第2話 これがモテ期か?
坂巻たちが去り、夕方の人混みも落ち着いたところでアイスの並んだショーケースを拭いていると、背後から声をかけられた。
キャップから飛び出しているこげ茶のポニテを楽しそうに揺らし、にやにやと問いかけてくるのは、敏腕美人店長の
「いやぁ~、モテモテですなぁ! 春ですなぁ! このみすずさんにはわかっていたさ、猫背で陰気なゆっきぃ君が、眼鏡の下には意外にも愛らしいフェイスを隠していることを」
「店長……この場合、『意外にも』は余計ですよ。思ってても言わないでください。陰気な自覚はあるんですから」
「だからコンタクトにしろって言ったじゃ~ん! 高校デビュー大成功!」
「それは『マスクで眼鏡が曇ると接客に大打撃』だからでしょう?」
「どっちでもいいよ! 私はこっちのゆっきぃ君のが好き!」
「えっ。あっ。好きですか……それは……どうも」
「てかさぁ、今の子、毎日来るギャルちゃんじゃん。知り合い? ゆっきぃ君、あの子の接客するときいつも以上にガチガチだよね」
この場合のガチガチとは、ぎこちなく、必要以上に笑顔を貼り付けているという意味だろう。とはいえ、知り合いであることを店長に隠す必要もない。通常であれば、店員と客が世間話をすることなんてありえないんだから。
俺は淡々と説明をする。
「高校のクラスメイトなんです。席が前後ってだけで、友達でもない。それに、向こうは俺が真壁だって気づいてないみたいだし。でも、万が一にもバレたくないんです。だからついガチガチに……要はスマイルで威嚇してるんですよ」
「あはは! スマイルで威嚇って! 他のお客さんにはやるなよぉ~?」
「わかってますよ」
「で。で。ゆっきぃ君的にはアリなわけ? ナシなわけ?」
「なにが?」
「あの子、ゆっきぃ君にほの字じゃ~ん!」
「ほの字って……古っ。言い方で世代バレますよ?」
「やめてやめて! それだけはやめてぇっ!」
うねうねと身をよじらせながらシャツの袖にすがりつく店長に、俺は鼻で嗤ってみせた。
「てゆーか……ナシに決まってるでしょ。あんなギャル」
だってあいつは、俺をキモオタ眼鏡と呼び、プリントを回すときだっていちいち手が触れないようにケアしてくる失礼な奴だ。
キモオタ眼鏡なのは事実なので、この際どうでもいい。だが、その見た目だけで人を判断して、勝手に嫌悪感を抱かれてるんだから、こっちだってどう足掻いても好きになれるわけがないだろ。
加えて、同じように見た目で判断して勝手に好きになってくるのも気に食わない。
それに俺は……
「俺は、ああいう派手でうるさい(おまけに失礼)のは苦手です。どうせ好かれるなら、黒髪の美人がいい」
「ああ~。むっちゃんみたいな?」
「なっ――! なんでそこでむつ姉の名前が出てくるんです!?」
「うん。可愛いよね、むっちゃん」
急に出てくる従姉妹の名に、俺はバックヤードで在庫のチェックをしているむつ姉を横目で見た。どうやら俺たちの会話は全く耳に入っていないようだ。
だって、こういう会話……いわゆる恋バナ(自分で言っててもちゃんちゃらおかしいが)ってやつは、むつ姉の大好物だからだ。
幼い頃は、ランドセルを背負ったクラスメイトに「おはよー!」と言われているところを目撃されただけで「ねぇ彼女? ねぇねぇ彼女?」と聞かれる始末。聞こえているなら絶対に割りこんで来るはず。
むつ姉に聞かれていないことを確認し、俺は店長から視線を逸らす。
「むつ姉は……か、可愛いですよ。でも、俺が黒髪美人を好きなのとは関係がありません」
「ほぉ~? へへぇ~? ふーん?」
「余計な勘繰りしないでください。関係……ありませんから」
……多分。
「とにかく。どうせ『明日も来ていいですかぁ?』とか言われるなら、黒髪美人にしてくださいって話で。ギャルなんて、告られてもこっちから願い下げです」
「もう告られる気マンマンなんだ? 意外と自信家?」
「……っ」
そう言われて、らしくもなくちょっと調子に乗っている自分に気がついた。
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