奴隷の証

「…煙…狼煙か?」飛竜の背から遠くに煙が見えた。


黒煙が一筋天高く伸びている。


弔いの煙だ。


「グランス様…遅かったか…」


グランス様が身罷られたという知らせだ。あと少しで到着という時に…


姉上は大丈夫だろうか?


グランス様を慕っていたからな…


「ベティ」


飛竜船の速度を落とし、中に声をかけると窓からベティが顔を出した。


「グランス様が身罷られたようだ」


「そんな…出直しましょうか?」


「このままだと話しにくいから一度船を下ろす」


風の音で声が聞こえにくいので一度降りてから話をすることにした。


少し開けた場所にゆっくり飛竜船を着地させる。


船内に入ると勇者が慌てた様子で歩み寄ってきた。


「グランス様、亡くなられたの?」


「知らせの狼煙が上がっていたから間違いないだろう。


困ったな…何の準備もしてないだろう?」


ベティに問いかけると彼女も困ったような顔で頷いた


「そうですね…失礼があってはいけませんし、一度引き返して陛下にご報告致しましょうか?」


「仕方ない…一度引き返して陛下にご報告するとしよう」


「行かないの?」勇者が訊ねた。


「仕方ないだろう?


弔問の用意がない。


相手は大王様だぞ、何の用意もなく伺うのは不敬だ。


下僕たちが中に入れてくれないだろう」


「そうなんだ…」


「とりあえず、すぐ戻って出直す」


竜たちの様子を確認し、ベティ達を船入れ、飛竜船を上空に戻す。


地面で船の方向を変えれないので上空で大きく旋回した。


飛竜の翼と船体が接触しないように気を付けながら方向を変えないといけないので、船を反転させるのは難しい。


ゆっくり慎重に方向を変えて方向を確認して帰路に着いた。


✩.*˚


「残念だな…」と小さく呟いた。


グランス様とは一度会ったきりだったが、とてもいい人のようだった。


剣も貰っただけで、何も聞けてない。


勇者になると決めたのだから、剣のことは少し知りたかった…


「皆さんがグランス様とは呼ばれているのは、《白の魔王》の事ですか?


まだ生きていたとは…」


「アレンも知ってるんだ」


「白の魔王は有名ですから…」


「人間の《魔王》という呼び方は不快です」ベティがアレンの言葉に口を挟んだ。


「《魔王》とは人間の呼び方です。


この国には《魔王》なんて居ません」


「失礼致しました」慌ててアレンが失言を取り消した。


「ねえ、ベティ。


この国では前の王様は大王って呼ぶの?」


「違います。


グランス様だけ特別です。


あの方は、二度この国で王として民を導いたので、この国の民は皆敬意を評して《大王様》と呼ぶんです」


「えぇ?グランス様って幾つなの?」


「私は知りませんが、多分千年以上は生きているはずです」


「それだけ凄い王様だったんだね」


「ヴォルガ神の血縁というのも本当ですか?」


アレンが尋ねるとベティは頷いた。


「あの神々しいお姿を見れば、疑う気持ちなんて砂粒ほども起こりませんよ。


大王様はヴォルガ神の曾孫に当たります。


誰もあの狼煙は見たくなかったでしょうね…」


そう言って残念そうに俯くベティ。


皆覚悟していたことだろう。


それでも現実に起こったそれを上手く飲み込めずにいるのだ。


窓を開けて顔を外に出した。


走っている車から顔を出した時のような強風が顔に当たる。


ベティが「危ないですよ」とたしなめたが、僕は会えなかった分、彼の死んだ事を確かめるためにあの狼煙を目に焼き付けておきたかった。


「…あれ?」


狼煙を見て違和感を覚える。


空に真っ直ぐに伸びる黒い狼煙が、途中、下の方から赤い煙に変わっていた。


「煙の色変わってるけど…」


「ちょっと!見せてください!」


ベティが慌てて僕を押しのけて窓から身を乗り出した。


赤い煙を見てベティの顔色が変わる。


「大変!イール様!大変です!」


窓から身を乗り出してイールに大声で呼びかけた。


狼煙に背を向けいていたのでイールは気づいていなかったみたいだ。


「救難の狼煙です!


水晶宮の狼煙が救難に変わりました!


助けを求めています!!」


「なんだと!?何かの間違いじゃ…」


ベティの声に振り返ったイールがそう言って言葉を失った。


助けを求める狼煙がイールの瞳にも映ったのだろう。


「姉上!」


イールが悲鳴のような声を上げて飛竜を翻して戻ろうとした。


船が傾く。


「しまった!」イールが舌打ちしながら体制を立て直そうとしたがもう遅い。


飛竜達が驚いてバランスを崩したのだ。


窓から身を乗り出していたベティが悲鳴をあげた。


「ベティ!危ない!」


僕は咄嗟に手を伸ばして彼女の手を掴んだ。


腕にぐんっと重さがかかり、自分も窓の外に落ちそうになる。


「…くっ」


こんな上空から手を離したらベティだって助からない。


力を握る手に力を込めるがなかなか持ち上がらない。


必死で抗う僕の背にアレンが手を添えた。


「《筋力強化ストレングゼニング》」


彼に魔法をかけられて急に力が湧いた。


今だとばかりに一気にベティを引き上げる。


「良かった。


お二人共無事ですか?」


「助かったよ、アレンが魔法をかけてくれたんだろ?」


「ええ、杖がないので簡単な魔法しか使えませんが役に立てました」


ホッと胸を撫で下ろすアレン。


多分魔法が使えるか自信がなかったのだろう。


「ベティ殿もご無事で良かったです」


「…ありがとうございました」


ベティも驚いた顔でアレンを見ている。


僕はともかく、アレンまで自分を助けてくれるとは思わなかったのかもしれない。


「すまない、取り乱した!


皆無事か?!」


外で飛竜を立て直したイールが外で安否を確認している。


「大丈夫、もう終わった」


僕が答えるとイールはさらに大声で言った。


「飛竜船を下ろす。


私はそのまま姉上の元に向かうからお前たちは船に隠れていろ!」


「イール様!お一人では危険です!」


「お前は勇者の護衛だろう!


船で待っていろ!すぐに片付けて戻る」


イールはそう言ってまた慎重に船を下ろすとまた飛竜に跨った。


「待って」とイールの飛竜の手綱を取った。


「何をする…」


「イール!僕も行く!」


「にわか勇者が付いてきて何が出来る!


大人しく待ってろ!」


「グランス様から剣を貰った!


僕は大した役には立たないかもしれないけど、気を引くくらいは出来る!


君一人よりいいだろう?」


「お前を助ける余裕はないぞ!


今度こそ死ぬかもしれない」


イールが凄んでみせるが、ベティも飛竜船に繋がれていた一頭を放って背に乗った。


「なんの真似だ、ベティ!」


「アレン、その船はこの国の宝です。


守ってて下さい」


「おい!そんな奴に任せるのか?!」


イールが抗議の声を上げたが、ベティは知らん顔だ。


「私は勇者様の護衛です。


船の守番ではありません。


ミツル様が行くと言うところに行きます」


彼女はそう言って僕の我儘に乗っかった。


「イール様、いい事教えてあげます。


ミツル様は頑固だから説得しても無駄というものですよ」


ふふっと笑ってベティが竜の背から僕に向かって手を伸ばした。


「貴方の行くところに私も行きます。


私が支えますから乗って下さい」


イケメンすぎるベティの手をとってベティの前に乗る。


「身体の重心を低くして、鬣をしっかり掴んで下さい。


後は私が支えます」


「ありがとう、ベティ」


「どういたしまして」ニッコリと微笑んでベティが会釈した。


男としても勇者としてもは格好悪いが、そんなことも言ってられない。


「仕方ない、行くぞ」


イールは諦めたようにそう言って、飛竜に合図した。


合図を受けて、飛竜が大きな翼を広げ風を起こした。


「行きますよ」


飛び立ったイールの竜に続いてベティと一緒に乗った竜も翼を広げて空気を打った。


浮遊感と風が僕達を包んだ。


「勇者殿!ご無事で戻られませ!」


アレンの声が僅かに僕に届いた。


「アレンも!危なくなったら船に構わず逃げるんだよ!」


僕の声にアレンは手を振って応えた。


彼の姿がみるみる小さくなる。


眼下に広がる木々や川がまるでジオラマのように見える。


落ちたらひとたまりもない。


「怖かったら目を閉じていてください」


「大丈夫」僕はベティにそう答えて、目指す先の狼煙の方角に視線を向けた。


「ペトラは…大丈夫かな?」


「分かりませんが、私の命に変えてもペトラ様はお助けします。


ミツル様も私が絶対に守ってみせます」


「心強いね」


「狼煙を見たら、陛下もすぐに来てくれるはずです。


この場所は他の部族の集落からも離れているので、他部族が助けが来るのが遅いかもしれません…」


「それまで頑張らないとね」


「ええ、その通りです」


僕の言葉にベティが頷く。


この世界に来て、少しだがルイから剣の振り方などを教わった。


強くはないが、はったりくらいなら通じるはずだ。


なんせ《勇者》なんて大看板を背負っているのだから…


「もし姉上が無事なら助けてすぐに離脱する。


他のことには構うな。


くれぐれもはぐれるんじゃないぞ!


私はお前たちを助けないからな。


お前たちも私を助けるな、姉上を助けたらすぐに逃げろ」


「それは約束できない」僕がそう答えるとまたイールは鬼みたいな顔で睨んできた。


知ってるよ、すぐにそんな顔するの。


だから僕は笑って言った。


「皆で帰るんだ。


ペトラもイールも、ベティも僕もアレンも皆で無事に帰るんだよ」


イールは一瞬驚いた顔で僕を見ていたが、僕から視線を逸らせて狼煙の方を睨んだ。


「…出来ればそうするさ」


彼が小声で呟いた声は微かにそう聞こえた気がした。


✩.*˚


話が違うじゃないか!


エッセに怒鳴りたくなるのを抑え、部下たちと小鬼族ゴブリンを殲滅した。


五匹ほどだが、騒がれたり逃げられて仲間を呼ばれると厄介だ。


小鬼達は丘の花を摘んで集めていた。


何に使うのか分からないが、私達には関係の無いことだ。


「敵と遭遇しにくい場所と聞いていたが…」


「フゥム…どうやら座標が少しズレたようです。


本来ならあの森の中に出るはずでしたので…」


ボケた老人の振りをして誤魔化そうとしてるのか?


まあ、いい、まだ任務に支障のない範囲だ。


「森に死体を隠せ」剣を鞘に納めて部下に命じた。


森に放り込んでおけば他の獣が食べて隠してくれるだろう。


「血は?どうされますか?」


「洗い流す必要は無い。そこだけ掘り返して土で誤魔化すんだ」


「了解しました」


部下は手際よく動いてくれた。


転移魔法で訪れた先は、魔物の国とは思えないほど平和な場所だった。


緑の丘には、白い愛らしい花が咲き乱れ揺れている。


種類は分からないが小鬼達が摘んでいたのを見ると、毒か薬かになるのだろう。


勇者の救助部隊として派遣されたのに少し目立つ場所に出てしまった。


すぐに丘の下の森に身を隠すよう指示をする。


ここで見つかってしまっては大規模な戦闘になる恐れがある。


なんせ木が少なく、平原に繋がる丘で見晴らしの良い場所だ。


この平原の真ん中に、巨大な岩肌の崖が塔のように伸びている。


これが、話に聞いた水晶宮か…


所々ネズミ返しのような急角度な返しがあり、恐らく登るのは無理だ。


「あの小鬼たちはドラゴンの世話係だったのでしょう。


恐らく奴らが出入りする場所があるはずです」


「手分けして探し…」


ヘッセと話している時だった。


突風で大きな音を立てて木々倒れた。


逃げ損なった部下が一人巻き込まれた。


「見つけたわよ、略奪者」女の声だ。


いつの間に距離を詰めたのか、女はローブの下から私達を睨みつけている。


「グランス様の神聖な庭を荒らすなんて!


