第2話 旧友からの電話
「綾子?久しぶり」
電話を掛けて来たのは学生時代で一番の友達である横浜美智恵だった。美智恵と綾子は幼馴染で大学まで同じ進路だったが、神住山遭難事故以来顔を合わせても会話する事なく過ごし、卒業と共に連絡さえ取らなくなっていた。そんな関係だったのを忘れているのか、昔のテンションで喋り掛けてくる美智恵に気圧されながら現況や世間話をしていると咄嗟に思い出したように美智恵が怒った口調になった。
「戸谷さぁ、神住山でペンション事業に手を出して、避難小屋や休憩小屋の管理始めるらしいよ」
戸谷は家業である戸谷グループである戸谷ホームの社長に就任しており、就任早々ペンション事業を立ち上げていた。
「やっぱり戸谷は違うよね。あいつだけ敷かれたレールに乗って悠々自適に過ごしてるんだから」
美智恵だってそれなりに幸せだった。大学時代に好きだった飯原幸弘と結婚できた。しかし、将来有望だった飯原の人生を自分達が壊してしまった負い目があり、戸谷に嫉妬せずにはいられなかった。
「でも、戸谷もあの事故の後は成績も落ちてたらしいし、彼なりに苦労したんじゃない?」
「苦労?下半身切断になった幸弘や指を切断した・・・」
美智恵はそこまで発言すると、本人を前に言ってしまった事に気付き、言葉が止まってしまった。
「気にしないで、私は吉岡と結婚する事になったから。でも、美智恵成長したねぇ。昔なら絶対に最後まで言っていた」
一瞬気まずい雰囲気が流れそうになるが、綾子の一言で、昔を懐かしむように二人は笑ってしまった。
「そっか、吉岡と・・・吉岡はずっと綾子の事が好きだったもんね」
「うん。私なんかと結婚してくれるなんて、感謝しかないよ」
指が無くなった事で、ずっと諦めていた結婚だったが、吉岡のおかげで結婚出来るという喜びを噛み締めた。
「そういえば、その戸谷の事で中村から連絡があった」
中村からの連絡は戸谷が怪しいから調べたいとの事だった。
「怪しい?」
プライドは高いが正義感が強く、人から疑われる行動など戸谷は取らない事を知っている綾子は何の事か分からなかった。
「冷静に聞ける?」
先程まで学生時代のノリで話していた美智恵が急に低い声で問いかけて来た事で本題はこちらだと綾子は察した。返事をしようとすると話す前提だった美智恵は被せる様に一方的に話し始めた。
「トーマスは戸谷に殺されたかも知れないんだって」
「えっ⁉︎」
綾子は驚きのあまり声が裏返ってしまった。それと言うのも、綾子はトーマスの事が好きだった。しかし、遭難事故で行方不明になっていたにも関わらず、自身の指が欠損した悲しみに暮れていた為、いつしか恋心は消えており、寧ろあの頃のトラウマの一端で、思い出す事も出来なくなった。
「でも・・・トーマスが最後に一緒に居たのは私と吉岡だから、疑うなら私達じゃ無いの?」
綾子はあの場所で起こった事を殆ど覚えていない。寒さに凍えながら薄れゆく意識の中で夜を過ごし、起きた時には救助隊に運ばれていた。
「私は中村の過大な妄想だと思うけど、避難小屋の管理を始めたのは、ちょっと引っ掛かってる」
「どう言う事?」
「殺人は時効が無くなったし、戸谷はトーマスに嫉妬していたと思う」
美智恵の言う嫉妬とは、完全無欠、自他共に認める天才の戸谷は、トーマスの登場によってその座を奪われた。
「あいつってプライド高かったでしょ。ひけらかさなかったけど、絶対に自分に自信があったと思う」
綾子はとても信じられなかった。学生時代の戸谷は、イケメン好きであった自分から見ても格好良くて、性格もリーダー気質で面倒見が良い。唯一欠点を挙げるとしたら背が低いぐらいで内面の欠点を挙げるのが難しい。
「今度、戸谷と会う事になったから綾子も来てよ」
突然の誘いに動揺する綾子だが、大好きだったトーマスが殺されたと聞いては、断る理由が無かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます