森と工場
企業紛争でボコボコになった道路。粉々になったビルの残骸。
その上をピックアップトラックが疾走する。
中には僕と希。二人の間に会話は、無い。
茂木までは三〇キロメートルも無いが、既に二体のモンスターと遭遇し、重機関銃で粉砕している。死体は肉と内蔵を捨てて、残りの部分は売れるので荷台に置いてある。
森の縁に到着する。ピックアップトラックに発信器を取り付けて戻れるようにし、オート射撃モードにして身を守るようにする。
「さて、いくわよ」
「うん」
僕は希ちゃんの背中に背負われる。エタニディスフィラメントワイヤーでぐるぐる巻きにして、森の中へ侵入する。
森は狂気の場所だ、錯乱する香りや毒が充満している所が殆どであり、人が入る所では無い。
繁殖力も旺盛で、放っておけばすぐにでも街を侵食する。だから、今も生き残っている都市では定期的に森を焼き払って侵食を止めている。まあ、焼き払った時に出来る灰や炭が高品質の肥料になるのだけれど。
「私はフィルター機能を追加したから幻覚や毒は大丈夫。涼くんは?」
「吸うことになるけどハイブリット型バイオコンピュータが混乱するとは思えないなあ」
「そっか。じゃあ、行くわよ。数日かかるはずだからね」
そういって森に踏み込んでいく。
森の中は外の世界とは一転していて澄んだ空気、緑に覆われた光景、豊富な動植物、一定して穏やかな気候が広がっている。これで安全なら楽園なんだろうけど。
重い僕を背負って歩いているためになかなか進めない希ちゃん。一歩一歩踏みしめるように進んでいく。
「右から巨大アリ! 撃つね!」
「うん!」
超高速エタニディウス速射砲でエネルギーを巨大アリにぶつけ粉みじんにする。酸の香りが漂う。
「急いでここから離れよう。仲間が来るかもしれない。そうじゃなくても体液の酸で周りが腐食しているよ」
「……一旦戻るか」
モンスター、というよりは独特な生物。それの生態系によって、進んだ距離を一歩後ろに下がらされる。なかなか前に進めない。
森の中ということもあって、四時には暗くなってきた。今日はもう動けないだろう。
森の木陰に陣取って、僕を降ろしてご飯にする。
「ちゃんと涼くんの分もあるわよ」
「それはさすがに馬鹿だよ。僕は食べないでも生きていける。自分の分にしな」
「でも」
「いいからいいから。先は長いよ」
森の端から修理工場まで一〇キロメートルくらいだと思うんだけど、往復に一週間はかかると思ってる。それくらい先へ進めないからだ。ああ、帰りは僕が邪魔にならないから早いかもしれないけど。まあ物資は節約した方が良い。
この日は一キロメートルくらい進んだと思う。一枚の毛布に縮こまるように二人でくっついて寝た。
朝。でも太陽の火はすぐには降り注がない。木の葉で日差しが遮られるからだ。
持ち込んだ水を飲み、希ちゃんにパンを食べさせて朝食とする。温かい料理は匂いでモンスターがやってくるかもしれないから作れない。
ちなみに食事は僕がいるから楽観視している。永久機関からいくらでもエタニディウスを産出できるし、それを栄養価のある物質や水に変換することは可能だからね。美味しいかどうかは別だけど。
また僕を背負い、左手に持った『SMART』という総合情報端末に搭載されているナビゲーションツールの通りに進んでいく希ちゃん。
「こんなところで聞くもんじゃ無いんだけどさ」
「なに? できるだけ前に進みたいんだけど」
「うん。なんでこんなに僕に良くしてくれるの? 僕には正田愛理がいて恋愛関連で進展は出来そうに無いんだけど」
希ちゃんは足を止める。
少し間が経つ。
そして選び取るように言葉を紡いでいく。
「最初は売ってお金に換金しちゃおうと思った。出来なかったけど。それで、私の仕事を手伝ってもらったら、楽しかったのよ、楽しかった。二人でやる仕事ってこんなに楽しいんだって。私四歳からバッドランダース――荒野を生きる荒くれ者――の仕事を手伝って、一二歳の時に人質にされたのに仲間が私を放って逃げちゃって、それで一文無しからここまで頑張ってきたから。だから一人だったの、ずっと。仲間は要らなかった、裏切られたし。でも仲間とやるのって楽しくて。あなたとやるのって最高に楽しくって。お互い出来ることが違うから対等な関係だし。それが一年も続いたら、もう、もう、替えが効かない大切な存在になっちゃったのよ。……これでいい?」