よくもお役目のある下僕しもべ達を襲ったわね!」


女の怒りに応じるように周囲の風が荒れ始める。


目に見えて分かるほどの強力な風が彼女の周りに渦を作った。


「気をつけろ!かなり強力な精霊使いだ!」


騎士たちに指示した。剣が鞘走る音が続く。


魔法使いは後衛で杖を構えた。


「偉大なる大神ルフトゥ。


矮小なる我らを庇護したまえ!


神の加護ゴット・ブレッシング》」


同行していた神官・レーニスが祈りを捧げて補助魔法をかけた。


魔法を帯びた光が個々の身体を包んだ。


しかしレーニスが思っていたほどの加護ではなかったらしい。


「ルフトゥの加護が薄いです。


お気をつけて!」


「なるほど、敵の本拠地だもんな」


ルフトゥと敵対したヴォルガの死体でできた土地だ。


仕方あるまい。


「ここは人間が来ていい場所じゃないわ。


排除します」


女はそう言って手に風を纏わせ振り下ろした。


見えない鞭が周囲に振り下ろされる。


「くっ!」


繰り返し、無作為に振り下ろされる攻撃に苦戦した。


「《防殼デイフェンスィヴ》」


魔法使いたちの防衛魔法に助けられた。


「助かった、礼を言う」


「いえいえ、当然のことをしたまでです。


しかし流石に相手も強い」


エッセの呟きに同感する。


女の周りには強い風が吹いていて近づけない。


それでいて相手は遠距離の攻撃を得意とするらしい。


手のひらに電光の弓を出現させて雷光の矢を放ってくる。


風の盾と雷光の矢の攻撃に苦戦する。


「散りなさい、人間」


「《大神ルフトゥよ、汝の腕を持って我らを護り給え》」


神官が大地から腕を生やした。


草の付いたままの土の腕が女に向かって伸びる。


女が大地の腕に攻撃して僅かな間隙ができた。


「今です!」


「良いぞ、レーニス」一瞬の隙を縫うように騎士で接近を試みる。


遠距離が得意ということは近接戦が苦手なはず。


「その程度なの?!まだよ!」


彼女は僅かに体勢を崩したもののすぐに次の矢を番えた。


その時…


近くで破裂音が轟き、後に「きゃぁぁっ!」女が悲鳴を上げて身体をのけぞらせた。


背後に居たのはエッセの連れてきた冒険者だ。


彼は手に持っていた折れた棒を捨てた。


爆発の簡易魔法を込めた《マジッククラフト》だ。


威力は小さいが、いつの間にか近付いて投げたのだろう。


なんにせよ助かる。


卑怯だかこのまま詰めさせてもらう!


「《風刃ヴィントゥスフェルルーム》」


目の前に迫った女が風魔法を放った。


風の刃が複数放たれる。


避けきれなかった騎士と冒険者がモロに食らって首が飛んだ。


鮮血が視界を過ぎったがそんなものでは私は怯まない。


彼女の驚愕の表情がわかるほど肉薄した。


下から上に剣で切り上げた。


手応えはあったが彼女に傷は与えられなかった。


代わりに「ピイィィィッ」と鳥の鳴き声のような風の精霊の断末魔が聞こえた。


《断魂の剣》が彼女を守ろうした精霊を切り裂いた証拠だ。


「アリス!」


彼女は咄嗟に精霊の名を呼んだみたいだが、精霊は両断されて消滅した。


精霊の防御を抜かれた女は、鎧と剣を失ったも同然だ。


精霊使いが精霊を失ったのだ。


彼女に抗うすべはない。


せめて一刀で殺してやろうと思っていたが、仲間を殺されて怒り狂った仲間が彼女に掴みかかった。


「こいつ!よくもアレクを!」


怒り狂った部下が彼女の顔を殴りつけ、倒れ込んだところで腹を蹴りあげた。


女の細い体から枝のおれるような音がした。


肋が折れたのだろう。


彼女は地面に倒れ込んで吐瀉した。


「止せ、見苦しい!


