覚悟

飛竜ワイバーンを全力で飛ばして狼煙の上がっている水晶宮の屋上に降り立った。


屋上には数人の小鬼族ゴブリンが居て私達の姿を見て大声を上げていた。


「イール王子様!」


「何があった?!姉上は!どこに居る?!」


私の前に小鬼達が泣き崩れた。


嫌な予感がした。


「戦えない私達を守るために…


王女様自ら仲間を助けに…」


「お前たちは姉上一人で行かせたのか!」


頭に血が上る。


小鬼達は口々に「お許しください」と泣いて叫んでいる。


「王女様の厳命なのです。


大王様のご遺体を守るために全ての扉を閉ざして、何があっても外に出るなと…


最後に姿を見た者の話ですと、大王様の花畑の傍で別れたそうです。


それからまだお戻りになりません」


「…姉上…なんて無茶を…」


確かに精霊使いとしての能力は折り紙付きだ。


しかし、姉上は人間を相手に戦った事など無いはずだ。


無茶をする…


「イール、ペトラは?」


「こいつらを逃がすために出ていったらしい!


私はすぐに姉上を探しに行く!


お前たちは待っていろ!」


「ペトラ様が負ける相手にイール様お一人で向かって行っても危険です!」


ベティが叫ぶが知ったことではない。


早く姉上を助けに向かわねば…


「お前たちだって来ても足手まといなだけだろう!


小鬼達と中で待ってろ!」


「ダメだ!イール!僕達も連れて行くんだ!」


ミツルが一端に声を上げた。


こんな時まで仲間のつもりか?!


「お前に…人間のお前に何が出来る?!引っ込んでろ!」


ミツルの肩を突き飛ばして飛竜に飛び乗ろうとした。


「待てよ!」と腕を掴まれた。


「そんな頭に血が上った状態でまともな判断ができるのか?


お前王子様なんだろう?!


もうちょっと冷静になれよ!


大事なことを見落とすぞ!


ペトラを探すんだろ?!


もうその竜クタクタじゃないか!口から泡吹いてるのが分からないのか?」


言われてハッとする。


確かにここまで随分無理をさせた。


クークーと苦しげに鳴いている飛竜を撫でながらミツルが私を睨んだ。


「この子はもう飛ばせないだろ?


僕達の方も無理をさせちゃったからもう限界だ。


他に移動手段は?」


ミツルは当たり前のように小鬼達に質問した。


小鬼達も状況が状況だけにミツルの問いかけに答えた。


「ここには飛竜はいませんが…


あ、待ってください!ペトラ様の飛竜が一頭繋がれています」


「借りれる?」


「すぐに手配を…ええっと…お名前は…?」


「ミツルだよ。


アンバーの友達だ」


図々しくそう言って腕輪を見せる。


小鬼達が慌てて平伏した。


腕輪をフル活用している…なんて奴だ…


「ミツル様の方が冷静に判断できますよ。


イール様も見習ってください」


ベティが冷ややかにそう告げて手甲と皮鎧を付け直している。


やる気満々だ。


「飛竜で下に降りたら地面の移動は私に任せろ」


「何が移動手段あるの?」


「召喚獣が居る。


忘れたのか?私は魔獣使いなんだぞ」


そう言って「《アヴァロム》」と漆黒の狼を呼んだ。


私の影から巨大な狼がヌウッと姿を現す。


「臭いも追えるし背中にも乗れる」


「お前、あの時の…」


勇者にけしかけたが、知能の高さゆえに王の腕輪に怯えて戦えなかった。


「アヴァロム、汚名返上だ。


姉上を探せ!」


アヴァロムは「オンッ」と一声鳴いて塔の上から一気に駆け下りて行った。


「飛竜を用意致しました」


小鬼の声に振り向く。


降りるくらいなら三人でもなんとかなるだろう。


「行くぞ!」飛竜の背にミツルとベティが乗ったのを確認して合図する。


アヴァロムがウロウロしている付近に急降下させた。


「無事で…」


祈るような思いが口から漏れる。


あの時守れなかったから…


今度こそ姉上に苦しみは背負わせない…


たとえどんな手段を持ってしても、必ず助けてみせる。


お父さん、お母さん…


お姉ちゃんを守って下さい…


✩.*˚


ペトラが飛竜で出奔してて助かった。


ちょっと重かったかもしれないが何とか三人でも揃って水晶宮の下に降りることができた。


「ありがとう」


飛竜に礼を言って頭を撫でてやると、嬉しそうに喉を鳴らしていた。腕輪のせいなのか噛み付いたりしない。大人しくて可愛い生き物だ。


「お前のご主人を探してくるからな」


「ミツル!早くしろ!」


アヴァロムの背に乗ったイールが僕を促した。


アヴァロムより一回り小さい狼をさらに二頭用意している。


「アヴァロムと同じ速度では走れないだろう?


