第7話 尊さ故の孤独

美智恵とトーマスが会話をしながら講演会場の前で一時間程待っていると講演が終わったのか、続々と生徒達が外に出てきた。その中にズボンの裾を折り曲げ、素足に革靴、クラッチバッグを持ったIT社長のようないでたちの吉岡が出てきた。吉岡はいつもの事ながら落ち着いた風貌で社長と言われても違和感が無いぐらいのオーラを放っていた。

「吉岡!」

吉岡を見つけた美智恵は手を振って吉岡を呼びつけた。

「どうしたんだ?」

吉岡が訪ねると、美智恵は待っていた事を伝えようとするが、その美智恵より先にトーマスが美智恵の前に立ち、吉岡に話しかけた。

「タカ、初めまして。トーマス・星輝・ウィリアムです。」

 自分の名前を紹介すると、スッと手を差し出した。吉岡はその手につられる様に右手のズボンから手を出して、トーマスの手を握り自然と握手をした。

「吉岡隆文です」

 相手は自分の愛称を使ったのだから名前を知っている筈だったが、トーマスの佇まいと丁寧さに咄嗟に自己紹介をしていた。

「タカにお願いがあるんだ」

一時間待っていた事を恩着せがましくするどころか懇願する様な目で、まるで自分の相談事の様に吉岡に頼み込んだ。

「そんな事の為にこんな所でずっと待ってたのか?」

 吉岡は呆れる様に美智恵の方に視線をやるが、あの小煩いまるで自分の事しか考えていない美智恵が

講演が終わるまで待っていたのかと思うと、その真剣さに協力したくなった。

「康祐に頼む事は出来るが、飯原とはBBQをした時に一度会っただけだから期待するなよ」

「本当?ありがとう吉岡」


 数日後吉岡から美智恵に連絡があり、次の週末に喫茶店に上本が飯原を連れてきてくれる事になった。

「美智恵良かったね。後は飯原を説得するだけだ」

「トーマスも付いてきてよ」

 トーマスと行動すると全てが上手く行く気がした美智恵は飯原の説得もトーマスに任せる事にした。

「頼ってくれて嬉しいよ。美智恵の為に頑張るね」

 得意の爽やかなスマイルを出して美智恵に微笑んだ。トーマスは決して美智恵に好意がある訳ではない。只、純粋にみんなの笑顔が見たいだけだった。

「なんでそんなに協力してくれるの?」

「僕のミドルである星輝はアメリカ人の父さんが漢字を調べて付けてくれたんだ。星条旗が意味する純粋さや正義などを持ったみんなが憧れる尊い存在になって欲しいと付けてくれた。僕はそれに恥じない存在になりたいだけなんだ」

 美智恵は驚いてしまった。自分で何の損得も無く尊い存在になりたいと言ってしまえるトーマスが本当に自分と同じ人間なのだろうかと感じてしまった。

「そんな他人の為に動いていて疲れない?」

「全く。でも友達は出来ない。当然だよね。みんな僕と仲良くなると全てを見通されてるみたいで怖がってしまう」

そう言うトーマスはどこか寂しげだった。

「じゃぁ。今日から私が友達になるよ」

「はは。ありがとう」

 全てを見通すという事が、どれだけ恐怖なのかを美智恵は考えていない事がわかるトーマスは愛想笑いしか出来なかった。いくつか質問をするだけでその人の考えている事、その人の行動の意味、発言の真意全てをトーマスは理解してしまうが故にトーマスの人生は孤独だった。

「相手の考えてる事が分かるなんて最高じゃん。その能力私も欲しい」

 欲望に忠実な美智恵がこの能力を手にしたら好き勝手出来る能力だが、トーマスは違った。

「何もわかってないね。僕が君にいくつか質問するだけで君が使ってるシャンプーのブランドもわかるし、お風呂に入る時間もわかる。更に言えば今日着けている下着の色まで当てられる」

「えっ⁉︎下着の色?えーと今日は青!」

美智恵はTシャツの襟元を人差し指で広げ、確認をして恥じらいも無く答えた。

「きっ。君は東都大生なのに頭が悪いのか?僕はそんな事知りたくもない。気味悪がられる理由を説明しただけだ」

「何が気味悪いの?それを悪用したら怖いけど、トーマスは尊い存在じゃん。トーマスに対して隠し事するから気味が悪いんでしょ」

 美智恵はあっけらかんとして笑って見せた。





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