戦って負けた仲間に対する侮辱だぞ!」


「アドニス様はアレクとポールが殺されたのにこの女を庇うんですか?!」


部下の怒りは収まらない。


女の頭をローブごと掴んで無理やり顔を上げさせる。


美人と言っていいだろう。


瞳には憎悪の光があり、我々を睨みつけているが、その姿から目が離せない。


褐色の肌にエメラルドのような瞳がよく映える。


顔をおおっていたベールとローブを剥ぎ取ると、細身の若い女の姿が顕になった。


ローブに仕掛けはないようだ。


「…殺しなさい」女が震える声で言った。


「おや?もしかして…」生き残った冒険者が何が気づいて女に歩み寄る。


彼女は怯えたように後ずさったが逃げることもままならない。


視線の先は…


彼女の髪を雑に掴んで「やっぱりな」と頷く男。


「お前奴隷だろう?どこから逃げてきた?」


「ちが…違う、私は…奴隷なんかじゃ…」


「こんな耳してるのは奴隷だけだ」


そう言って見えるように長い髪を引っ張り、周りにいた仲間たちに彼女の耳を見せた。


途中から切り落とされた、エルフにしては短い耳…


「奴隷だったのか…」


それにしては強敵だったが…


女は「違う、違う」とうわ言のように呟いている。


「どこの娼館から逃げてきたのか印があるはずだ。


服を剥いで確認しましょう」


「まずは場所を変えよう。


さっきの騒ぎて見つかってもおかしくない。


一旦森に身を隠そう」


騎士と冒険者が三人死に、一人が重傷、魔法使いも一人大怪我だ。


随分強い敵だった。


「その女、ただの奴隷じゃないだろう。


もしかしたら魔王に近い者かも知れない。


情報が欲しい」


「かしこまりました。


怪我人の手当もしましょう。


閣下も怪我をしておいでです」


レーニスにそう言われてやっと気づいた。


風刃で切りつけられたのだろう。


鎧の間隙を縫って薄い場所、足や顔から血が吹き出している。


「頭に血が上っていて気づかなかった」


「閣下は隊長なのですからしっかりなさってください。


後ほど治癒魔法をかけます」


「手間をかけて済まないな」


「そのために私も同行しているのです。


戦うことは出来ませんがお役には立ちます」


「心強いな」


困難な任務だが頼もしい仲間がいる。


一旦撤退し、怪我人に様子を見よう。


進むのはそれからだ。


✩.*˚


最悪だ…


折れた骨の痛みに耐えながら逃げる隙を伺う。


人間くらい簡単に倒せると踏んでいたが、どういう訳か、相手はただの略奪者ではなかったようだ。


精霊を捉えて殺せる魔剣を持っているなんて…


私の精霊アリス


ごめんなさい、私のせいで消滅させてしまった…


それ以上に私の心を傷つけたのが…


「奴隷女」


蔑む視線と罵声。


骨の折れた痛みなど感じない程の怒りが込み上げる。


「どこの娼館から流れてきた?」


「私は奴隷じゃないわ」


「答えないなら検分するまでだ。


裸にされたくなかったらさっさと答えろ」


どこの誰の所有物が確認するための印を確認するつもりらしい。


私だって女だ。


そんなことされたくない…それでも私にも意地がある…


「私は誰にも売られてないし、買われてなどいないわ。


確かに耳は切られたけど、奴隷じゃない!」


「そんなこと確認すればわかる事だ、抑えてろ」


男達に押さえつけられ服を剥ぎ取られた。


泣くものか!


ぐっと心を押さえつける。


これは証明だ!私が奴隷じゃない証明は自分の体でする!


「驚いたな、本当にどこにも印がない」


「取引される前に逃げられたんだな…」


確認した騎士達が口々にそう言って私の身体を拘束していた手を放した。


「何をしているんですか!汚らわしい!」


女の声。


あのルフトゥの神官だ。


「女の姿をしていても魔族ですよ!


そんな者と交わろうとするなんて、ルフトゥの加護が失われます。


地獄に落ちますよ!」


「お堅い神官様だ」


やれやれと肩を竦めて男達が私から離れた。


目の前に立つ女神官が私の体に布をかけた。


「全く、こんな不愉快なものを見せて…」


「何があった?」騒ぎを聞きつけた騎士が草をかき分けて現れる。


裸の私を見て驚いた様子だ。


「何処の奴隷か確認してただけです。


結果何処の娼館のモノでもありませんでした」


「なるほど…なら服は返してやれ」


「アドニス様、この女を私の報酬に頂けませんか?」


騎士では無さそうな男の一人がそう言った。


全身に鳥肌が立つ。


「他の報酬は要らないからこの女の所有権を頂きたい。


これだけの上物、どの娼館も大枚を叩いて買い取ってくれるはずの逸品だ」


「ゲスね…」女神官がボソリと呟く。


嫌だ!私は物じゃない!


「俺たちは名誉じゃ腹がたまらないからな」


「レーニス、突っかかるな。


案内人としてこの男が必要だ。


報酬がこの女一人でいいと言うならそれでいいだろう?」


「閣下がそう仰るなら私が口を挟む事ではありませんわ、お好きにどうぞ」


誰も何とも思わないのだろう。


人間にとって、私達は生き物ですらない。


物か、良く言って金なのだ…


「後でデニスに引き渡すとして、まずはこの女から情報が欲しいところだ」


リーダーらしき男が年寄りの魔法使いに相談している。


魔法使いの提案に私は耳を疑った。


「奴隷紋を刻んで質問しましょう。


そうすれば抵抗できますまい」


「なるほど、それならいいかもしれないな」


「抑えておいていただけると助かりますな」


「おい、エッセを手伝え」


リーダーの合図に他の騎士が手を伸ばした。


「イヤ!イヤァァァ!」


「こいつ、どこにこんな力がっ!」


力の限り抵抗した。


奴隷紋なんて刻まれたら逃げられない!


思い通りにならなければ苦痛を与えられ、いつでも心臓を潰される。


人間にこんな不名誉な事!


ただ死ぬよりも屈辱で恐ろしい…


「やめて!放してぇ!」


「元気な女ですな…


ちと手元が狂いますので頭を抑えておいてください。


心臓の近くに、胸部に奴隷紋を入れると一番効果的ですので...


あと痛みで舌を噛まないように何か噛ませておいてください」


年老いた魔法使いは慣れた様子で淡々とそう言って杖を差し出した。


言われた通りに騎士達が私の髪を掴んで身体を仰け反らせる。


折れた骨が軋む激痛に悲鳴が漏れる。


口には皮の手袋を押し込まれた。


「《奴隷紋スリーブクラスト》」


胸元に雷が落ちたような衝撃と激痛が走った。


ジリジリと刻まれる刻印が肉の焼ける臭いと激痛を生じさせる。


悲鳴さえ上げれない。


体が弓なりにのけぞって痙攣する。


生き地獄と言う言葉がまさにふさわしい…


意識を失ったら楽だったろうが、生憎苦痛のせいで意識すら思い通りにならなかった。


皆こんな苦しみに耐えて来たの…?


何で、私たちがこんな苦しまないといけないの?


「終わりましたよ」


目の前がチカチカする。


意識が朦朧としていた。


全身から力が抜けた状態の私から騎士達が腕を弛めたので、力なく地面に倒れ込んだ。


「死んでないか?」


「これだけで死ぬ者も居ますが、この女はまだ生きてますよ。


かなりの痛みを伴うので抵抗する力もないでしょうが…」


「念の為縛っておけ。


何か着せておけよ」


男たちの声が聞こえていたがもう何もする気力もなかった…


私は奴隷にされたんだ…


お父様にもイールにも…合わせる顔がない…


全てを呪って死にたい…


私はこんなに無力なのだから…

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