第7話 美味い飯
お隣さんと会話した日から、2週間が過ぎようとしている。その間、僕は誰とも会話をする事はなかった。買い物に行っても店員さんはいない。すべてがシステムを通してのやり取りだから会話がいらないのだ。
B地区では飲食店も人間の姿は見えない。見えないだけで、裏でA地区の住民が料理を作ってくれているはずだ。裏なのか地下なのか、どこかわからないが、注文すれば暖かい料理が出てくるので誰かが作っているのだろう。だが、そこには人間の気配はなく会話もなかった。
基本テーブル席以外は、A地区にもあった間仕切りのある人気ラーメン店のように、1席毎に間仕切りがあってプライバシーが保たれている。テーブル席も外からは簡単に見えないよう仕切りがある。家族連れ専用の席だ。
飲食店の利用者は少ない。客層は高齢者が多いような気がする。仕事がないので、暇な時間があるからだろうか、B地区では自炊する人間が多いようだ。そんな僕も、基本的には自炊派になってしまった。
『働かずに食う飯は美味いか?』以前、ネットの古い掲示板で見つけた言葉だ。当時はまだ、ベーシックインカムが導入されていない時代だったのだろう。ネット上で、仕事もせずに昼間からインターネットに書き込みをしていた、ある意味”仲間たち”との戯言の書き込み。
僕は働かずに食べてるご飯も、とても美味いと思う。でも、それは本当だろうか。A地区で働いているときに食べたご飯が美味しかったのか思い出せない。システムのリリース後は、盛大にパーティーのような飲み会をやっていたっけ。有名な料理人が来てくれて作ってくれた料理だったから美味しかったのだろう。いやいや、仕事が煮詰まって深夜の中華屋でプロジェクトメンバーで、あれやこれや仕事の話をしながら食べた五目あんかけ麺と餃子、ビールも飲んでたっけ。こっちの方がなぜか記憶に残っている。
本当に美味い飯とは?
会話のない日々は続いてく。必要最低限の生活用品だけを買い、自炊しご飯を食べ、図書館に行って本を借りる。気が付けば、判を押したような生活を続けていた。
自分の身の回りの事以外は、毎日やらなくてはならない事がないB地区の生活。
絶対に仕事をしなければ生きていけなかったA地区の生活。擦り減って、身体も精神も壊れるような働き方はとっくの昔になくなってはいたけど、当然仕事をすれば疲れるのだ。僕は、特に疲れていた訳ではないが、仕事をする側から離れて、仕事をしない側にやってきた。なぜB地区にやっていたのだろうか。そして、今はこの生活に満足しているのだろうか。
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