第10話 デートの約束
「……ってことがあって~! 今度デートすることになったのぉ!」
「すごいじゃん、綾乃。行動力の塊」
「女に二言はないってやつねぇ!」
……とか言って。
崇めろ褒めろと言わんばかりのドヤ顔をしているが、その裏で本当は散々ひよった挙句に美容院まで行って、泣きべそに近い顔しながら懇願してきたことを、俺は知っている。
「しかも! しかもね! 『もうすぐ閉店であがりだから』って、駅まで送ってくれたんだよぉ! すごくない!?」
そりゃあ、時間も遅かったし、危ないし。……てことで、荻野に『行け』って言われたんだよ。仕方なくだよ。
「いつものください、って言ったら、私の好きなアイス覚えててくれて! やばくない!? それって、ちょっぴしでも私に興味もってくれてたってことじゃん! お客さんの中でも、特別に覚えてたってことじゃん!? もう超嬉しくてさぁ!」
……昨日のアレ、そういう意味だったのか。
確かに、坂巻への興味がゼロならいつも頼むアイスなんて把握してないだろうが、そう言われるとなんかなぁ。別にお前のためじゃないし。毎日来られたら誰だって覚えるし……
いくらフレーバーが無数にあるとはいえ、それはただ、俺が常連の好みを把握してる、勤勉な店員ってだけだ。
と、特別扱いとか、そんなんじゃないからな!?
「もうめっちゃ……好き」
そりゃどうも。
……と。翌、朝のHR前。
あいも変わらず俺の前の席でくっちゃべるギャル共を、騒がしいなぁと思いながら眺める。
坂巻の隣席である河野は、机上に置いた鏡に向かってリップをぬりぬりと、適度に流しながら興奮気味な坂巻の話に耳を傾けている。これもいつもの光景だ。
とはいえ、天井知らずに上機嫌な坂巻ときたら。俺とのデートがそんなに嬉しく楽しみらしく、聞いててこっちが恥ずかしくなる。
「で。デートってどこに行くの?」
河野に問われ、坂巻は顔を赤くして俯いた。
「それは……まだ、決めてない……」
ぎゅぅ、と握られたスマホの画面には、
『ゆきくんは、行きたいところとかありますか?』
と表示されており、既読が付いて以降の返事がない。
なぜなら、俺が、交際経験の少なさ(むしろ皆無)故に、こういったときにどんな返事をすればいいのかわからなさすぎて、そのままにしてしまっているからだ。
これが、いわゆる既読スルー。
交友関係において一種の
だってしょうがないだろ。行きたい場所とか言われても、思いつかないんだから。
俺は、基本的に家でゲームをするか読書をするのが好きで。
気分転換に外出するなら本屋か深夜のコンビニが好きなんだ。
休日に女子と行けるような気の利いた場所なんて知らない。
結局あのあと、連絡先を交換したのはいいものの、文面の上では営業スマイルもクソもない。ぎこちなく、そこはかとなく陰の漂う受け答え。LINEでの会話はイマイチ弾んでいなかった。
だが。こういうとき、席が前後ってのは便利だな。
おまけに坂巻はおしゃべりだ。思考が丸聞こえなので、そこから返信の糸口を掴もう。
俺は読書をするフリをしながら、聞き耳を立てる。
「え〜? 今週の日曜でしょ? 早く決めなよ。そういえば、綾乃、ジルの新作リップ欲しいって言ってたじゃん。新宿に買い物にでも行けば? なんでもあるし、カフェだってよりどりみどりだし。新宿ならさぁ、ワンチャンホテルも……」
(ホッ、ホテッ……!?)
「ばっ……! ばかっ! 何言ってんのぉ!? そ、そそ、そんなとこ行くわけないじゃん!?」
(そそ、そうだ、そうだぁ!)
椅子から飛び上がる勢いで否定する坂巻。ちょっと意外だ。
俺はてっきり、坂巻はもうそういうのに慣れきっていて、だからこそ年上の彼氏じゃないと満足できないもんだとばかり……
「そういうとこはぁ……! デートして、キスして、とか。もっと仲良くなってから、自然と行くもんじゃん……?」
ふーん。そうなんだ。
勉強になります。
「いやいや、そんなの少女漫画の受け売りでしょ。行くときはデート初っ端から行くって。流れだよ、流れ。あと相性。空気。ノリ。綾乃って、案外純情なんだね」
しれっと慣れている河野にビビりつつも、坂巻は納得していないような色を浮かべていた。
「そ、そういうもんかなぁ……? 真紀……オトナだね……」
「ホテルに行けばオトナだって思ってるところが子どもなんだよ。私だって十分子どもだってば。……って、昔彼氏が言ってた」
「うへぇ……真紀しゅごい」
(うへぇぇ……)
図らずも、坂巻と同じ顔をしてしまった。
だが、会話の端々から、坂巻が思っていたようなクソビッチでもなかったことが推測できる。
『ホテル』と聞いたあの慌てぶり。まさか、処女なのか?
いやいや、まさか。ンなわけないって。
「で。デートどこ行くの? アイス屋のお兄さんなんでしょ? 一緒にアイスでも食べに行けば? バイトしてるんだから、アイス嫌いってことはナイでしょ。新宿に新しくイタリアンジェラートの店がオープンしたって、雑誌で特集してたよ。ほら、ここ」
「それだっ……! 真紀、天才っ!」
坂巻にURLを送られる前に、俺は『新宿 イタリアンジェラート ニューオープン』で検索した。
数々の色鮮やかなジェラートは、ウチの店では再現できないような生食感に近いものから、見ただけで濃厚とわかるチョコレートにピスタチオ……思わず喉が鳴る。
そういえば、店長が新しいフレーバーのヒントになるような意見を募ってるって言ってたっけ。採用されれば金一封。なんなら敵情視察もして来いって……
『週末、よければ新宿にあるジェラートのお店に行くのはどうかな?』
『いいと思う。俺もちょうど行きたいと思ってた』
思わず即レスすると、坂巻が猫のように毛を逆立たせて飛び跳ねる。
「返事早っ!? いつもなら、既読ついてから数十分は返信ないのに……」
なんて返せばいいのか、いつも決めあぐねているからな。
「よっぽどアイス好きなんだね、そのお兄さん」
「そうみたい。……えへへ。よかったぁ……!」
「よかったね、綾乃」
無邪気に笑みを浮かべる坂巻の頭を、子どもにするみたいに河野が撫でる。
返事ひとつでこうもコロコロと表情を変えるなんて、忙しいやつ。
俺も思わず、なでなでしそうになった。
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