正田愛理

 僕は魂が体から抜け出し、吉田さんが行っている手術をぼんやりと眺めていた。


 ――状況的にこれは夢だろう。


「しかし、完全永久機関生命体の試作機が生き延びているなんて思いもしなかったな」


 吉田さんがそうつぶやいている。僕は正田愛理を守るために作られた最新機なはず。試作機なはずがない。


「自我はどうなってるんだ」


 そういって僕の頭蓋骨を取り除き、バイオコンピュータになにやら電極を貼り付けている。


「……基本は最後に操作されたままか。行動ログを見ると希・サンダースというやつと親しいようだが、恋愛感情を覚えようとすると正田愛理プログラムが発動して感情の操作が行われているな。ククク、辛いだろうな、希とやらは」


 なんだ、何を言っているんだ。


「今コイツを処分してしまった方が後の憂いは絶てるだろうが、さすがに手術事故を起こすわけにもいかん。正田愛理プログラムの強度を増加して、あとは普通に手術を終えてしまうか。ククク、もう正田愛理は存在しない。永遠に正田愛理で苦しんでくれたまえ」


 手術が進むとともに目の前に正田愛理が現れてくる。

 はっきりと、輪郭を持って。

 ああ、愛理、僕の愛理。

 愛しているよ。


 アイシテイルヨ


 ――――


「あ、起きた! 調子はどう?」


 僕は声をかけられて目が覚めていることに気がつく。

 ゆっくりと体を起こそうとするが、体に力が入らない。


「まだ動けないみたいよ。永久機関が始動しはじめただけで全開になってないって、ヨシダさんが言ってた。言葉は話せる?」


「うん、喋れるかな。ありがとう、希さん」

「さん? ――あ、うん、うん。涼くん、まだ意識がしっかりとしてないかな」

「でも早く正田愛理に会わないと。僕にはそれしか生きる希望がないんだ」


 僕の横で見つめている希さんが何故か緊張した面持ちで僕を見つめる。


「手術で何かあったの?」

「何も無いよ、覚えてないし。僕には正田愛理のボディガードという道しか残されてないんだ。早く会わないと。早く仙台空港跡地に行こう、希さん。永久機関が強くなったから今度はあの化け物ロボットには負けない」

「……とりあえずタケナカから裏で流通している武器を買いましょう。あのデカブツを倒せる武器を。本当に、なにもないのよね?」


 希さんがこわばった表情でそう言う。

 なにかあるわけないじゃないか。ただ思いが強くなっただけだ。


 ヨシダ科学を出て、久しぶりにタケナカに出会う。

 タケナカは、先の紛争もどきで荒廃した宇都宮の地区を複数手に入れて復興させ、今や上級階級へと手が伸びるところまで組織を成長させていた。

 それでも会うのはジョンサムレディで、だけどね。


「よう、見ないうちにすっかりさまになったな」

「あなたもね、タケナカ。今日は大型ロボットにも通用する武器を仕入れたくてきたんだけど。大きさと特徴はこんな感じ」


 タケナカは少し思案したあと、


「歩兵用なら、対ロボットミサイル『クインキュラス』か、対ロボット砲『クラス35』か、ってところか。前者はほぼどんなデカブツでも一撃だが、そんなやつだと迎撃される可能性がある。後者は数発当てないといけないし、人が撃つレベルの中ではトップクラスの反動だ。普通の野郎が扱えるものではない」


 そう答える。


「クラス35を使う。僕はかなり出力が向上した、今の僕ならどんな反動でも抑え込める」

「い、一応クインキュラスも数発持っていくわ。私でも扱えるし」


 数日後に引き渡されたそれは、大砲のような銃と対戦車ミサイルのようなごついミサイルランチャーだった。これならいける、これなら。あいつをやっつけて早く正田愛理と再会するんだ!


 宇都宮にいるあいだに、信頼度ランクを上げるために運び屋の仕事を請け負う。一日でも早く正田愛理に会いたいが、こういう地道なこともしておかないといけない。

 重装甲パルスレーザーガトリング砲付きなバケモノ級ピックアップトラックに喧嘩を売る馬鹿はさすがにいない。大きな仕事を繰り返して信頼度をBBB++まで引き上げた。良い車だと良い仕事に挑戦できて成功率も高いし、お金も貰えるし、信頼度上昇も早い。

 もうすぐ夢のAランクだ。


「はー、やっぱりウツノミヤって最高。ここで暮らしたいわあ」

「正田愛理に会うのが最優先だ」

「うーん……、ショウダアイリさんに会うとしても、どこにいるのかわかってるの?

「それは……」


 答えられず黙ってしまう。


「高軌道に浮かんでると言っても軌道座標も施設も知らないんでしょ?」

「正田愛理の方から会いに来る。だって僕はボディーガードでお付き合いしていたんだから」

「それも一〇〇年前でしょ。今どうしているかわからないじゃない」

「うるさいな!! 僕は正田愛理に会うんだよ!!」

「ご、ごめん。なんか、ヨシダ科学に行ってから行動が変よ、涼くん。あそこで何かされたの?」

「されてない。出力を強化してもらっただけだ」

「……そっか」


 少し寂しそうな、いぶかしそうな顔をして希さんはそうつぶやいた。


 宇都宮を出る。十二輪のインホイールモーターで走るこのピックアップトラックなら快速快適に水戸まで移動できる。その外見からバッドランダーズに襲われることもない。北へ北へどんどん進む。仙台市が見えてきた。


 帰ってきたぞ仙台。帰ってきたぞ仙台空港跡地。今度は負けない。

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