第23話 好きな人
「……ナニソレ。……カッコよすぎるんですけど」
ぼそりと何事かを呟いた坂巻。
顔は俺の胸に埋もれているうえ、声がちっさ過ぎて、なんて言ったか聞きとれなかった。
「「…………」」
ナンパ男が去ったと思しき後も、どう身じろぎすればいいかわからず、時間ばかりが過ぎていく。
すると、坂巻がハッとしたように身を離した。
ネイルの綺麗な指先で、トン、と俺の肩を突いて。
「あっ。ご、ごめん! いつまでくっついてんだって話だよね……!?」
「ああ、いや。別に気にしてないけど」
言ってから思う。
それもソレでどうなんだ?
これだけ密着した状態で、限界までおっぱい押し付けられて。それで何も感じないって……不感症だと思われたか? もしくはアンドロイド。
だが。「ちょっとドキドキしたね」なんて、正直に言えるわけもないだろう。恥ずか死ぬ。
「こっちこそ、気が利かなくてごめん。こんな密室に押し込められて、イヤだったよな。そろそろ出ようか」
「えっ」
……? 俺、なんかおかしなこと言ったか?
なんでそんな驚く。悲しそうな顔をする。
そこで俺は気が付いた。
やっぱり坂巻は、まだ帰りたくないんだなって。
ナンパ男のことは災難だったけど、いい口実ができたかも。
俺は坂巻に提案した。
「夕飯でも食べてから帰ろうか。迷惑かけたお詫びに、何か奢るよ」
「……!」
その言葉に、一瞬顔を輝かせた坂巻だったが。
ハコから出る際は、やはりどこか残念そうに見えた。
そうして、夕陽の沈む街中で、坂巻は、人混みに言の葉を散らすように呟く。幸村には、絶対に聞こえないように。
「真壁……。カッコよすぎるんですけど……」
坂巻の呟きは、惚れたあの日からずっと、学校では手を伸ばせないでいる彼の耳に入ることなく、人波に溶けていった。
◇
明くる月曜。
いつもの如く、来客のまばらな店番をしていた俺と荻野は、もっぱらデートの話をして盛り上がっていた。
服やら何やら、色々と相談に乗ってもらっていた手前、聞かれて答えないのも不義理な話だし。
ざっくりと事の顛末を話すと、荻野は目に見えてテンションをアゲた。
「ワッ。ワーッ! なにそれ、ナンパ野郎!? ハプニングからの密着ラッキースケベとか! 漫画の主人公かよ!?」
「いや、ラッキースケベじゃないから。身バレしないかひやひやしてて、正直それどころじゃなかったから」
「ハァ? おまっ、それでも男か? そこは素直に喜んどきなよ。もしくは、嘘でもいいから赤面しとけ。女の沽券に関わるって」
「そうなの?」
「じゃあ逆に聞くけど。もし真壁が、気になる女子に下半身を押し付けないといけないような状況になったとして。微塵も動揺されなかったらどう思う? 百パー絶対、当たってるのに。向こうも絶対、気づいてるのに」
「……急にそんなこと言われても」
とか言いつつ、想像を巡らせる。
「……………………」
「どーよ?」
「…………俺、小さいのかなって、自信なくす」
「でしょ?」
「もしくは、男として見られてないのかなって、思う」
「でしょでしょ?」
なるほど。実に分かりやすい。
荻野自身がどういった恋愛遍歴を持っているのか知らないが、自然とこういった相談のようなことをしてしまうくらい、荻野は俺の良き理解者だった。
そんな荻野は、突如として不服そうに、頬を膨らませる。
「……で。いつになったら、真壁の好きな人、教えてくれるの?」
「え?」
「坂巻さんとデートして、いい感じに終わったのはわかった。次のデートの誘いもそれとなく来てるんでしょ? でも、真壁には他に好きな人がいる。その人とは今、どういう関係なわけ? 場合によっちゃあ、これ以上無駄に期待させんのは可哀想って話だよ」
その問いに、俺は思わず俯いた。
蚊の鳴きそうな小さな声で、ぽつりと漏らす。
「…………別に、どうもしない…………」
「は?」
「好きな人とは、何の進展もない……俺がただ、一方的に想いを寄せているだけで。憧れているだけで。特にこれといって……最悪、友達ですらないかも」
「えっ」
「クラスメイトだから、さすがに顔と名前くらいなら、憶えてくれてるかもしれないけど」
申し訳程度に付け加えると、荻野は「ぶはぁ~~」と、殊更大きなため息を吐く。
「……壮絶片想いかよっ」
「え。恋愛なんて、フツー片想いスタートだろ。両想いからスタートしたら、誰も苦労しねぇわ」
「いやまぁ、そりゃあ、そうだけどさ……まさか『友達未満』だとは思ってなかったよ……」
「その目やめて。心に刺さる」
「で? クラスメイトの、どんな子?」
「えーっと……」
あの人の容姿を脳内で再生するのに、秒もかからない。
だって、いつも教室の後ろの方から「今日も可愛いな」って、眺めているから……
「髪が黒くて、長くて。すごく綺麗で。姿勢が良くて、頭も良くて。おしとやかで、親切で……うーん、系統で言うと、大和撫子って感じかな?」
やや逸り気味の口調に半歩下がりつつも、耳を傾ける荻野。
だが、次の瞬間。「あっ」と大きく口を開いた。
「ちょうどあんな感じ?」
視線の先に、俺と同じ高校の制服を着た女子高生がいた。
黒髪ロングストレート。しゃなりと綺麗な歩き方に、凛とした面差し、きめの細かい白い肌。大人しそうに見えて、それでいて芯のある強さを感じさせる瞳……
「
思わず、言葉が口をついて出る。
呼ばれたことに気が付いたのか。はたまたそうでないのか。加賀美さんが、こちらに向かってやってきた……!
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