振り落とされない程度に掴まっていろ」


「乗っていいの?!」


「今回だけだぞ」


「かっこいいなぁ…」


黒い毛並みはゴワゴワして硬い。


賢そうな顔をしてる。頼もしい。


「鬣の辺りの毛を掴んで飛び乗ってください。


背の辺りに乗って、身体を低くしてしがみつくようにしていれば振り落とされないはずです」


ベティが乗り方を教えてくれる。


こっちも頼もしい。


僕が乗ったのを確認してイールがアヴァロムに合図する。


「アヴァロム、姉上を探せ!」


アヴァロムが駆け出した。


僕達の乗っている狼たちもアヴァロムを追って駆け出す。


薮も岩も関係なく凄い勢いで駆けていく。


確かにこれなら早い!


しばらく進んだところに小さな泉があった。


「…止まれ」


アヴァロムが足を止めて、足元の泥濘ぬかるみに残る足跡の臭いを嗅いでいる。


「…意外と多い…十人前後か…」


「ペトラ様の臭いもありますか?」


「ある、近い」再び歩きだそうとした時、チラリと光るものが見えた。


「あそこに鎧を着た奴がいる。


アヴァロム、攫ってこい!」


イールに命令されてアヴァロムは音もなく滑るように走って行った。


巨大な狼が駈けて行った方向から悲鳴が上がる。


戻ってきたアヴァロムが咥えて来たのは銀の鎧を着た騎士だった。


しっかり噛み付いた歯型が鎧に幾つも傷を残している。


「よくやったアヴァロム」褒められてアヴァロムは犬のようにご機嫌に尻尾を振っている。


「キラキラ光る鎧は森の中では致命的だ、覚えておけ」


「お、お前…さっきの奴隷の仲間…」


「…おい、今何て言った?」


騎士の言葉にイールが鬼のような顔で凄んだ。


目がマジだ…マジギレだわ…


「姉上の事か?あ?まさか、姉上に奴隷とか言ったのか?」


王子じゃない。


ヤンキーだ…鉄パイプとか持ってるタイプのヤンキーだ…


騎士は完全に気圧されている。


そりゃそうだ。


いきなりデカい狼に攫われて、狼三頭とヤンキーエルフと、指の関節をゴキゴキいわせて威嚇する半獣の女の子…


やだ、怖ぁい…


「ちょ、ちょっと話を…」


「黙ってろ、ミツル」


「お、お前は人間か?


