第20話 猫カフェ
……どうしよう。
さっきから坂巻にガン見されていて、ものすごくジェラートが食べづらい。
俺には、この見るからに美味そうなジェラートをしっかり味わって、店長に報告するっていう、勤勉なアイス屋アルバイターとしての義務があるのに。
しかも、さっきから坂巻が一向にアイスに口をつけない。教室ではうるさいくらいにおしゃべりなのに、今日は「生理か?」ってくらい口数も少ないし。
どうしたんだろう。マジで腹でも痛いのかな?
「あの……食べないの? さっきから、ジェラート溶けて垂れそうだけど……」
思わず問いかけると、坂巻はびく! と肩を跳ねさせた。
「あっ。たべ、食べるっ!」
まるで
いくら相手が坂巻とはいえ、仮にも女子とデートに来たんだ、美味いものを食べて嬉しそうにするところを見てみたい。
だって、そういうのがデートってやつの醍醐味なわけだろ?
いや、いつも店先で見てるじゃん、とか。そういうのは抜きにしてさ。せっかくのデート(仮)なわけだし。
スプーンを咥えながら、ぼーっとそんなことを考えていると、坂巻がぼそりと呟いた。
「かわいい……」
「は?」
「え?」
坂巻が、「声出ちゃった!?」みたいな顔をして口元を抑える。
顔を赤くして気まずそうに俯いた坂巻は、スマホを取り出して器用に操作すると、鮮やかなネイルに彩られた指先にソレを握って見せてくる。
「あっ、あのさ! このあと暇なら、ココ行かない!?」
差し出されたスマホに顔を近づけて目を凝らすと、そこにはある店のウェブサイトが表示されていた。
猫カフェだ。
「猫……カフェ……?」
問うように視線を向けると、坂巻は顔を赤くしたまま頷く。
「猫……好きじゃなかったりしない? あたしさ、猫が好きで。ウチでも飼ってて。い、行ってみたいな〜、なんて……」
「猫?」
無論好きだが。
何故それを坂巻が知っている?
俺は、今にもみゃあみゃあと声が聞こえてきそうなそのサイトを、しばしガン見する。
……可愛い。
端的に言ってクソ可愛い。
家の者が留守がちだからウチでは飼えないのだが、俺は猫が大好きなんだ。
だが。猫カフェなんて、ぼっちで行くにはあまりにハードルが高いと常々思っていた。
唯一一緒に行ってくれそうなむつ姉は猫アレルギーだし、半ば諦めかけていた夢が、まさかここで叶うとは。
俺は、スマホに映る愛らしいアメリカンショートヘアから視線を逸らさずに、内心でガッツポーズをキメながら頷いた。
「いいよ。行こう」
◇
猫カフェに着くと、件のアメショをはじめ、バーマン、マンチカン、ロシアンブルーと、多種多様な猫ちゃん達が俺(と坂巻)をお出迎えしてくれた。
当たり前だ。なにせ俺の手には、店で買える中でも一番高くて美味しい特上おやつと、ねこじゃらしが握られているのだから。
「あはは、やっぱりゆきくん、猫好きだったんだ」
対お猫様完全武装状態の俺に若干引いているのか、坂巻は苦笑を漏らし、控えめなねこじゃらしを手に、慣れた手つきで足元の猫を撫でている。
にゃーん♪ にゃーん♪ と、目線を猫に合わせて、学校ではついぞ聞かないような(正真正銘の)猫撫で声を出す坂巻。
不覚にも可愛いと思ってしまった。これがギャップ萌えってやつか。
坂巻の奴、見てくれはもったいないくらい美少女なんだから、頭に猫耳付けたら案外イケるのでは?
坂巻の私服はかなりのミニスカで、しゃがむとそれだけで太ももが丸出しだ。うっかりすると中まで見えそうで心配になるし、上から見下ろすアングルになると、V字に空いた胸元の主張がぷるぷると激しい。ついつい視線を奪われそうになる。
が、今はそれどころではない。
なにせ俺は今、猫のあまりの可愛さに、マスクの下のにちゃつきを抑えるので精一杯だからだ。
「ふふっ、かわいいね」
「当たり前でしょ。猫ちゃんなんだから」
「あっ。えっと、そっちじゃなくて、ゆきくんが……」
「なに?」
「な、なんでもナイヨ……」
それから小一時間、俺は思いもよらない幸せな時間を過ごした。
やっぱ猫はすげぇよ。神だよ。癒しだよ。
本来なら相容れない生き物同士である俺と坂巻に、こんなにも自然で楽しい時間を与えてくれるんだ。
苦手なギャルである坂巻とのデートにどこか緊張していた、俺の心のギスギスがほぐれていく。
「来てよかったね」
「うん」
「あ、写真送るよ。ゆきくんが猫と遊んでるとこ、撮ったんだ」
「いつの間に」
「あっ。えっと、その……イヤだった?」
「ん。大丈夫。むしろ送ってくれて助かる」
カメラロールに沢山増えた思い出に、マスクの下で口元を綻ばせつつ、俺たちは猫カフェを後にした。
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