第3話 銀髪碧眼の同僚

 翌日。登校して自席で本を読んでいると、前の席にひと際うるさい一団がやってくる。


「でさぁ~! そのイケメンがさぁ~!」


 踵を浮かせて、つっかけた上履きをパカパカ鳴らして椅子にドカッと腰をおろす。いつもながら、おしとやかさのの字も感じられない様子に内心で舌打ちしつつ、視線を本に戻した。


 今読んでいるのはドグラ・マグラ。日本の三大奇書とも謳われる、夢野久作の探偵小説で、精神疾患、記憶喪失、加えてミステリアスな婚約者と……とにかく、読めば発狂間違いなしと噂されている名作だ。読み進め、いつ、どのタイミングで俺も発狂することになるのか……今から楽しみで仕方がない。


「うっそ。なにそれ。うらやま!」


「毎日イケメン拝めるとかさぁ、サイコーじゃん! あ~あ、私も帰り道そっちならなぁ~!」


 ったく、こいつらは相変わらず、朝っぱらからピンクな話ばかりだな。どうせ隣のクラスのいずみの話でもしているんだろう。

 校内一のイケメン、秀才、金持ち。だが、性格はわがままで女をとっかえひっかえしているクソヤリチンだという黒い噂は絶えない。どうせ顔目当てで近づいても、一晩こっきりでやり捨てされるのが関の山。お可哀想な話だ。


「もうマジ優しいし笑顔が素敵で~! テキパキしててデキる男って感じでぇ~」


「あ~。綾乃、年上とかそういうのに弱いもんね。デキ男てやつ?」


「そうなのそうなの! あぁ~どうしよう……! 今日のメイクどんなのにしていこう……!」


 両頬を抑えて赤面する坂巻。

 目の前でくねくねと、照れ散らかしてうるさいな。腰を振るたびに目の前でチラッチラ揺れる見えそうで見えないミニスカと、真っ白な太腿が目の毒……


「あぁ~! どんな女子が好みなのかなぁ!?」


 そんなに好きなら、ぽやんぽやんなその頭、いますぐ隣のクラスに突っ込んでやろうか?


「あの店員さん、大学生かな? 彼女いるのかな? 気になってアイスどころじゃない~!!」


(…………アイス?)


「でも、今日も行くんでしょ? 『また来ていいですか?』って言っちゃったもんね」


「行く……行くよぉ! でもでも、いざってなると意識しちゃって……」


 ……俺の話かよっ!?


「……どうしよう。今日メイクのノリ悪いし、やめとこっかな……」


「え~!? 昨日の今日で行かないの!? それじゃあチキンじゃん!」


「うっさい! 真紀まきには乙女心ってものがわかんないわけ!?」


「はいはい逆ギレおっつ~」


「もぉ~!」


 坂巻は照れ散らかし、顔を真っ赤にして河野を責め立てる。俺としては、来ても来なくてもどっちでもいいし、メイクのノリとか微塵もわからないのだが、坂巻的乙女心としては、どうせ気になる彼(おれ)に会いに行くならコンディションはバッチリに整えたいということらしい。


 それよりも。今は坂巻を「チキン」「逆ギレ乙」で黙らせた河野を応援したいところだ。いいぞ、もっとやれ。


「あの店員さん、いっつもサービスでホッピングシャワァ乗せてくれるの。あたしがアレ好きなこと知ってんのかな?」


 んなわけねーだろ。エスパーかよ。

 だが、ホッピングシャワァが好きだという点は見直した。褒めてやってもいい。

 坂巻、プラス十点。マイナス五十点改め、マイナス四十点。


「あはは! んなわけないじゃん! 昨日初めて話したんでしょ!? 知ってたらエスパーだよ! 綾乃、お兄さんに夢見すぎ!」


 ああ、まったくその通りだ。

 河野、プラスニ十点。マイナス三十点改め、マイナス十点。


 などと、俺がスネイプ先生よろしくクラスメイト脳内加点を繰り広げていると、朝のHRが始まった。


 先生に配られた体育祭の案内プリントを、前席の坂巻がぶっきらぼうに回してくる。


「ん。」


「ん」


 この、ほぼ無言の一秒に、坂巻の俺に対する生理的嫌悪が見て取れた。

 目を合わせずに、プリントの端を指先でつまんで、万が一にも手が触れないようにと気を配っているのが丸わかりだ。


 昨日はアイスの乗ったコーンを渡す際に、少し手が触れたら「はわわっ」って赤面して、その指先を大事そうにさすっていたのに。ちゃんちゃらおかしい話だよ。


 思わず苦笑しそうになるのを抑えてプリントを受け取る。

 坂巻の望み通り、端っこを持って、間違っても手が触れないように注意しながら。


 そんなこんなでいつもと変わらずに放課後を迎えた俺は、今日も今日とてバイト先に向かった。


  ◇


「お疲れ様でーす」


 接客している店長の邪魔にならないよう、小声で会釈してからバックヤードに足を踏み入れる。着替え用の更衣室はひとつだけあるが、カーテンが閉まっていた。どうやら、夕方からのシフトが被っている同僚、荻野おぎのがもう来ているらしい。

 中からわずかな衣擦れと、パサリ、とスカートの落ちる音がする。


 荻野が着替え始めたばかりなら、おそらく俺が着替え終わる方が早い。

 バックヤードに誰もいないのをいいことに、そのまま着替えていると、上を脱いでいるタイミングで荻野が出てきた。


(しまっ……! つか、着替え早っ!?)


 上裸のまま固まると、銀髪ボブにシルバーのハイライトを散らしたJKと目が合った。


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