エルフ狩り

「くそ!こんな時に!」


焦りと怒りが口から漏れた。


自分の住むエルフの集落が人間の略奪者に襲われたのだ。


しかも最悪なタイミングだ。


あともう少しで私たちの子供を迎えられるというのに…


早く妻と合流しなければ…


焦れば焦るほど身体は動かなくなる。


手足は震えて、他人のもののようにぎこちない。


「くそ!落ち着け!」自分を叱咤しながら妻に頼まれて取りに戻った首飾りを握りしめた。


妻のウィオラは出産を控えている。近く養父の元に連れていく予定だった。


首飾りはその養父から贈られた大切な品だ。


どこよりも安全な場所だからと言って、養父は早めに帰ってくるように勧めてくれていたのだが、ウィオラは村を離れなかった。


戻ったらなかなか会えなくなるからと、彼女は私と一緒に過ごす事を望んだ。そんな彼女が愛おしくて、手放せなかった自分が憎い。


身重のエルフは人間に狙われる。


目的は赤ん坊だ。


人間の怪しい儀式に使うため、子供や赤ん坊をさらい、女性は奴隷にして売り払うのだ。


そんなこと絶対にあってはならない!


命に代えても、ウィオラとお腹の子は守りたい。


火を放たれた数件の家を通り過ぎ、彼女を待たせている父の家に駆けた。


土霊に護られた家に近づくと、空に向かって光が放たれた。空に向かって赤い煙を引いた光は、役目を終えると空中で消えた。


襲撃をしらせるための狼煙だ。


あれを見たら、すぐに近くの部族や王軍が助けに来てくれるはずだ。


恐らく、避難してるエルフ達はまだ無事だ。ウィオラも…


「ステファノ!早く入りなさい!」


父の声が家の方から聞こえた。


普段は村の長老として穏やかに振る舞う父も、この時ばかりは焦りを隠しきれていなかった。


「ウィオラは無事だ!」その言葉を聞いてほっと胸を撫で下ろした。


この家はエルフ以外が近寄れば攻撃する強い泥人形が守っている。


ここに逃げ込めば、ただの略奪者では歯が立たない。


「ステファノ!」二階の窓から彼女が顔を出した。


夜空のような藍色の瞳が不安で濡れている。


「僕は無事だ!」そう言って手に持っていた首飾りを掲げた。


「首飾りも無事だよ。これを持ってお父様の所に行こう」


そう言って家に入ろうとした時、背後から犬の鳴き声が聞こえてきた。


略奪者がすぐそばに来てる。


そう悟ってまたゾッとする感覚を覚えた。


慌てて入口を閉めて二階に駆け上がった。


既にその場には二十人ほどのエルフが避難していた。その中からウィオラが駆け寄って抱きついた。


「良かった…無事で良かった…」


「僕は何もないよ。


それより、君に何かあったら、僕達は君のお父様になんと謝罪したらいいか…」


彼女を抱きしめると、ウィオラの大きくなったお腹が動いた。


とても愛おしい。こんな時なのに笑顔がこぼれた。


彼女を抱きしめる腕を緩めてウィオラの顔を覗き込んだ。


自分には長老の息子としての役目がある。


「君はお腹の子を守って、何があっても父さんから離れないで」


「どうしてそんなこと言うの?!私と一緒にいて!」


