骸骨少女と狼男

「おはよう、勇者」


跳ねるような元気な女の子の声で目を覚ました。


昨日はなかなか寝付けなかったせいか、頭がなんだか重たい。


誰だろう?


重い体を起こすと、頭から何かが落ちて太腿の辺りに、ぼとっ、と衝撃があった。


「…ん?何が…」


寝ぼけ眼で落ちたものを見る。


なんでこんな所に?


ベルトかと思って拾おうとして驚いた。


「ぎゃぁぁぁあ!」


ベッドから弾かれたように逃げ出し、絨毯で肘を擦りむいた。


でもそんなことより侵入者だ!


舌をチロチロと見せびらかし、独特の艶のある手足のない身体。


「ど、どこからか入って?!」


かなり大きい。


2m近い黒々とした蛇がベッドをのびのびと占領している。


そのかたわらで仮面を付けた臙脂色のドレスの少女がケタケタと笑っている。


「あぁ、可笑しい。


ホントに弱そうな勇者ね」


彼女はひとしきり笑うと、僕の寝床に伸びた蛇を黒い革手袋をはめた手で拾い上げた。


「カッパー君もマリーも退屈なの。


勇者と鬼ごっこして遊びたいわ」


少女がそう言って蛇をけしかけてくる。


涙目になりながら部屋の中を逃げ回っていると「何事ですか?」と慌てた様子でベティが現れた。


「蛇!あの子が蛇を投げてくるんだ!止めさせて!」


情けない話だがベティに頼ってしまった。


蛇を手にした少女の姿を見て、ベティが見たことの無い顔をした。その顔にギョッとする。


彼女の瞳が猫の目のようにキュッと細くなっていた。


眉間と鼻の間にシワを寄せて、口から人の八重歯より明らかに長い犬歯を覗かせいる。


「マリー様、陛下からこのお部屋には入らないようにと聞いておりませんか?


陛下の御耳に入ればいくら王女でも罰を受けますよ」


「お父様の飼い猫のくせにマリーを脅すの?」


叱られた少女は悪びれずに長い縦ロールの金髪をかきあげた。


鎌首を持ち上げた黒い蛇が、シャアッ、と威嚇してもベティは怯まない。


「この部屋の侵入者は私の権限で追い出すことが陛下から許されてます。


私とミツル様の二人で報告するのと、マリー様の言い訳のどちらを陛下が信じると思いますか?」


「何よ、面白かったのに…」


少女は悔しそうに蛇を引っ込めた。


アンバーを引き合いに出されて分が悪いと感じたのだろう。


「せっかく弱虫勇者で遊ぼうと思ったのに…


お父様とお姉様のお気に入りだからっていい気になって…」


ブツブツ文句を言いながら、少女は蛇をバスケットにしまって部屋から出て行った。


「ありがとう、ベティ…助かったよ」


「ミツル様、大丈夫ですか?」


ベティが僕に向かって手を差し出した。


彼女の顔はいつの間にか人の顔に戻っていた。


「まさかマリー様が勝手に入室してるとは思いませんでした。


すぐに気付かず申し訳ありません」と彼女は頭を下げた。


「いや、ベティが来てくれて助かったよ。ありがとう」


僕だけじゃ逃げ回るだけで何も出来なかった。


玩具でも嫌だけど、生きた蛇を投げるなんて怖すぎる。


「あの子は王女なの?」


「はい、第五王女、マリア・タフロス様です。


最近陛下に構って貰えないのでイタズラしに来たのだと思います」


いや、子供かよ!


「私も陛下に目をかけて頂いているので気に入らないみたいです」


ああ、元々仲悪いのか…


ならさっきのやり取りも普段からそうなのかな?


僕のせいで仲が悪くなったりしなければ良いが…


「申し訳ありません、すぐにご朝食の支度を致します」


「ありがとう。


ベティが居ないと僕は何も出来ないから助かるよ」


何から何まで世話になって頭が上がらない。


僕の言葉に、ベティは今までに無いくらい嬉しそうに笑顔で会釈して返してくれた。


「ご用意致しますので、こちらにお召変えください」


折りたたまれた服の上に乗ったベルトの他に、いつもと違うベルトが目に入る。


2つ金具が下がっていて、何かを通して使う白い皮の輪っかが付いている。


「…ベティ」


「はい?」


「これ…着けないとだめ?」


「剣を下げるのに必要だからと陛下からお預かりしたのですが…」


やっぱりアンバーの差し金か…


せっかく用意してもらった物を使わないのも申し訳ないので、服を着替えて最後に剣を下げるためのベルトを着けてみた。


なんか西部劇のガンマンみたいだ。


腰骨に引っかかる位置に剣が収まる。こういうものらしい。


すとんと真っ直ぐに下げられるため、動いた時に後ろにぶつけることも無い。


剣の刀身は僕の太腿より少し長いくらいなので、邪魔になることも無い。


「ピッタリですね」


「なんか、どんどんアンバーにカスタマイズされてる気がするな…」


指輪に腕輪に剣にとどんどん物が増えている。


そのうち強烈な鎧とか持ち出さないことを願う。


だって僕は戦う気なんて更々無いのだから…


上の空な心地で食事を済ませて、アンバーの部屋までベティに送って貰う。


もう部屋までの道は分かっているのだが、相変わらず一人ではお城の中を歩けない。子供扱いだ。


「おはよう、ミツル。


なかなか似合ってるじゃないか、見た目は勇者に近づいたね」


魔王ジョークなのか皮肉なのか分からない。


「ああ、それはそうと今朝方、娘が迷惑をかけたようですまなかった。


マリーには注意して罰を与えた。


許して貰えないだろうか?」


あぁ、もうバレちゃったんだ…


「びっくりしましたけど、ベティが助けてくれたから何ともないですよ」


「君がそう言ってくれると助かるよ。


しかし、あの子は私の厳命を軽んじて聞かなかった。


父親として、王として、娘を叱らねば示しがつかない」


「…罰って何なんですか?」


「塔での謹慎だ。


あのおてんば娘にはそれが一番堪えるからな…


まあ、1週間もすれば反省するだろう」


「はぁ…」なんかちょっと可哀想だな、とも思ったが、王様としての威厳を保つのに必要と言うなら仕方ないのかもしれない。


「末娘と可愛いからと甘やかした私の失態だ」


「仮面をしてて顔を見てないんですが、あの子もエルフなんですか?」


「いや、あの子は私と同じ不死者リッチなんだ」


その言葉にギョッとする。


「え?で、でも髪の毛生えてましたよ?!」


「あれは地毛だよ。可愛い金色の巻き毛だったろう?


本人は骨の姿をすごく気にしててね。


普段はあの仮面を付けて、肌を出さないようにしているんだ」


可愛い女の子かと思っていただけに驚きを隠せない。


「何か私もよく分からないのだが、彼女は50年ほど前に、ある儀式で呪われたらしくてね。


それからあの姿なのだが、私にもよく分からない呪いで解除できなくて悩んでいるんだよ」


魔王に分からん呪いとか詰みじゃない?


そうか、あれは少女の格好をしたおばあちゃんか…


覚えておこう…


「それはそうと、今日は座学じゃないからな。


外に先生を待たせている」


そう言ってアンバーは僕を城の外に連れ出した。


この世界に来て以来、ずっと引きこもりだったので、外から見た城の外観に驚いた。


魔王城だからもっと禍々しいものを想像していたが、青い煉瓦の屋根が特徴的な白いお城だった。


整備された石畳は、御影石のような艶のある大理石が敷かれていて高級感がある。


外側の城壁に目をやると、切り出された四角い石が山脈のように積み上げられている。


石はどれも隙間なく並べられている。重機もないのにすごい技術だ。


石壁は城をぐるりと囲んでいるのだろうが、どこまで続いているのか分からないくらいに長い。


探検してみたい気持ちもあるが、かなり大きいので一度迷子になったら出て来れないんだろうな…


「すごいだろう?」


アンバーが僕の気持ちを察して口を開いた。


「この城はこの国のあらゆる部族の力を結集して作られた芸術品だ。


人間たちが作る城も凄いが、こんなに高度な巨大な城は作れない。


全てに最高の技術が注がれている。


ドワーフとエルフも竜人ドラコホミニス巨人ジャイアントも協力した。


我々の手を取り合う平和の象徴だ」


誇らしげに語るアンバー。


平和の象徴という言葉が印象的だった。


「この国にはどれくらいの部族が住んでるんですか?」


「難しい質問だね。


推定だが、亜人と呼べる知能が高い部族だけでも500以上は別れているはずだ。


主な部族は獣人だが、次いで鬼人族、ドワーフ族、竜人族、エルフ族等かな…


エルフ族は特に数が減っている…悲しい現状だ」


「アンバーの子供にもエルフ族の王子と王女がいますよね?」


「そうだ、四人いる。


アイビス族のペトラとイールの双子の兄弟と、今はこの城にいないがプルイーナ族のウィオラという娘と、アイゾーオン族のカストラという息子がいる」


「アンバーの子供達は全部で何人居るんですか?」


「全員養子だが、王子が七人と王女が五人だ。


どの子も優秀でよく働いてくれるし、私の可愛い子供達だ」


アンバーは心做しか嬉しそうだ。


「これから紹介する先生は私の第七王子だ」


「そうなんですか?」子供多いな、覚えられるかな…


「リュヴァン族のルイだ。


私の親衛隊の隊長を務めている。


君に剣技を教えてくれるのにちょうどいい先生だ」


「え?!」


僕の聞いてないよ!という反応を見て、アンバーが慌てて弁明する。


「大丈夫だから!私情を挟むような男じゃない!


私の信頼に足る人物だ」


「…いきなり拒否されないですか?」


「実は言うと最初は拒否された」正直だな…


「しかし、最終的には彼自身が引き受けると言ってくれた。


男に二言はないと引き受けてくれたよ」


本当に大丈夫かと心配だったが、アンバーがここまで言うのだ…信用するしかない…


鬼コーチみたいなのじゃないと良いんだけど…


話してるうちに目的の場所に到着した。


城の一角にある広場のような場所だった。城とは別の造りの建物が併設されていて、兵士のような姿の人たちが出入りしている。


「陛下御自ら足を運んで頂くとは光栄の極みに存じます」


建物から出てきたルイ王子と思われる人物が、魔王に向かってうやうやしく頭を下げた。


従っていた部下たちも跪いて魔王に向かって頭を垂れて敬意を表していた。


「ルイ、こちらが私の召喚した勇者だ。


鍛えてやって欲しい」


「…噂には聞いておりましたが…なんというか、その…」


ルイ王子が顔を顰めながら僕を睨みつけている。


「失礼を承知で申し上げますが、随分貧相な勇者ではございませんか?」


そう言うルイ王子は筋骨隆々で いかにも戦士という出で立ちだ。


しかも毛深い…というか…


「狼?」


そう、人の胴体に狼の頭が乗っているのだ。


俗に言う狼男と言うやつなのだろう。


「この姿が珍しいか?人間の勇者…」


僕の視線に苛立った様子で腕を組みながら狼男が唸る。


「え、あ、はい」などとつい返事をしてしまった。


アンバーが堪えきれずに声を殺して笑っている。


「すまんな、彼自身は全く悪気がないんだ」


「全くもって不愉快です」


憮然とした表情で唸る息子の肩を叩いてアンバーが何か耳打ちした。


その途端、彼の背後に隠れていた尻尾が急に動き出した。


左右に揺れる尻尾は犬みたいだ。


「まあ、そういうことだから仲良くしてくれ、よろしく頼むよ」


「…彼女を使うなんて卑怯ですよ」


「悪い話じゃないだろう?」ふふん、と面白そうに鼻で笑って、アンバーは「また来るよ」と立ち去って行った。


「とりあえず」と言って不機嫌そうにため息を吐いてルイ王子が僕に歩み寄った。


168cmの僕より30cm以上大きい。圧がすごい。


「名前はミツルだったな。


私はルイ・リュヴァンだ。


陛下からお前の剣技の指導を任されている」


「はい、よろしくお願いします」そう言って頭を下げた。


そのまま頭を上げると、困った顔の狼男が僕を見下ろしていた。


「お前…勇者としてのプライドとか無いのか?」


「へ?」質問の意図がわからず返事を返せずにいると、イライラした様子でルイ王子はさらに口を開いた。


「魔物に頭を下げるなど、抵抗がないのかと訊いているのだ」


あぁ、そういう事か、と理解する。


ベティの時と同様、一緒で僕のコミュニケーション能力に問題があるらしい。


「そんなこと言ったって、僕まだこの世界で人間にあってないですし、魔族でも人間でも余所者よ僕にとっては同じですから」


ルイ王子は、何だコイツ?!って顔で僕を見ている。


頭の上の耳が立ったり寝たりとパタパタ動いていて犬みたいだ。


「私はお前を勇者としては扱わないからな!」


随分はっきりズケズケと言う人だ。


こういう人の方が得てしていい人だったりする。


「分かってますよ、勇者なんて自分から名乗ったことないし…」


「変な奴だな」気味悪そうに僕を眺めて狼男が「おや?」と首を傾げた。


「その剣はどうしたんだ?陛下から下賜されたのか?」


彼の視線は僕の腰に差した剣に注がれていた。


「あぁ、これ?グランス様から貰ったんだけど…」


「見せてくれ」と言うので、《凪》を抜いて渡した。


《嵐》も見せようと抜こうすると、「いや、いい、それは抜くな」と言って片手で制された。


「なるほど…確かにグランス様の宝剣のようだ…」


「見ただけで分かるんですか?」


「昔、一度だけ拝見した。


《凪》と《嵐》はドラゴンの至宝、つまり我々の魔族の宝だ。


お前のような奴が持っていていいものでは無い」


随分とはっきり言われて怒る気にもならないし、その通りだと思う。


「グランス様は偉大な王だった。


そのグランス様が剣を譲ったのならお前に見所があるのかもしれんな…」


あれ?褒められた?


そう思った瞬間、いきなり肩を掴まれた。


頭上から見下ろす目が不気味に光っている。


「剣に見合うだけの力を付けろ。


私は容赦しないからな」


「…あ、あはは…お手柔らかに…」


《凪》を返してくれたルイは、「こっちだ」と言って僕の首根っこを乱暴に掴んで広場に連れていった。


広場は学校のグラウンドくらいの広さがある。


鉄の柵で覆われた遊技場のようだった。


「とりあえず、お前がどの程度動けるか確認だ」


体力測定みたいなものだろうか?


「兵士と同じく訓練を受けてもらうが、あんまりに鈍臭いようなら体力作りからだ。


まずはそれを見極めさせてもらう」


睨みを効かせながらそう言って、ルイは足でガリガリと線を引き始めた。


「この線からあの木まで走って帰って来い。


手を抜いたら後ろから犬を放つぞ」


「うぇぇ…わ、分かりましたよ…」怖い…冗談では無さそうだ。


だいたい50mくらいの距離に一本木が生えている。


100mダッシュなんて久しぶりだな。


「合図は?」


「俺が吠えたら走れ。


急に動くと足をつるから体を解しておけよ」


ルイはそう言って少し待ってくれた。


怪我をされても面白くないのだろう。


僕がストレッチを済ませると「もういいか」と確認する。


「よし、走れ!」オンッと大型犬のような声で吠えるのを合図に僕が木に向かって走る。


全力疾走。


部屋でばかり過ごしていたのに妙に身体が軽い。


ベストタイムじゃないか?


木を回ってルイの所まで戻る。


「よし、人にしては、思っていたより早いな。


11秒といったところか…」


「え…マジで?」自分でも思っていたより早くて驚く。異世界だからかな?


そういえば、何かスキルでそんなのがあったような…


やっぱり《勇者》って言うからにはすごいのでは?


「ちなみに俺は7秒だ」


ぐう…さすが狼男…


「おい、休んでないで次行くぞ」


この調子で引きずり回されて体力測定。


なんか重り持って走ったり、ジャンプしたり、壁登ったり、鉄球投げたり…


全体的に記録は好調だった。


おそらく勇者の強化効果バフが付与されているようだ。


昼の鐘が鳴る頃には、午前中動き回っていたのでクタクタになっていた。


「昼休憩だ」


その言葉に力が抜けてその場に座り込んでしまった。


「そんなところに座り込んでないで行くぞ。


昼飯だ勇者。早くしないと無くなるぞ」


そう言って僕の襟首を掴んで半ば強引に引きずっていく。


「食わないと身体が持たんぞ。


そんなヒョロヒョロで私たちと闘えると思うなよ」


体育会系のいい人だ。世話焼きなんだろうな…


休憩用の詰所に連れて行かれて荒っぽく放り込まれる。


テントの中には何故かベティがいた。


「ミツル様!大丈夫ですか?」


ボロボロの僕を見るなり慌てて駆け寄ってくる。


僕の襟首を掴んでいたルイの手がぱっと離れた。


「ルイ様、ミツル様は人間です!


訓練とはいえ荒っぽくし過ぎでは?」


「いや…私は陛下からは任されて…」


「今日始めたばかりではありませんか!あんまりです!」


ベティに詰め寄られて狼男はタジタジだ。


尻尾が言い訳したげに低い位置で揺れている。


体育会系あるあるの女子には弱いタイプか?


「ベティ、大丈夫だよ。


ルイ王子は僕のペースに合わせてくれてるよ」


「本当ですか?今朝見た時より随分ボロボロで死にそうですが…」


ベティが責めるような視線をルイに向ける。


強そうな狼男が、尖った耳を寝かせて気まずそうにしていた。


メイドと王子なら王子の方が偉いんじゃないか?


なんかちょっとご機嫌を伺っているような…


「ま、また後でな…」


気まずそうに立ち去るルイの姿を見送って、僕はベティに訊ねた。


「なんでベティがここに居るの?」


「ご昼食をお持ち致しました。


あと陛下に様子を見てくるように言われましたので…」


アンバーが行くように言ってくれたらしい。


「いきなり兵士の食事は辛いかと思いまして」


そう言ってベティが取り出したのはサンドイッチと豆のスープだった。


水筒には蜂蜜を溶かしたお茶が入っている。


なんだか急にホッコリする。


「ありがとう、ベティ。


おかげで少し元気になったよ」


「どういたしまして」嬉しそうに微笑んで会釈して、着替えを取ってくるとテントを後にした。


他にも兵士らしい人達が居たが、特に話しかけられることも無かった。


避けられているのだろうが、僕も変にビビらなくて済むのでこの距離感がちょうど良かった。


僕が黙々とランチを食べていると、机にドンッと衝撃があった。


顔を上げるとルイがいた。


「彼女は…帰ったのか?」


落ち着かなそうに辺りを見回している。


「僕の着替えを取りに行ってくれましたよ」と答えると、ほっとしたように僕の目の前に座った。


彼の食事はワイルドな骨付き肉の塊だった。


「彼女のこと苦手なんですか?」と尋ねると、ルイはギョッとした顔で耳が畳まれる。


「彼女キツそうですけどいい子ですよ。


なんか苦手そうにしてますけど…」


「…苦手などではない」拗ねたようにルイが答える。


「彼女は十分魅力的な女性だ」


は?今なんて?


さっきの困ったような態度はもしかして…


「え?もしかして好きなんですか?」


「うるさいぞ、からかうな!」


「ちょ、ちょっと声が大きいですよ」


図星だったのだろう。


大声を出した隊長に、周囲が何事だと視線を向けてくる。


ルイは気まずそうに舌打ちして「ちょっと来い」と僕を連れ出した。


食べかけのサンドイッチと水筒を持ってついて行く。


数歩離れて離れて付いてくる僕をチラチラ見ながら、テントから少し離れた場所で足を止めた。


「…付いて来いとは言ったが…お前、俺が怖くないのか?」


「別に…」


「何故だ?人間なら俺の姿を見て逃げ回るのが普通だぞ」


そりゃ、その顔で凄まれたら大体の相手は逃げるだろうけどさ…


「悪い人じゃないから…それに正直な話、アンバーやグランス様の方がビビりましたよ」


その返答に彼はガックリと肩を落とした。


あれ?僕、もしかして悪い事言ったかな?


「成程、確かに両陛下を知っていれば私など小者に過ぎんな…」


深いため息を吐いて落ち込むルイ。どうやら彼にとって地雷だったようだ…


「何だかな…お前と喋ると調子が狂う」


困ったように頭を掻きむしる。


どうにも僕が苦手のようだ。


あんまり話しかけない方がいいのかな?


僕も言葉をかけあぐねていると、ふと自分の持っていたサンドイッチが目に入った。


「…食べる?」


「何だ、藪から棒に…」いきなり差し出されたサンドイッチに困惑するルイ。


僕は言葉を続けた。


「要らないならいいけど、ベティが作ってくれたサンドイッチだよ。


一緒に食べない?」


「…それはお前のためにベティが作ったんだろう?」


おっ!食いついた。


「ベティは誰にもやるなって言ってなかったよ。


食べる?このハム美味しいよ」


「…分かった、戴こう」そう言って差し出したルイの手にサンドイッチを乗せる。


僕と比べるとサンドイッチのサイズは小さく感じる。


案の定、一口で平らげて、犬のように口元を舐めまわしている。


「美味いな」


「美味しいよね。


ここに来てからずっとご馳走ばかりだから舌が肥えちゃったよ」


僕もサンドイッチを頬張りながら彼に同意した。疲れてるから余計に美味さが染みる。


「ところで今更なんだけど、僕はルイ王子をなんて呼べばいい?」


「周りからは隊長と呼ばれているが、お前は名前で呼べばいい、私もそうさせてもらう。


お前に剣は教える立場だが、私もお前に借りができたからな」


「それなら僕はまたベティに借り一つだね」


そう言って僕が笑うと、ルイは「変な奴だ」と苦笑いした。


「彼女も私も不遇な身でここに引き取られた。ここにいる者の多くはそういった身の上だ。


彼女は王女になれたのにその道を選ばなかった。


それでも陛下の身辺でお仕えするくらい優秀だ。


腕力だけで買われた私とは違う」


「そうかな?


アンバーが腕力だけでルイを王子にするとは思えないけどな…


自分では気づいてないけど、他にも色々理由はあるんじゃないのかな?」


僕のは本心でいったが、彼にとってその言葉が意外だったのか、考えたことも無かったのか、キョトンとした顔で僕を見ていた。


そういう顔は本当に犬っぽい。


「僕がアンバーに確認してあげようか?


多分いっぱい教えてくれるよ」


そう言うと彼は「いや、いい」と頭を横に振った。


「ミツル、お前の言葉は嬉しかった。ありがとう。


私はずっと他の王子や王女達に劣ると思っていた」


ネガティブな奴だな。


大きい図体の狼男はメンタルが弱いみたいだ。


「私は私の良い所を見つけられるよう努力する」


「前向きでいいと思うよ」


僕の言葉にルイは笑ったようだった。


ずいっと大きな拳を僕に向かって差し出した。


「戦士の仲間の挨拶だ」


そう言って僕に同じように拳を作らせて、その甲を軽く打ち合った。


どうやら一応ではあるが僕を仲間として認めてくれたらしい。


「喜んでばかりもいられないからな、お前はまだまだ戦士としては赤子同然だぞ」


「まあ、わかってる事だけど、そうはっきり言われるとキツイなぁ…」


「キツイのはこれからの訓練だ、覚悟しておけ」


「分かったよ。


でも僕は赤ちゃん並みだからそこからスタートしてしてよ」


「お前はプライドというものが欠落しているな…


育てるのが大変そうだ…」


やれやれと頭を振ってルイがボヤいた。


最初の頃より表情も言葉も柔らかくなっている気がする。


一歩前進だ。


このままみんなと仲良くなれたら良いのにな、と思う。


ルイもベティも、他の人達も分かり合えるようになんて贅沢は言わない。


でも、せめて皆と笑って冗談が言えるようになれたらな、と少しだけ願ってしまった。


その願いがとてつもなく難しい事だということも知らずに…

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