いわき市

 夜になったので路肩に車を止めて車中泊をする。交代で運転すれば早く着くだろうけど、夜間走行している車というのもまたバッドランダーズに狙われやすいということらしい。ライトが目立つし夜間輸送しているくらい重要な物資って思われるからね。

 このピックアップトラックは二人乗りだけど、運転席の背面部にある蛇腹式の扉を開けると、ハーフキャビン、現在は重機関銃の弾薬室になっている、そこそこの大きさがある部屋へと繋がる。そこで寝ることにした。希ちゃんは最後まで運転席で寝るようにと抵抗したが。ちなみにこのハーフキャビンにアサルトライフルやサブマシンガンのマガジンも置いてある。食料なんかも。弾薬室というか日用倉庫だね。


 少し荷物を整頓し、空いた隙間で横になる。僕の脳はノイマン型と量子型という二種類のコンピューターが合わさってできており、片方の機能を休ませつつ片方を稼働させておく、ということもできる。それを利用して、ぐっすり寝ないで警戒しながら寝る。いつもよりぼんやりとした思考だけど考えられるし、リラックスもできる。少し窮屈な姿勢で寝ているけど、ま、街道跡の車中泊ならこんなもんだろう。おやすみなさい。


 無事に一夜が明け朝食を取る。エネルギーがないと、いざというときに活動ができない。しっかり食べるのは希ちゃんだけど、僕も食事には付き合う、一人より美味しく感じるし、会話も弾むからね。食事は娯楽。

 食べるのは携行食だけど中級階層のお店で買っただけあって結構美味しい。米もちゃんと食料用の米だ、低級階層が食べているバイオ燃料用に栽培されている米じゃない。住んでる階級によってこんなにも生活の質に差が出るのか……。


「希ちゃんは夜眠れた?」

「シートが大きいからね、快適だったわよ」

「確かに。いつも車に乗っているんじゃなくて車に乗られているような感じで運転してるもんね」

「それは私が小さいからってことかぁ!? おらぁ! 観念して私と結婚して子供産ませろ!!」

「ちょっと理屈がおかしくない!?」


 興奮する希ちゃんをなだめてから出発。街道は黒い排煙をしながら走る車が結構走っている。やはり東京と東北をつなぐ国道六号線の跡だけあるね。


「ここら辺から道路が良くなったかな。都市へ近づいてる証拠よ」

「道路の管理ができる都市が存在しているってわけだね」

「そゆこと」


 この日は快調に飛ばしていわき市までたどり着く。現在のいわき市の所在地だと、大体仙台との中間地点かな? 仙台まであと一一〇キロメートルくらいなはず。

 いわき市は仙台~水戸間の中間地点であり、いわきから郡山を経由して福島の山間部ルートへ行く場所でもある。

 つまり人が多く訪れる場所で栄えていた。

 まあ上級階層がいる訳じゃあないけど。大企業の傘下企業があって、そこで働く人がいて、米を育てていて、と、宇都宮とは違う街並みを形成していた。

 おそらくだけど、スラム街も宇都宮ほどの比率と大きさではないと思う。宇都宮は……まあ、日本の都市だけど日本の完璧な統治下というわけでもない凄い都市だからね。貧富の差も凄い。

 こうやって都市を見て思うんだけど、給油所は給油するための設備と宿泊所しかなかったな。道も整備されてなかったし。やはり給油するだけで都市じゃあないんだね。


 土地勘がないので宿泊案内所に行き、お金を掴ませてちゃんと利用できる宿を聞き出す。この世界、どこで偽情報を掴ませられるかわからない。そういう意味で賄賂は重要だ。


「結局駐車料金は二台分になっちゃったね」

「ウツノミヤじゃないもの。日本の一般的都市だとピックアップトラックは馬鹿でかいのよ。しょうがないわね」

「そっか。それで、なんで一部屋しか取らなかったの? 普通に二部屋取れたよね」

「せせせせ、節約よ節約。若い男女が一つ部屋の下で過ちを犯すとか思ってないって」

「おっぱいならいくらでも揉んであげるよ?」

「愛がこもってない!!」


 本当ならここで少し滞在したい所だけど、今回は運送をしているので急がないといけない。でも食事を取ったりお酒を飲んだりすることくらい許されるだろう。僕も久しぶりにヤクを打ちたいしね。


「今日は中華料理屋さんよ。麻婆豆腐に担々麺、青椒肉絲って感じの中華料理を中心に頼んでみたわ。食べたらバーにでも行きましょう」

「中華料理は香りが良いね。豆板醤の匂いが鼻をつく感じが心地よいや。暖かいうちに食べよう。結構食材がある街なんだね」


 中華料理を美味しく食べる。中級階層が厚い都市だと食材も豊富に流通しているのかもしれない。宇都宮にも豊富にあるんだろうけど、売っている場所や料理屋さんをまだあまり知らないかな。とにかくデカい都市だからね。


「はー食べた食べた。美味しかったわねー」

「うん、美味しかった。じゃあお酒飲みに行こうか」


 結構久しぶりにバーへと赴く。勿論たばこや針無し注射器も持ち込めるようなところを選んだ。


 到着して早々針無し注射器で身体にヤクを入れる。今回はアッパー系でトリップできる「タフタス」を入れた。


「キクー」

「ヤクの何が良いのやら。あ、たばこは駄目よ。フィルターが汚れちゃうから。濾過しちゃって煙も肺に届かないしね」

「残念。じゃあトリップ回数を増やすよ」


 いつでも暴れられるジョンサムレディや宇都宮の見知った酒場ではないので今日は希ちゃんも大人しめに飲んでいる。――いや、ちびちび飲みながら少し泣いている?


「どうしたの希ちゃん、あまり元気がないね」

「何でもないわ。ちょっと恋したことに後悔してるだけ」


 恋したことに後悔してるか。そうだよな、自分を見てくれないヤク好きな男に惚れちゃってるんだもんな。僕が希ちゃんに心を向けられれば良いんだけど、やはり正田愛理が……。


「ごめんね、なんかごめん」

「いいのよ、惚れた弱みなんだから。明日はもう出発でしょ。あまりやり過ぎないでね」

「わかった。希ちゃんも飲み過ぎないでね」


 翌日。ちゃんと眠ったのになんか体がだるい。脳味噌もあまり活性化していない。


「なんでだろう?」

「ヤクが残ってるんじゃない? 素体を取り替えたから一〇〇年前の体ではもうないし。下級クリニックで洗浄受けてきたら?」


 そうしてみる、ということで下級クリニックへ行き体の洗浄を受ける。特殊な液体を体に流し込み異物や老廃物を除去するのだ。

 体の洗浄を行った結果、だるさは無くなった。下級クリニックで脳の直接洗浄を行うことは非常に危ないので、直接洗浄はしなかった。でも洗浄中に意識が覚醒してきた。体を流れる洗浄液が、強化されている血液脳関門を通過して僕の脳、つまりバイオコンピュータの内部まで侵入して洗浄をし、依存症を解消したのだろう。

 これで体も脳も万全になった。でもヤクはもうあまりできないな。毎回洗浄を行うのではお金がかかりすぎる。中級クリニックでやらなかったのは単純にお金がかかるからだ。


「体中から薬品の香りがプンプンするよ」

「ヤクの代償よ、いずれ消えるから我慢しなさいな。あまり飲めないはずだけど、これからは一緒にお酒飲みましょ。お酒の依存症回復はそこまでお金かからないしね」

「まあ、お酒だね。少しは打つけどさ。依存症が治るんだから凄い世の中だよ」


 というわけでいわき市を後にする。北上を続けて仙台まで行くぞ!!

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