第9話 クラスメイトと夜道でふたり
街灯りに照らされた夜道を、ふたり並んで歩く。
「あの……なんか、すみません……」
薄暗闇でもわかるくらいに赤面した坂巻はしおらしく俯いて、普段の様相とはまるで異なっていた。
短い丈のスカートが揺れるたびに白い太腿が眩しい。
そんな恰好してるから、こうして俺が駅まで送るハメになるんだろーが。
制服で帰ると同じ高校なのがバレるから、と。荻野がジャージを貸してくれた。
ワイシャツは何の変哲もないのでそのままでいいとして、その下に女物……というか、荻野の服を着ているという現状は、居心地……というか着心地が悪いという感想しか浮かばない。
着る時にわずかに香った、香水なのか柔軟剤なのかわからない良い匂い。嗅げば明らかに女の服だとわかるソレを着ていると、坂巻に勘付かれたらどうしよう。
俺は『かっこよくて優しいアイス屋のお兄さん』から、『素知らぬ顔で女の服着るド変態』に成り下がったりするのだろうか。
そも、ワイシャツに下ジャージだなんてヤンキーっぽくないか? 言っておくけど、こんな恰好で毎回バイト来てるわけじゃないからな。
……と。坂巻相手にそんな弁解してどうする。
落ち着け、俺。
取り繕ったって意味ないだろうが。
坂巻になんて思われるかなんて、どうだっていいはずだ。
「ええと……お兄さんも、帰り道こっちなんですか?」
上目遣いで顔を覗き込まれ、一瞬ぎょっとする。
街灯りが瞳に写り込んでいるのか、やたらきらきらして見えた。
「帰り道は反対だよ。でも――」
『同僚が送って行けって、うるさくて……』は、「言うな」って言われてたな。
俺は出かかった言葉を飲み込んで、接客時同様の営業スマイルを浮かべた。
「ほら、女の子が夜道をひとりってのも、危ないでしょ。こんな時間に」
荻野がそう言っていたのを思い出して、寸分違わず復唱する。
淡々と事実を述べたつもりだったが、坂巻は盛大に勘違いしたようで、瞳を更に輝かせていた。
きっとこいつの目には、俺が大層な聖人君子に映っているのかもしれない。
それもまた居心地の悪さに拍車をかけていた。
騙しているような気がして、なんだか落ち着かない。
だからというわけではないが、せめて、できる範囲で誤解を解いておきたい。
「そんなかしこまらなくていいよ。さっきも言ったように、俺はおま――キミと同じ高校生だし。敬語使われると、むずむずするっていうか……俺もタメ語で話すから、キミもタメ語で話してくれないかな。それに、『お兄さん』ってのも、ちょっとな……」
「あ。そ、そっか……じゃあ、そうする。ええと、なんて呼べばいいかな?」
尋ねられて、真っ先に「ゆっきぃ」が浮かんだが、脳内で首をぶんぶんと横に振った。
坂巻にゆっきぃと呼ばれるのは、チガウ。
(バレないように、テキトーなあだ名を……)
「じゃあ、『ゆき』でいいよ」
「ゆき、くん……」
噛み締めるように言われると、なんか恥ずいからやめて。
そんなこんなで駅まで送り届けると、坂巻はいそいそとスマホを取り出した。
「あ。そだ。連絡先……」
俺もハッとして思い出す。
そうだ。「お茶しませんか」と誘われて、OKしたんだった。
普通に考えれば、待ち合わせの為に連絡先の交換は必須だ。
LINE……表示名……念のため、急いで『ゆき』に変更しておく。
そうして俺は、今まで絶対に登録することがないと思っていた名前を、連絡先に追加したのだった。
『よろしくお願いします!』と愛らしいスタンプ付きで送られたメッセージに、その場で『OK』みたいなスタンプのみ返す。
「ねぇ、またLINE……してもいいかな?」
まぁ、待ち合わせの日時と場所とか決めないといけないしな。
「いいよ」
普通に答えたつもりだったが、坂巻は顔を輝かせた。
こんな坂巻……調子が狂う。
らしくもないこそばゆい感情に戸惑いつつも、俺は巻髪のぴょこぴょこ跳ねる背を見送って、反対側へと家路を急いだ。
「送ってくれてありがとう!」
というメッセージに、『学校でもこれくらい素直ならいいのに』と。
らしくもない感想を抱きながら。
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