第21話 ピンチ
猫カフェから出て、新宿の街をぶらつく。
明確に何処に行く、と言われているわけではない。俺はただ、なんとなく名残惜しそうにとろとろと歩く坂巻の隣に並んで、傾きかけている太陽を背に、これまたなんとなく駅に向かっているだけだった。
おそらくだが、坂巻にもこれ以降のプランは無いのだろう。
ただ、家に帰るには少し早い。でも引き止める理由が無いし、俺にも留まる理由が思いつかない。行きたい場所も、だ。
坂巻がまだ一緒にいたいと思っていそうなのは、どこか浮かない横顔から薄々察しがつく。
俺自身はどうかというと、明確に「一緒にいたいなぁ」という強い想いを抱くほどではなかったが、特段「もう早く帰りたい!」ということもなかった。
坂巻が望むなら、一緒にいるのもいいな、という感じ。
唐突に告白紛いのことを言われたからといって、好意が急速に芽生えるわけでもない。デートしておいて我ながら薄情なのかもしれないが、それが素直な俺の気持ちだ。
ただ、こういった曖昧な気持ちのままデートをすることに、どこか後ろめたさを感じるくらいには、今日というデートを通して、俺の中で、坂巻に対する気持ちに変化があったように思う。
同じ場所で時間を共有して、喜んだり、わくわくしたり。今日一日が楽しかったからこそ、坂巻の「まだ一緒にいたい」という気持ちに応えてあげたいな、という想いが湧いているのかもしれない。
こういうときに気が利かせられない自分のことを、なんとなく悔しいと思ってしまったのは、初めてだ。
今までは、こういう風に人に気を遣う機会なんて、そうそうなかったわけだから。
「このあと、どうする?」
おずおずと見上げる、まつ毛の長い瞳に、自分が映り込んでいる。
「えっ、と……」
『夕飯でも、食べる?』と言いかけた矢先、前方から声をかけられた。
「あっれぇ……? お前、もしかしてこないだの……」
「?」
視線を向けると、見覚えのない大学生くらいの男が、俺を覗き込むようにしてキャップのつばを持ち上げていた。
その顔に、先日の胸糞悪い出来事を思い出す。
「あんたは……」
白咲さんを「お人形さん」と呼んでしつこくナンパしていた、『お人形クソ野郎』だ。
ついでに、ガチギレ荻野パイセンを憑依させた俺に凄まれて、ビビっていたチキン野郎。
まさかこんなところで出会すなんて。
しかも顔覚えられちゃってるなんて。
最悪だ。
「あれ、お前、お人形ちゃんのカレシじゃなかったっけ?」
きょとんとした問いかけに、隣の坂巻が肩をびくつかせた。
男がすかさず、下卑たしたり顔を浮かべる。
「ははぁ〜、さては二股ですなぁ? よくヤルねぇ。よっ、色男!」
あ〜〜〜〜っ。もう、サイアク。
こういう人種って、なんで息吸ってんの?
「別に、彼女とはただの知り合いで、そういう仲じゃないですから」
「でも、あん時は『俺のツレ』って……」
「困っていそうだったので、咄嗟に助けただけです」
かろうじて答えると、男は隣の坂巻に視線を移す。
「じゃあ、そっちのカノジョが本命?」
男のとんだ勘違いに、顔を赤くして俯く坂巻。
……そ、そんな嬉しそうな、こそばゆそうな顔すんなよ!
『本命に、見える? えへへ、見えるのかぁ。そっかぁ……』
って。顔に書いてあるぞ!
どんな反応したらいいかわかんなくなるだろ!?
と、とにかく今は訂正を。
「あ。いや、そういうわけでも……」
「なんなんだよ〜! 美少女侍らせ系男子か〜? そういう奴、マジムカつくのな! その気が無いなら侍らせんなっつーの! そっちの彼女もさぁ、友達だか何だか知らないけど、言われっぱなしでいいわけ?」
あからさまなウザ絡みなのはわかってる。
だが、こいつの言う、俺が『はっきりしない男』って指摘には少なからず心当たりがあった。
咄嗟に言い返せない。悔しい。不甲斐ない。
俯いていると、男がチャンスとばかりに坂巻の手首を掴む。
「こんな奴ほっといて、俺とデートしようよ。丁度このあと暇でさぁ!」
「……!?」
坂巻は急な展開についていけず、目を白黒させるばかり。
だが、ギャルだからナンパなんて日常茶飯事。こんな奴、あしらうなんてお手のもの……
なワケないよな! ごめん。俺、坂巻のことなんか勘違いしてた!
次第にこわばっていく表情から恐怖心を察した俺は、坂巻の手を奪い返して走り出す。
「走れ! 逃げるぞ!」
坂巻は、目を白黒させたまま、俺の手をしっかりと握り返した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます