第10話 コウスケ、エホバの証人やめさせられるってよ

 堕落していくコウスケのお話。


 正規開拓者として、奉仕の僕として、献身的に生きていたはずのコウスケ。全然、心がこもっていませんでした。特に、祈りという割り当てが大嫌いでした。聖書に基づく講話をすることは、原稿丸読みですが、それほど苦ではなかったので、なんとかこなしていました。ですが、集会の最初と終わり、または伝道活動を始める最初に人前で、代表して祈りを捧げるという“特権”が大の苦手でした。


 エホバの証人の祈りは、最初、父エホバへの呼びかけから始まります。感謝の言葉、自分が罪深いものであることを悔い改める言葉、助けを求める言葉、などを羅列。最後に、み子イエス・キリストのお名前を通してお祈りします。アーメン。と続きます。


 祈りですから、原稿を読むわけにいきません。心から溢れ出る言葉であるはずです。みんな頭を少し垂れて聞いています。時々こっそりメモ作って、薄目を開けて読んでましたけど。まぁ、このあたりで心がこもっていないことがバレバレです。


 コウスケ、20代後半に差し掛かり、仕事が楽しくなっていました。とある、社会人向け資格取得スクールの講師をしていました。どこで得たのか、「大人の男は一人で飲みに行けるバーのひとつやふたつ、知っていないといけない」みたいなコピーに唆され、夜な夜なアルコールのお世話になっていきました。


 職場の近所で、隠れ家っぽいショットバーを見つけ、マスターととても仲良くなりました。また、常連さんたちとも意気投合し、当時流行っていた、ダーツをして楽しい時間を過ごしました。


 そうしているうちに、ダーツの大会に参加するように誘われるのですが、日程がだいたい日曜日。日曜日は集会の日。なんらかの言い訳をして、ダーツは断っていました。本当は行きたいのに。


 10月末は、ハロウィンにも誘われました。異教の祭りです。普通なら断るのですが、非常に楽しそう。こっそりMr.インクレディブルのコスプレをして参加しました。身長が高いので大人気でした。


 さらに職場で、バーで、コウスケの誕生日を祝われました。完全にサプライズです。エホバの証人は、誕生日を一切祝いません。神に喜ばれないことだと教えられています。そんな中、非常に気まずい気分ではありましたが、職場の仲間や友人たちの気持ちが嬉しくて嬉しくて、思わず涙ぐんでしまいました。


 そんなことをしているうちに、バーの常連、年上のミツくんに連れられてキャバクラに行きました。酔った勢いです。お姉さん方が両隣に座ります。ドキドキします。当時はまだ女性も好きでした。夜中から明け方まで飲み通し、お会計したあとに、女の子とキスしていました。


 別の日、ショットバーで、スロットゲームを始めました。100円入れて、何回転かする。ボンッと音がして7が揃えば当たり、得点貯めてメダルが払い出されます。メダル1枚で、お酒1杯と交換です。1回の当たりで何枚もメダルを手に入れることもあります。ギャンブルにハマるきっかけです。


 そして別の日、パチンコ屋さんに入ってみることにしました。先に座っているお客さんの見よう見真似で打ってみました。海物語でした。ビギナーズラックです。数万円ゲットしました。


 さらに、後日、パチンコ屋に行きました。エヴァンゲリオンの台を見つけました。アニメはリアルタイムでは見ていませんでしたが、職場の友人のエヴァの魅力を聞いていた頃です。アニメのエヴァ、パチンコのエヴァ、すぐに虜になりました。


 こうして、エホバの証人の信条からかけ離れたこと、悪とされていることに染まっていきます。すぐにばれます。長老に呼ばれます。審理委員会というものが開かれて、本当にギャンブルをしているのか確かめられます。排斥が決定します。次の集会で発表されます。そこから、集会に行くのをやめました。


 母親が心配ではありました。男3人兄弟、すでに弟2人とも集会には行っていません。長男のコウスケだけが母親と集会に行っていましたが、それも無くなりました。それでも母は、忠実な信者でした。


 エホバの証人の信条では、排斥者とは挨拶をしてもならない、家族であっても、会話も極力控えるように教えられます。うちの母の場合、そんな極端なことはせず、一般的な関りは持つ人だったので、今でも尊敬する人ではある、というのが救いです。


 こうして、エホバの証人から排斥という処置を受け、これまでの仲間との関わりは一切消滅しました。それでも、それほどツラくなかったように思います。集会での話を準備したり、伝道活動で家の人に断られたり、大嫌いな祈りをみんなの前で捧げたり。すべて無くなりました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る