涙をいっぱいに溜めた目で見上げる彼女は、行かせまいと震える手で僕を引き止めた。


できることならそうしたい。


胸の痛みを隠しながら、できる限り優しい声を作った。


「まだ逃げ遅れた者達がいる。僕も助けに行かなければ」


犬の鳴く声が聞こえる。時間の猶予はない。


「一人でも多く助けないと…」


「ステファノ!」


行かせまいと縋り付くウィオラにキスして、「彼女をお願いします」と父に託した。


二階の窓から飛び降りると、地面が形を変えて僕を受け止めた。


「ありがとう」


土の精霊が彼を傷つけることは決してない。僕は土の精霊から《愛された者》だ。


「行こう」


その言葉に精霊が応じる。


急いで助けに行かなければあの方を失望させてしまう。


自らを奮い立たせて悲鳴が聞こえる方角へ向かった。


✩.*˚


その日、アーケイイック城は大忙しだった。


出産を控えた王女が城に戻ってくるのだ。


城の一角に彼女のための部屋が用意される。


産まれてくる子供のために万全の用意をしているさなかの出来事だった。


響く鐘の音は城の中だけでなく城下まで響き渡っている。


「これは…」


「陛下!ジューリオの集落からの救難信号を確認されました!」


血相を変えたペトラが部屋に駆け込んだ。


彼女もまた、妹のために部屋を用意を手伝っている最中だった。


「何だと!」


動転して、魔法を施している途中の揺籃ゆりかごを放り投げた。揺籃は大きな音を立てて壊れながら床を跳ねた。


「ウィオラ!」真っ先に彼女の顔が頭を過った。


ジューリオの集落には愛する娘がいる。


臨月の彼女が帰ってくるとあって、彼女を迎える用意を整えている最中だというのに…


「私だけでも先に行く!座標は分かっているからその方が早い!」


そう言って自分の杖を拾い上げ、慌てて転移用の魔法陣を展開して、記憶していた座標を調整した。


青白い光が辺りを包み込む。


「陛下お待ちを!私も参ります」とペトラが申し出た。


「襲撃者がいる中にお前を連れて行けない」


ペトラは過去に襲撃者を襲われている。


まともに人間に向き合うことも出来ない。


それでも彼女は私の衣を掴んで食い下がった。


「ウィオラと子供が心配です。他のエルフ達も…


私は治癒魔法が使えますからどうかお供に…」


「…分かった、私の側から離れるな」


「心得ております」


ペトラは硬い表情で頷いて見せた。


襲撃者の鐘がなった時点で他の王子たちも気付いているはずだ。


あとはルイとイールが対応するはずだ。


「《開門イニーレ》」の合図で魔法陣を発動させた。


略奪者の仕事は早い。


殺して奪う。それだけだ。


そこに思考などは無く、あるのはどれだけの儲けになるかだ。


どんなに命乞いしようが、子供だろうが慈悲は無い。


慈悲や躊躇いなどは、彼らの利益を妨害する感情でしかない。


それを知ってるからこそ、私もペトラも焦っていた。


転移が完了するまで数秒のはずなのにそれが恐ろしく長く感じる。


ウィオラは、子供は無事だろうか?


彼女を嫁がせた青年ステファノは無事だろうか?


あの夫婦の笑顔が脳裏を過ぎった。


焦ったせいだろう。


出るはずの座標が少しズレた。


木の生い茂った茂みに出てしまったようだ。


「ペトラ、大丈夫か?」


「大丈夫です。ついてきています」


ペトラがニコッと微笑んだ。しかしその表情は少し硬い。


「私の服を離さないようしっかり握っていなさい」


「はい、陛下」


ペトラは震える手で衣の裾を握り、草木をかき分けながらついて来た。


辺りから煙の臭いがする。


それと一緒に嫌な臭いが鼻に届いた。


鉄の錆びたような臭い、血の臭いだ…


「…忌々しい」


グツグツと怒りが込み上げてくる。


自分の中で負の感情が湧き上がるのを感じた。


「抑えてくださいませ、陛下」


心配そうにペトラが小声で私に話しかけた。


私には理性が残っている。


しかし強い負の感情に押し流されると不死者リッチの本性が現れ、怪物になってしまう危険を孕んでいた。


「大丈夫だ、ペトラは自分の身を守ることだけ考えなさい」


そう告げてペトラの頭を撫でた。


彼女を落ち着かせるのでは無く、自分を抑える為の行為だ。


ペトラが居てくれて良かった。


彼女が居るから自我を保てる。

木々をかき分けて進むと、開けた集落の端にたどり着いた。


私たちの姿を見咎めた大きな犬が私たちに向かって吠えたてた。


エルフを狩るために訓練された猟犬だ。


牙を剥き、ペトラに飛びかかる隙を伺っている。その姿に言いようのない怒りが込み上げた。


「やかましい!私の娘に対してその態度は何だ!」


ずっと溜め込んでいた苛立ちを犬にぶつけた。


途端に犬が口から泡を吹いて倒れた。


犬は目を見開いて死んでいた。不死者の怒りに触れた猟犬は、死者の仲間入りを果たした。


ペトラは犬から目を背けた。服を掴む手が震えながら強くなる。


「私の服の下に隠れていなさい。


ここから先はお前には酷だ」


ペトラを抱き寄せて外套マントで視界を遮った。


私が今からすることは彼女には見せられない。


私は今から慈悲を捨て、略奪者を殺すのだから…


外套マントの下にペトラを隠して進んだが、集落のいくつかの家は廃墟と化していた。


至る所で火が燻っている。


通った道には、男性のエルフの死体が数体転がっていた。


目を抉られ、内臓の一部を抜き取られた状態だった。


その中で一際悲惨な死体が彼の目を奪った。


「ステファノ…」


手足を切り落とされ、犬に肉を抉られていた。


内蔵は引きずり出されていて、彼の優しそうな灰色の瞳はあるべき場所に無かった。


「ステファノがどうなさったのですか?


彼が居たのですか?」


「…後で話す」


とてもじゃないがペトラには見せられない。


娘婿の亡骸をその場に残して、また襲撃者を探して歩き出した。


集落の中央の土が盛り上がっている。


その中に家の屋根が見えた。


そこを知っている。村を預かる長老の家だ。


「ステファノ、よく頑張ったな、礼を言う」


視線の先からは、不愉快な人の怒号と犬の吠える声が聞こえる。


「ペトラ、目を閉じて耳を塞いでいなさい」


「…はい」そう返事をしてペトラは体を強ばらせた。


略奪者はまだあの家に到達していない。


ステファノを拷問したのは彼の魔法を解かせるためだ。


彼は土の精霊に『愛された者』だ。


守りに入れば土の精霊達はダイヤモンドに匹敵する壁を作ってくれる。


彼は命と引き換えにあの家を守ってくれたのだ。


土に護られた家に近付くと、私に気付いた犬が向きを変えて吠えたてた。


犬の様子に気付いた男たちが、土の壁を殴るのをやめて、こちらを見て悲鳴を上げた。


「リ、不死者リッチだ!」


「何故こんな所に…自然発生したのか?!」


男たちが慌てて逃げようとるする。


彼らはエルフを捕まえる専門だ。


無理して不死者を相手にしてまで利益と命を失いたくないのだろう。


「つれないな、せっかく私が直々に足を運んだのだ、まだ帰るには早すぎるだろう?」


血で薄汚れた男たちを睨めつけて、杖を持った骨だけの腕を掲げた。


「『牢獄カルチェリウム』」


周囲に鳥籠のような格子が出現する。


男たちは絶叫しながら魔法で出来た格子を殴りつけるがビクともしない。


「くっそぅ!何とかしろよ!」


「こんなはずじゃ!こんなことになるんだったら俺は降りてた!」


「助けてくれ!子供が!家族を養うために必要だったんだ!」


それぞれが悲鳴を上げ、醜く生き延びようともがいている。


その身勝手な人らしい姿が私の癇に障る。


私は彼らと同族だったのか…


そう思うと嫌悪感で吐き気が込み上げた。


「随分身勝手では無いか?


