第2話 雨恋

 そんな事が、しばらく続いた。しかし、ある雨の日だった、マサル君が風邪を引いてしまった。相当熱があるようで、顔が真っ赤になり、息遣いも荒かった。熱は39℃近く上がっていた。雨の日は、両親は散歩に連れて行ってくれなかった。家にあるゲージの中で用を足さなければならなかった。俺は、そんな事はどうでも良かった。ただただ、子猫が、またあのガレージで、お腹を空かせて、震えていることを思うと、居ても立っても居られなかった。

 俺は初めて、家から脱走した。裏庭に通じる窓は、いつも少し開いている事に気づいていた。俺は、自分のおやつの、ビーフジャーキーを口に咥えて、子猫の元へと急いだ。やはりそこには、体を濡らして、ブルブル震えている子猫の姿があった。俺はビーフジャーキーを、子猫の前に置いた。子猫はむしゃむしゃと食べ始めた。俺は、子猫の体が冷えないように、濡れた体を舐めていった。子猫が食べ終わると、自分の懐で体を温め続けた。子猫は、「ニャ~オ。」と言った。俺は、猫語は分からなかったが、“ありがとう”と言っているように聞こえた。数十分後、子猫はすやすやと眠ってしまった。

 一方で、マサル君の風邪は、一向に治らなかった。俺は、マサル君の事も心配であったが、毎日、子猫の元に行っては、ビーフジャーキーを食べさせ、体を温めてあげた。

 そんな日が、5日間続いた。その間、ずっと雨は降り続いた。俺は、雨の日が段々と嬉しくなっていた。子猫に会える、そう思うと、胸の高鳴りを感じた。“これが、恋というものなのか?”そう思った。

 俺が、食べ物を持って行くようになってから5日目の事だった。子猫はビーフジャーキーを食べようとしない。あれだけ震えていた体が、震えもせずに、ガレージの隅でぐったりしている。栄養が足りなかったのであろうか、前にも増して、体が小さくなっていると思った。俺はビーフジャーキーを噛んで与えてみた。しかし、子猫は虚ろな目をしていて、食べようとはしなかった。俺は、自分の懐で、何時間も子猫を温め続けた。子猫は、小さく、「ニャ~ォ。」と言い、そのまま呼吸が浅くなっていった。俺は、何度も吠え続けた。「死んじゃダメだ!死んじゃダメだ!」という俺の声も虚しく、子猫の体は、どんどん冷たくなっていき、遂には死んでしまった。そして俺は、雨空に向かって、遠吠えした。「ワォーーーーン!」という声が、雨の音にかき消されていった。俺の、短い、短い初恋が終わった。

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