第6話 会話
B地区で生活するようになって1週間が過ぎた。一通りの生活用品も揃い、自炊も始めた。A地区では一人暮らしを始めてからは外食かレトルトばかりだったので、自炊はほぼ初めてだった。買ったばかりの廉価版のスマートフォンでレシピを検索して作ってみる。意外と美味しいもんだ。ひょっとして、この食材たちも廉価版なんだろうか。そもそも食材に廉価版なんかあるのだろうかと、くだらない事を考えて思わず一人で笑ってしまった。
A地区にいた頃は、こんな風に一人で笑ったりした事があっただろうか。仕事のチームメンバーと談笑することはあったはずだ。でも、こんなくだらない事を思いついて一人で笑うような事はなかった気がする。
そんな風に、自炊や掃除など身の回りのことをする時間以外は、本を読んでいた。B地区にも図書館があったのだ。以前は、仕事に関する本や解説書しか読まなかった。歴史に関する本や、ミステリ小説、子供の頃に途中まで読んだ漫画などたくさんの本を借りて、貪るように読んだ。本があれば、他には何もいらないなんて思い始めていたある日、玄関のチャイムが鳴った。
僕は恐る恐るインターフォン越しに声を出す。B地区に来てから1週間、僕は誰とも会話してなかったのだ。
「どちら様でしょうか?」
僕の問いかけに女性の声が反応する。
「隣に住んでる者ですが・・・。」
ああ、お隣さんか。
「今、開けます。」
玄関のドアを開けると、僕と似たような服装の女性が立っていた。配給の服だから同じに決まってるよな、そんな事を考えながら女性が話出すのを待った。
「すみません、あの・・・あまりにも静かなので心配で・・・もしかして、死んでるんじゃないかと。」
とても落ち着くトーンの声でゆっくりと話してくれた。
「えっ?」
「いやっ、その、テレビの音もしないし、音楽も聞こえないし、足音だってしないから・・・。いくら防音性が高いとはいえ、少しは聞こえてきてもよさそうだなと
思って。」
僕はそんなに音を立てずに暮らしていたのだろうか。まぁ、料理以外は本を読んでいたしな。確かに、お隣さんからはテレビや音楽がかすかに聞こえていた。
「大丈夫です。料理して本読むくらいしかしてなかったからかも。ご心配お掛けしました。」
そういうと、ほっとした表情を見せてくれた。
「役所の人に聞いたんです。A地区から引っ越しされて来る方がお隣になるって。だから、ひょっとしてA地区でとても嫌な事でもあって絶望した人じゃないかと思って。それで最悪のことも考えてしまって・・・。」
なるほど。確かにわざわざA地区からB地区に来る人間なんていない。心配はごもっともだ。
「ありがとう。B地区に来たのは僕の意志なんです。だから絶望してません。それに、ここの生活が楽しくなってきたところです。」
そういうと彼女は笑顔で
「良かった。何かあったらいつでも声掛けてくださいね。」
そういって、自分の部屋に戻って行った。久しぶりの他人との会話だった。
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