私の子等を、私の土地を荒らして謝罪の言葉も出ないのか、下衆どもめが!」


私の口から溢れた怒りに檻の中の空気が凍りついた。


一人が震える声で呟いた。


「ま、魔王…」


「そうだ、お前たちが魔王と呼ぶ存在だ」


肯定すると、男たちは半狂乱になった。


絶叫しながら檻を破ろうと持ってるものを叩きつける者や、爪が剥がれるのを気にも留めず、必死で土を掘って逃れようとする者もいた。


尾を丸め込んだ犬たちは狂ったように吠えながら不死者を拒絶した。


一歩、また一歩と彼らに近づく。


その時、パニックを起こした一人が決死の抵抗で火矢を放った。


それを見た他の男たちも、習うようにそれぞれの得物を持って私に向かって来た。


万に一つをかけて、隙を誘って逃げる算段だったのだろう。


それでも、矢も刃も私を傷つけるのには役不足だった。


いきなり発生した旋風が矢を全て叩き落とし、獲物を持って迫る男たちも慌ててたたらを踏んだ。


ペトラを加護する風の精霊だ。


空気が震え、我々の周りで発生した風が、ヒュンヒュンと音を立てて見えない刃を振り回している。


「陛下に…手は出させません…」


黒い分厚い外套マントの下から震える声が聞こえた。彼女の震える肩を抱き寄せて、更に苛立ちが強くなる。


目の前の人間が穢らわしく映った。


何が起きたか分からず、恐怖で動けない男達を一瞥して、握っていた杖を手放した。


杖は手放したにも関わらず、倒れることなく、ゆっくり回りながら空中に浮かんでいる。


「お前たちが善良な人間であれは私も手を下さなくて済んだものを…」


娘婿の仇だ。容赦しない。


「呪われろ、『腐乱クオロロンピ』」


杖からドロっとした黒い空気が溢れた。


黒い靄のような空気は、略奪者たちを包み込んですぐに消えたが、その僅かな間に、彼らの体には異変が起きていた。


黒い斑点が体に染み込んでいる。その斑点はじわじわと体に広がった。


「何だ…うわぁぁぁ!」


突然腕の肉が崩れた。


足も体液を吹き出しながら崩れる。


まるで溶けるように肉が崩れていく。


目玉が眼窩から溢れるものや、歯茎が溶けて歯が抜け落ちる者もいた。


「助け、助けてくれぇ!」


助けを求める悲鳴も途中からゴボゴボと溺れるような音に変わる。


辺りに人の肉が腐る異臭が立ち込めた。


「…う、う…」外套の下でペトラが苦しそうな声を上げた。


「おぉ、すまないペトラ」


「だ、大丈夫です…ただ、臭いが…」


鼻と口元を押さえて吐きそうな顔をしている。


顔色も悪い。


「すまない、怒りに負けてしまった…」


数ある魔法の中で最も苦しい罰だ。


生きて意識があるままで、自分の肉が腐っていくのを見るのは精神的にも身体的にも堪える。


腐臭が辺りに充ちた。


地獄のような光景を眺めながら、彼らが死ぬ前に魔法を解除した。


あの霧に呑まれて、五体満足な者は一人も居なかった。


「まだ生きている者もいます」とペトラが言ったが、「捨ておけ」と答えた。


どうせ何も出来ないし、すぐに死んでしまうだろう。


留めを刺して楽にさせる気はなかった。


そんなことより、と土壁に護られた家に歩み寄った。


「レクス・アルケミストと王女のペトラが来た。


外はもう安全だ。


長老、無事なら中に入れてくれ」


土の精霊が積み上げた土塁の内側から、安堵の歓声が聞こえた。


直ぐに一人のエルフが土壁の向こうから姿を現した。この村の長老・ジューリオだ。


「陛下御自ら…感謝致します」


「中の者は無事か?」


私の質問に長老が頷いた。しかしその表情は曇っていた。


「ステファノのおかげで…彼は…」


「間に合わなかった…ご子息には申し訳ない事をした…」


「左様でしたか」と長老は悲しげに俯いた。


「それでも陛下のおかげで私たちは生き延びることが出来ました」と彼は私の無力を責めずに、代表として感謝を述べた。


「近くにいた略奪者は処刑したが、まだ他にもいるのだろうか?」


「分かりません。


もう逃げ延びたかもしれません」


我々が情報を交換しているところに、他の部族が駆けつけた。


屈強なリザードマンだった。


話を聞けば、仲間を連れてエルフ達を助けに来てくれたらしいが、その途中で人間を数人捕まえたらしい。


「骸骨の王、指示を」


リザードマンの戦士がたどたどしい言葉で指示を求めた。


彼らは普段喋らない。


聞こえない音域の音で意思疎通をする。


言葉を使うということは、他部族との意思疎通が必要な群れの代表者だ。


「ルイ王子が来たら引き渡してくれ」


「仲間、伝える」


たどたどしくそう言ってリザードマンは踵を返した。


「助けに来てくれたこと、感謝致します」


立ち去ろうとしたリザードマンにジューリオが深々と頭を下げた。


リザードマンは首を傾げたがすぐに不慣れな言葉で返した。


「族長、約束した。我ら仲間、助ける」


その言葉が聞けて嬉しかった。私のしてきたことが無駄でなかったと知れたのだ。


「後で酒を届ける。皆で飲んでくれ」


「骸骨の王、感謝、する」


嬉しそうにチロチロと舌を出してリザードマンは仲間を連れて立ち去った。


少し遅れて到着したルイ達に人間と猟犬を引渡し、落ち着いたところで、ずっと気になっていたウィオラを訪ねた。


正直な話、会わす顔もないのだが、彼女が心配だった。


お腹の子も無事だろうか?


恐る恐る長老の家の寝室を訪ねると、ウィオラの傍らにペトラが控えていた。


「魔法で眠らせています。


ステファノの事は…まだ…」


「分かった、ご苦労」


彼の事を思うと頭が重くなるのを感じる。


「こんな事って…こんなはずじゃなかったのに…」


ペトラの目から涙が溢れる。


「あんまりです、ウィオラに何て言ったら良いんですか?!


ステファノだって…あんなに楽しみにしてたのに」


彼女の嘆きはもっともだ。


嫁いで二十年近く、みんなこの時を待ちわびていた。


エルフの妊娠期間は2年から4年で部族によって異なるが、彼女は長命な一族だから長い方だった。


恥ずかしそうに報告しに来た夫婦の姿を思い出すと胸が痛む。


『お父様がお爺様になるわね』と彼女は笑っていた。


やっともうすぐ産まれると言う幸せな時にとんでもない邪魔が入ったものだ。


「ステファノの事は本当に残念だった」


「…はい」


「それでも、彼のおかけで被害は最小限で済んだ。


悲しんでばかりもいられない。


彼の命を無駄にしないためにも、ウィオラと子供には生きてもらわなければ…」


ウィオラが夫の死を受け止められるかは分からない。


仲の良い夫婦のだったから尚更だ。


「私たちにできることは彼女の悲しみに寄り添うことだけだ。


あとはウィオラ次第だ」


「…はい」


「ペトラ、頼りにしているよ。


ステファノの事は私から話す。


子供は皆で育てよう」


アンバーの言葉にペトラは頷いた。


そして気掛かりなことを質問した。


「陛下…あの勇者はどうするおつもりですか?」


「ミツルか?」


「人間が…違う者とはいえ、王から選ばれた国の代表のである王女の伴侶を殺したのです。


私はやはり彼を、人間を受け入れることは出来ません」


怒りと憎しみを隠そうともせずに、彼女はミツルの排斥を望んだ。


彼女の憎しみは正当なものだ。それでもそれを認めてしまえば、私自身が彼の存在を否定してしまうことになる…


「その気持ちは分かる。


私だって、やはり人を共存相手にするのには躊躇いがある。


ウィオラは大切な娘だし、ステファノも亡くすには惜しい人物だった。


あんな形で奪われれば憎しみも湧く…」


そう言って眠っているウィオラを見た。


金色の長い髪、白磁のような白い肌、長いまつ毛は顔に影を落としている。


美しいこの姿が、嘆き悲しむ姿になるのを想像するだけで辛い。


死んで逝った者にも、生き残った者にもとんでもない苦しみを背負わせる人の業が憎い。


「それでも、こんなことは終わらせなければならない。


同じ世界で生きるものとして、こんなことは続けさせてはならないのだ。


そのために私は勇者を利用する」


私の返答を聞いて、ペトラが急に椅子から立ち上がった。


木製の椅子が床に倒れて大きな音を立てる。


「勇者一人に何ができるんです?!


何も変わりません…私達も人間も!」


泣き腫らした目は私を睨めつけて、ペトラは私を拒絶するように寝室から出ていった。


この期に及んでまだ絵空事を言っている私に愛想を尽かしたのだろう。


理解されない事に寂しさを覚え、ため息を吐いた。


ウィオラが目覚めたらなんと言おう…


子供が産まれるまで伏せておいた方が良いのだろうか…


そんな事を考えながらただ時間だけが過ぎていった。

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