何でこんな所に…助けてくれ…」


騎士が助けを求めて僕に手を伸ばした。


その途端ベティが伸びた腕を絡め上げ、関節を殴りへし折った。


止める間もない一瞬の事…


「ミツル様に汚い手で触らないで下さい。


お召し物が汚れます」


イールが悲鳴をあげる騎士の首根っこを掴んで地面に顔から叩きつけた。


「お前が喋る相手は私だ」


「ひぃぃ!」泥まみれの顔で悲鳴をあげてガタガタ震えている。


可哀想…ご愁傷さま…


「私によく似た美しい女性のエルフが居たはずだ。


一度見たら忘れられず夢に出てくるような絶世の美女だ…分かるな…」


いやぁぁ…シスコンの押し売りだぁぁ…


怯えた目の可哀想な騎士は壊れた人形のように何度も頷いた。


「よし、そうだ。


嘘をついたら生きたまま手足を少しずつ狼に食わせるからな。


心して答えろ」


「…わ、分かりました…」


「姉上をどうした?どこに連れ去った?」


「川沿いの宿営地に…


強くて倒すのに苦労したから、魔法使いが奴隷紋を刻んで逃げたり暴れたりできないようにした...」


「何だと!貴様ら!」


イールが吠えた。


ベティも真っ青な顔で胸を抑えて短い悲鳴を上げた。


「…ペトラ様…なんて事…」


「ちょっと、奴隷紋って?」


「人間の呪いみたいなものだ。


相手を操るために、思い通りにならなければ苦しめたり殺したりする最悪な術だ…


姉上…」


何やら本当にヤバいみたいだ。


イールもベティもショックを受けている。


「で、でも、アンバーなら何とか出ないの?」


「手が無いわけじゃないが、陛下に助けていただく前に奴隷紋で心臓を潰されたら意味が無い…」


顔色の悪いイールが考え込む。


ガチもんの呪いじゃないか…


「解除できないの?」


「簡単に言うな!呪いってのはそんな簡単なものじゃない!」


焦りかイールの言葉が荒くなる。


ベティもオロオロするばかりだ。


その姿を見て騎士が悪態づいた。


「助けに行くなら早く行った方がいい。


もっとも、相手になるのは英雄・アドニス様だ。


大魔導師のガリウス・エッセ様もいる。


お前たちも奴隷にされるだけだ!」


「…《英雄》…なるほど、勇者の居ない人間の切り札か…」


「何それ?」


「お前も陛下から《祝福》の話は聞いただろ?


勇者以外にも稀にだが《祝福》を受ける人間がいる。


そう言うのを人間の中で秀でた存在を《英雄》と呼ぶ。


我々の場合は精霊から愛されてる者で《愛子いとしご》というのがある」


ああ、さっき話してたあれか…


さえずるのが上手いおしゃべり人間だな。


お喋りついでにまだ話してもらおうか…


なぁに、お前の仲間を売るだけだ安いもんだろ?」


イールがめちゃくちゃ悪い顔をしてる…


「何のために来た?


ここは英雄様が来るようなところじゃないだろ?


目的はなんだ?」


「お前たちが人間から勇者を奪ったんだろう!」


その言葉に驚いて三人とも顔を見合わせた。


騎士はなおも言葉を続ける。


「我々は王命を受け勇者を助けに来た。


勇者を何処に監禁している?!勇者の身は…」


「あの、それなら多分僕だよ」


「お前が…勇者?」


騎士の顔が一瞬の間を空けて絶望に変わる。


そんな顔しないでよ、傷つくだろ?


「子供じゃないか!何かの間違いだ!」


「私もそう思ったがな…」イールの溜息。


「ミツル様は図太さだけなら勇者ですわ」ベティがケラケラ笑いながら答えた。


うん…多分二人とも褒めてない、褒めてないな…


僕が勇者だと気付いた騎士はガックリと頭を垂れた。


ショック受けすぎだろ、失礼な…


「嘘だ…


こんな、危険まで冒して…


魔王を倒す唯一の希望がこんな…子供じゃないか…」


「なんかそんなにガッカリされると傷つくわ〜…」


「不敬だから殺しますか?」


ベティが右手でグーを作る。


手甲の魔法陣が光っているから本気だろう。


「そんなあっさり殺しちゃダメだろ?


それよりペトラを何とかしなきゃ…


呪いの対処法ってないの?」


「呪いをかけたやつを殺しても消えない。


特殊な呪解の能力のあるものでしか外せないはずだ」


「呪いをかけたやつは外せるの?」


「分からん…ただ、可能性はある」


八方塞がりだ…


呪いを確実に解かないと、ペトラは連れて帰る前に死んでしまうかもしれない…


「…もう一つだけ可能性が無くはない…」


「何それ?可能性があるなら早く言いなよ」


「危険だが」とイールが声を曇らせた。


「《凪》なら解除出来るかもしれない…」


「《凪》?この剣のこと?」


「グランス様は《凪》の事を、殺せない剣だと仰ってた。


だけど、殺せない代わりに魔法を殺せると仰っていた」


「魔法ってことは奴隷紋だけ切れるの?」


それなら良いのだが…


ベティがイールに怖い顔で食ってかかった。


「危険すぎます!もしペトラ様まで傷つけてしまったら…」


「だから賭けなんだ!


グランス様に確認しようにもできないし、それ以外の方法だって安全かといえばそうでも無い!


普通の方法でも死ぬ可能性はある」


感情を抑えきれずイールは苦しそうに叫んだ。


ヒステリックに叫ぶイールの肩は震えていて痛々しかった。


「現状、可能性としてはそれしかない」


イールは苛立たしげに地面を蹴りながら、それ以上の言葉を拒否するように腕を組んだ。


僕が頼りないから…


本当はすぐにでも突っ込んで行きたいんだろうけど、足手まといの僕がいるからそれもできずにいる。


「…イール、ペトラが大事か?」


「当たり前だ!大切な家族だぞ!」


「ペトラが助かるならアンバーに怒られても平気か?」


「くどいぞ、何が言いたい?


姉上に勝るものなどない!


姉上さえ無事なら、命だって惜しむものか!」


イールの瞳に強い光が宿る。


「そっか」と僕は頷いた。


「それなら決まりだ。


僕がペトラの奴隷紋を《凪》で解除したら良いんだろ?」


「…本気で言ってるのか?」


本気マジ本気マジも大真面目で言ってるよ。


他に方法がない以上、それしか手がないんならそれでいく…」


上手くいくか分からないけど…


「イールとペトラのためだけじゃない。


アンバー、ベティ、ルイ、マリー、グランス様にも僕が勇者だって覚悟を見せる。


それに、人間の、勇者の僕ならペトラに近づけるはずだ」


「それはそうかもしれないが…


下手すればお前が殺されるぞ?」


「うん、何とかする。


もしかしてイール心配してくれてるの?」


「おい!ベティ!この馬鹿に何とか言え!」


「…バカ」


「うん、分かってるよベティ」


ベティは小声で僕を罵ったが、罵倒ですら優しい。


何だか嬉しくて笑顔が零れた。


この国ではアンバーより僕と一緒にいてくれたから、一番一緒に過ごした相手だ。


「じゃあ行ってくるよ。


あ、イール、悪いけど狼一頭貸して」


「どこまでも図々しい奴だな…


影に住む狼ループス・イヌ・ウンブラの《ゲイル》だ、連れて行け」


イールの影からズルリと狼が這い出してくる。


「必ず返せよ」


ボソリとイールが呟いたのを僕は聞き逃さなかった。


何だか可笑しい。


僕のことをあんなに嫌ってたじゃないか、と内心面白がっていた。


「できるだけ近くで待機してて。


僕がペトラに剣を振るったら、すぐにペトラを攫って逃げるんだ」


「分かってる。


自分の事だけ心配してろ」


イールなりの激だろう。彼は良い奴だ。


僕はゲイルの背に乗って「行ってくる」と駆け出した。


ゲイルの背に乗って、さっき騎士を攫った所に近づいた。


攫われた時に落としたと思われる薪がバラバラと落ちている。


休憩でも取るつもりなんだろうか?


「ゲイル、匂いわかるかい?」


薪の周りの臭いを嗅いでいたゲイルだったが、すぐに顔を上げて歩き出した。


僕を乗せたまま、悠々と茂みを進んでいく。


イールの使い魔だからイール達もこっちの動きは分かっているだろうし、僕は道案内をゲイルに任せた。


進むうちにすぐ誰かの話し声が聞こえた。


人間がいた。


僕は勇者を演じないといけない…


僕達の姿を確認した人間が大声で叫んだ。


「《シャドウ・ウルフ》!


魔物が出ました!」


魔法使いはのようなローブと杖を持っている。


アレンと同じような背格好だ。


僕は深呼吸して勇者スイッチをONにした。


さあ、演劇の始まりだ。


「何でここに人間がいる?人間の来るところではないだろう?!」


僕が声を張り上げると、狼の背に乗っている人間に気付いたらしい。


魔法使いが杖を構えたまま狼から僕に視線を移した。


「な…お、お前こそ何者…」


「僕は《勇者》だ」そう言ってわざと剣をチラつかせた。


どうだ、剣だけなら勇者っぽいだろ!


「魔王に召喚されたけど、隙を見て逃げて、この森で隠れていた」


「なんと…本当に勇者ですか?


ああ、なんて事だ…」


何だよ、喜べよ、勇者だぞ!


