ姉ほどではないとはいえ、コレはかな~りだと思う。Eくらいかな? ひょっとするともっとあるかも。


 Fかぁ……


(……やば。触りたくなってきた)


 って。今はそれどころじゃない!


 俺は俺で、坂巻とは違った意味で心臓が飛び跳ねそうなんだよ。決して性的な意味じゃなく。


 だって、これだけ顔が近いと、『真壁』だって身バレしそうで怖い……!



 胸板越しにお互いの鼓動が伝播し、吐息が熱を持って、個室内がぬるくなる。


 ムードがあるとか、ちょっとやらしいとか、そんなんじゃなくて。

 ただ、ひたすらに。生温いんだ。


 沈黙がたまらず、俺は口を開いた。


「その……ごめん。変なことに巻き込んじゃって」


 話しかけられて、坂巻はおずおずと顔をあげる。

 目の前(というか真下)に、紅潮した頬と大きな瞳があった。


「あの男の人のこと?」


「うん。前に、常連のお客さんが絡まれてるとこを見ちゃって。咄嗟に助けたんだけど、恨まれてたみたいだな。無駄に記憶力が良くて困るよ。ああ、その子は正真正銘お客さんで、彼女とかではないんだ。本当に」


 ……って。

 坂巻に彼女いないアピールしてどーすんだ。

 

 思わずマクスの下で、はぁ、とため息を吐くと、坂巻は呆然としたまま固まっていた。


 そうして、しばしの沈黙の後、小さく呟く。


「……ナニソレ。……カッコよすぎるんですけど」

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