第4話 キャラメルの君

 運の悪いことに、着替えているところを同僚の荻野に目撃されてしまった。

 俺自身は恥ずかしいとか嫌だとか、そういった感情はあまりないが、好きでもない男の裸見せられてよく思わない女子は、まぁいるだろう。


(やべっ……)


 上裸のまま固まると、銀髪ボブにプラチナシルバーのハイライトを散らしたJKが目を見開く。俺のことを上から下までじっくり眺めたかと思うと、ぽつりと呟いた。


「真壁……ちゃんと男だったんだ」


「なんか失礼な物言いっ! どうせ俺は筋肉皆無の根暗もやしですよ……」


 自嘲気味に制服の上を着終えると、男の裸に全く動揺する素振りの無い荻野は、近くにあった休憩用の椅子に腰かけた。


「ははっ。いいじゃん、もやし。あたしは色の白くて唇の薄い男の方が好きだよ」


「そういえば、そういうのが好みだったな」


「ああ。兄貴みたいなゴリマッチョはごめんだね」


 さらりと絹糸のような髪が揺れ、無数のごっついピアスで彩られた右耳がのぞく。

 重厚なシルバーの細工のものから、得体の知れないデザインの輪っかまで。

 噂によると、荻野は中学まで熱心なヴィジュアル系バンドのファンで、いわゆるバンギャらしい。本人曰く、もう引退して『元バンギャ』って話だが。


 今は、別に好きな人がいるんだとか。


 それも、バンギャをやめてその人を追いかけたいと思う程の人が。


「ねぇ、真壁は穴あけないの?」


「どこに?」


「どこでも。耳でも舌でもさ。ピアスしようよ。真壁、似合うと思うな。あたしが選んであげる。なんなら開けてあげる」


「やだよ、痛そう」


「はは。チキン」


 荻野は俺よりほんの二週間早くバイトを始めた、高一タメのJKだ。

 通っている高校は違うが、この沿線に住んでいるらしい。


 部活には入っておらず、放課後は俺同様に大抵暇……ではなく。バイトに勤しんでいる。だから、夕方から閉店までの時間帯は、シフトが被ることが多い。


 そんな荻野と俺は、バイトの業務にも慣れてきたこの日、初めてふたりきりで閉店までの時間帯を仕切ることになったのだ。


 俺たちと入れ替わるように、店長が伸びをしながらバックヤードに戻ってくる。


「つっかれたぁ~! 平日とはいえ、ひとりはキツイなぁ!」


「「お疲れ様です、店長」」


「ああ、ふたりともお疲れ。今ちょうどお客さんの波去ったから、あと任せてい~い?」


「「はい」」


「ん~! ふたりともクールで頼りになるぅ! さっすがむっちゃんの推薦だねぇ。じゃ、あとよろしくぅ~!」


 ぱたぱたと豪快に、それでいて色っぽくシャツの胸元を仰ぎながら、店長は更衣室に入った。

 店長が帰り、夕方の人波が去った店は閑散として、六時も過ぎればあとは消化試合。アイス屋が入っている駅ビルが閉まる夜九時まで、ショーケースを拭いたり、カップなどの備品やアイスの在庫を数えたり、必要に応じて発注数のメモを店長宛てに残したり。


 ぶっちゃけ、暇だ。


 マスクの下であくびをかみ殺すこと数時間、荻野がなんとなしに声をかけてくる。


「今日は来ないね、あの子」


「ん? 誰?」


「ばっか。あの子って言ったらだよ。ベージュの巻髪の、やたら胸のでかい、ギャルっぽくて可愛い子。常連さんのさ。真壁、知り合いっぽいこと言ってなかったっけ?」


「ああ、坂巻? クラスメイトだよ、一応。あ、でも、俺が真壁だってことは内密に。あいつ、俺のこと『クラスメイトの真壁』だって、気づいてないんだよ。バレると面倒だからさ」


「え。そうなの?」


「ああ。俺、学校では陰キャなキモオタ眼鏡だから。見た目も、あだ名も」


「へー。陰キャなのは今もそうだけど、何? 学校だと眼鏡なの?」


 そうだ。俺はあくまで接客に必要だという理由で、バイトに来る前、コンタクトに付け替えている。身バレを防ぐために、学校の最寄り駅に設置してるトイレで。

 人手が足りないからと、鬼のようにシフトを入れられている俺にとって、そのちょっとした変装はもはやルーティンとなっていた。


「眼鏡、見る?」


 暇を持て余した俺たちは、ロッカーから眼鏡ケースを取り出して、コンタクトの上から眼鏡をかける素振りをした。


「ぶはっ! ぶ厚っ! 瓶底かっ!? のび太君もびっくりだ」


「だろ? 視力、0.00000001……? とかでさ」


「それもう、まともに測れてないじゃん。なんで普段からコンタクトにしないの?」


「それ、は……」


 色々あるけど、昔むつ姉に「ゆっきぃは眼鏡が似合うね!」と言われたから……

 とは、言えない。仮にもむつ姉を知っている人に対して。

 なんか恥ずかしいじゃん。


「内緒」


「なにそれ気になる……あっ。いらっしゃいませー」


 雑談にふけっていると、こげ茶の髪をふわりと揺らした女子高生がやってきた。

 セーラー服のスカーフが鮮やかで愛らしい、常連さんその2。

 塾の帰りなのか、遅めの時間帯にいつもひとりでやってくるお客さんだ。


 荻野の話だと、あの制服は聖セーラ女学院という、超偏差値の高いお嬢様学校のものらしい。賢くて可愛くて、おまけにアイスがめちゃくちゃ似合う……

 そんな、天は二物、でなく三物を与えられたような子がこの世に存在するなんて。

 俺はバイトを始めて、初めて知ったよ。


 名前は知らないけど、あの子が好きなアイスのことなら知っている。


 ピッピ、とレジをスタンバイさせる荻野の横で、俺はコーン……でなく、ちょっとお高いコーンのワッフリュコーンを取り出した。

 あの子はいつも、料金をプラスしてコーンをワッフリュコーンにするからだ。


「今日は何にしますか? 丁度、新フレーバーのキャラメリプレッツェルが入荷したばかりですよ」


 いつも、キャラメル系を何かしら注文する『キャラメルの君』に、俺はいつものスマイルで提案してみた。

 普段ならこういうオススメのような会話はしないが、この日はあまりに暇すぎて、ちょっと調子に乗ってみた。


 すると、キャラメルの君は話しかけられたことに驚き、小動物のような大きな目を見開いて、はわはわと震えだしてしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る