魔法使いは慌てた様子で「アドニス様とガリウス様に伝えねば」と僕を案内すると言ってくれた。


「ところで、その狼は…」


「森を散策していた時に襲ってきたから返り討ちにして子分にした」


「流石勇者ですね、頼もしい」


「大した事じゃない」


できる限り誇張して、自分を大きく見せる必要がある。


舐められたら彼らの懐に入るという僕の作戦がフイになる…


この魔法の剣は思っていた以上の効果を発揮してくれた。


張りぼての勇者でも、剣が僕のことを大きく本物らしく見せてくれたみたいだ。


グランス様に感謝する。


宿営地に案内されると、リーダーらしき銀色の鷹をあしらった甲冑の青年が僕を出迎えてくれた。


「勇者殿、よくぞご無事で…」


騎士らしく跪いて僕に敬意を示してくれた。


マジモンの騎士だ。ちょっと感動する…


今のところ僕を勇者として迎えてくれているみたいだ。


勇者の大看板は水戸黄門の印籠並だな…


「僕の世界じゃ今時跪く人なんていない。


握手で十分だ」


「何と寛大なお言葉」とさらに頭を下げる。


何とか立ち上がらせて握手を交わすと、彼は「アドニス・グラウス・ワイズマン」と名乗った。


名前が引っかかったが、もしかしたらよくある姓なのかもしれない。


ここは穏便にいこう。


僕も「ミツル・ヘイワジマ」と名乗ると、この聞きなれない名前にさらに勇者としての確信を持ったようだ。


随分純粋だな…詐欺に引っかかりやすそうで心配になる。


「ところで、アドニス君。


君達は僕を探しに来たと言ってたけど、こんな危ない所で何人連れてきたんだ?


こんなところじゃ人間は目立つだろう?」


「魔法使いがそう申し上げましたか?


ご安心を、魔族の目に留まりにくい魔法をかけておりますのでこの宿営地自体はすぐに見つかることはありません」


「便利だな」


「それよりも勇者殿。


魔王からぞんざいな扱いをされませんでしたか?


よくぞご無事で…」


「多少手荒な歓迎もあったけど、隙を見て飛竜に乗って逃げてきた。


あっちこっちで色々拝借して過ごしたよ」


嘘は言ってない。


「その剣は?かなり強そうな魔剣ですね?」


「ドラゴンの宝物を頂戴した


これのおかげで死なずに済んだよ」


頂戴したという言い方に、アドニスは倒して奪ったと勘違いしてくれたみたいだ。


本当に平和的に頂戴したんだけどな…


なんだか詐欺でも働いている気分だよ。


そんなことより、さぁ、本題だ…


「そんなことより」と話を切り出す。


「僕が逃げ出してから追っ手を差し向けられてた。


魔王の王女だ、会わなかった?」


「王女ですか?」


アドニスは心当たりがあるのだろう。


僕が一気に畳み掛ける。


「僕を蔑んだ目で見る女だった。


褐色の肌で緑の瞳をしてた。


かなり強いから鉢合わせすると厄介だ」


「それならご安心を。


我々が遭遇した風使いのエルフで間違いないでしょう。


王女とは知りませんでしたが、捕らえてあります。


勇者と合流した今となってはもう魔王の城の場所を急いで聞き出す必要も無くなりました。


早急に奴隷として処分するつもりです」


「本当に同じ奴か一応確認させてもらえるかな?」


僕の申し出を、アドニスは快諾してくれた。


彼女を見張らせている騎士たちの場所に案内してくれた。


焦る気持ちを抑えて、できるだけ冷静を装ってペトラに会う。


木の根元に繋がれているペトラはぐったりしていた。


服を着ていないし、ずぶ濡れだ。


「何だ、これは?」


「魔王の城の場所を訊くために拷問しました。


お見苦しくて申し訳ありません」


アドニスが騎士たちに下がるように合図する。


意識が無いのか、ペトラはピクリとも動かない。


近づいて顔を確認する。


他人であって欲しかったが、虚ろに開いた瞳は間違えようがない、彼女だ。


呼吸はあるようで、胸の辺りが上下しているのは確認できた。


その胸元に魔法陣が刻まれている。


「これは?」


僕が問いかけると、年寄り風の魔法使いが答えた。


「ご存知ないと思われますが、抵抗できないようにする《奴隷紋》と呼ばれるものです。


魔族が抵抗などすれば、これを使って苦痛を与えて抵抗の意志を削ぎます。


これを使って拷問しましたが、何度気を失っても口を閉ざしたままだったので手こずっておりました」


怒りが込み上げたが、そんなことどうでもいい。


ペトラ、もう少し耐えてくれ…


「…ころ…し、て」小さい声だがはっきり聞こえた。


ハッとするとペトラがうわ言のように唱えている。


「勇者殿…?」


ペトラを見据えたままの僕にアドニスが不審そうに声をかけた。


「…この女には手を焼いた」


ボソリと呟いて《凪》を抜いた。


キレイな刀身に魔法を帯びた光が淡く輝く。


「僕の手で一太刀入れないと気が済まない」


「何を言って!俺の報酬だぞ!」


男が声を上げた。


騎士たちよりみすぼらしい姿だが剣を持っている。


冒険者かなにかだろう。


「うるさいぞ、黙ってろ!僕は勇者だぞ!」


さっきまで感じていた怒りを男にぶつける。


八つ当たりだが、効果はあった。


男はタジタジと後ずさった。


「欲しいものがあれば後で何とでも補填してやる。


だからこの女を殺す権利は僕が貰う!いいな!分かったか!」


「…あ、アドニス様…」


男はアドニスに助けを求めたが、アドニスはヤレヤレと頭を振った。


「悪いな、ここは譲ってくれ。


勇者殿、それで気がお済みになるならどうぞ斬ってください。


お済みになりましたら王都へ参りましょう」


アドニスは部下に帰り支度をするように支持した。


数人が持ち場を離れる。


「悪いなアドニス君」


君の期待を裏切ることになる…


僕はペトラに向き直った。


「お待ちを」と年寄りの魔法使いが僕とアドニスに話しかけた。


「何だ、いちいち話の腰を折るな…」


「帰ると申されましたが、一つだけ、あの崖のドラゴンの砦を散策する事をお許し頂きたい!」


「エッセ、お前何を…」


「勇者一人を手土産にするだけでは足りません。


ドラゴンは宝を溜め込んでいるはずです。


それも頂戴して持ち帰れば国王陛下はお喜びになられるでしょう」


「そんな危険を犯す気は無い。


現に勇者は見つかった。


これ以上の危険を伴う行為は無駄というものだ」


アドニスが爺さんの望みをすっぱりと跳ね除ける。


老人は忌々しげに舌打ちした。


なにか揉めてるのか…


まあ、僕には関係ない事だ…


「揉めるならよそでやってくれ、興が削がれるだろ?」


僕の意思が弱くなる前に済ませなければ…


「エッセ、話なら後だ、下がっていろ。


失礼いたしました勇者殿」


アドニスは老人を追い払うと僕にペトラを殺すように促した。


僕はアドニスに頷いて見せて、ペトラに向き直った。


周りに騎士たちと魔法使いがまだいる。


剣を振るえる程度には離れているが、不審がられれば止められる。


「時間ないみたいだからすぐ終わらせるよ」


ぐったりとしたペトラを動かして奴隷紋を見えるように木の根元に背を預けて寝かせた。


一糸まとわぬ姿に、胸が気になって仕方ない…


何で服を脱がしたんだよ!やりにくいわ!


落ち着け、一回で成功させろ!


祈るような気持ちで剣を振り上げた。


ふっとペトラと目が合う。


光も何も無いよどんだ目…


「ぺトラ」


死んだ魚のような目が僕を見てる。


君を助けたい…


「君は自由だ」


僕の声は届いただろうか?


彼女の胸に剣を振り下ろすと同時に閃光が走った。


ペトラが悲鳴を上げた。


失敗か?!


「おぉ」と周りが感嘆の声を上げたが、アドニスだけが「どういうことだ!」と怒声を上げた。


近くにいた彼だけには見えたのだろう。


ペトラの胸に刻まれた奴隷紋が消えたのを…


「貴方は勇者ではなかったのか?!」


「言ったよね、僕は勇者だ。


証明が欲しければ、この鑑定書を見せるよ」


上着の胸のポケットからアンバーに作って貰った鑑定書を取り出して投げた。


アドニスは剣を抜いた状態で、僕に向かって警戒しながらそれを拾った。


「…《勇者》だ…確かに《勇者》とある…」


ワナワナと震えながら彼は驚愕の表情を浮かべていた。


「なぜ…こんなことを…」


「分からないのか?お前たちのやり方が気に入らないからだよ!


イール!成功だ!さっさと連れて行け!」


僕の叫び声にアヴァロムに乗ったイールが木々の影から飛び出した。


驚いた騎士達の中で一人だけだそれを迎え撃とうとする人物がいた。


アドニスだ!


させるものか!


「アンバー!僕達を護ってくれ!」


僕は落ちていた石を掴んで、はめていた指輪を殴りつけた。手ぇ痛ったぁ!


割れた宝石の中から髑髏の巨兵が咆哮を上げながら顕現した。


アンバーから貰った竜牙兵の指輪だ。


「何?!」


アドニスと騎士たちの意識が、凶悪そうな鎧の骸骨兵に向く。


「アヴァロム!走れ!」


ペトラを攫ったイールが、周りに見向きもしないで離脱する。


それでいい…


僕は少しは君達の期待に応えられたのかな…

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