最後の方は少し泣いていた。思いを話す内に感極まったのだろう。
「ありがとう。僕も希ちゃんとやる仕事は最高に楽しいよ。じゃあ、頑張って目的地まで行こうか」
希ちゃんがこんな熱い思いで僕たちの関係を見ていたとは思わなかった。凄い心に来る思いだった。僕も関係を良好にしていこう。行動で示していこう。希ちゃんの思いに負けないくらいの行動で。
そうして歩みは再開された。
希ちゃんが来ている装甲服からほんのり伝わる熱が、なんとなく嬉しく感じた。
ナビゲーションの通り歩いて四日。ついに人工物が見えた。
「あれが修理工場だね。慎重に近づこう」
「緊張でドキドキが止まらないわ。工場が動いていても、修理素材はあるのかしら……」
慎重に近づき、シャッターがおりている工場前まで進む。
「シャッターは開かなくても、人物認識のために必ずニューロリンクできる所があるから。シダに覆われてるけどまずはそれを探そう」
シャッター周辺を探してすぐにニューロリンクできる所を発見。長い間に風化して接続部は壊れていた。でも僕には亜空間接続がある。接続を試みる。
接続できた。工場のメイン電源はオフになっているけど、認証用の回路やサブ電源はまだ動いている。こっちから入ってメインの電気を動かそう。
「ちょっと時間かかるから、その間僕をしっかり守ってね。勿論僕自身でも反撃できるけど、今回のは慎重に動かないと駄目みたい。セキュリティが厳しい。ただの認証部分に防壁もウィルスも張り巡らされてる。メイン電源はもっと酷いんじゃ無いかな」
「わかった。私ってニューロハック得意じゃ無いからよくわからないんだけど、ニューロハックってどういう風に見えているの?」
「うーん、言語化しにくい。敵がいて、セキュリティがあって二時限的な部分もあれば三時限的な部分もあって、ショートカットや迂回路もあって。防壁には耐久力があってウィルスは認識範囲があって。階層があって……。強いて言うなら人の脳味噌の中を動く感じかな?」
「うん、さっぱりわからない。じゃあよろしくね」
そしてニューロハックが始まる。まずはサブ電源のコントロールを奪取しなければ。
認証部分を慎重に進み、まずは僕たちを敵では無いと認証させた。これで認証部分の目標はクリアだ。深部に進んでサブ電源のコントロールを奪取しよう。
僕がそうやって四苦八苦している時だ。いきなり銃声が鳴り響いたかと思うと、背中に巨大なガトリングガンを背負った大型犬が突撃してきたのだ!
「が、ガトリングドックだ。僕は今深部まで入ってるからすぐには動けない」
「私だってやれるわよ!」
希ちゃんが電磁サブマシンガンを撃ち放つ。
ガトリングドックは機敏な動きで銃弾を避けていく。
ガトリングドックの銃撃は続く。
僕にも希ちゃんにも銃弾が突き刺さる。希ちゃんの装甲服と僕の皮下装甲で貫通は無いけど、衝撃で痛い。
「くそ、大人しく当たってくたばりなさいよ」
「残弾数に気をつけて」
「わかってるわ!」
しかしガトリングドックは華麗に避け続ける。ものすごい弾幕だけど、どこからあんなに銃弾が出てくるのか。生物兵器は本当に不可解で恐ろしい。
「くっそ、痛みで動けなくなってきた」
「僕の前に立たなくて良いよ。とにかく貫通はしないんだ」
「私のやりたいようにやってるの! もうこれを使うしか無い!」
希ちゃんは少し装甲服を脱ぐと、左胸の皮下ポケットからとある銃を取り出す。け、結構大きい銃が入ってるのね。
「おらぁ! 携帯用電磁ショットガン! 拡散率が高いから当たるでしょう!?」
ガトリングドックとの距離を詰めながら数発ショットガンを放つ。その弾は良い感じに拡散し、ガトリングドックにヒットする。
「キャイン!」
ガトリングドックが一瞬ひるんだ。
その隙に希ちゃんは一気に距離を詰めて頭にもう一度ショットガンを放つ。
ガトリングドックは頭を吹き飛ばされて息絶えた。
「あーあ、無駄弾を使っちゃったわ。涼くんは大丈夫? ハックに影響でていない?」
「うん、大丈夫。しかし凄い物を仕込んでいたね」
「まあ、普通の拳銃じゃ森の中じゃ役に立たないと思って。胸は硬くなっちゃうけどこれくらいなら入るのよ。あ、だから今は胸揉んじゃ駄目よ? 右胸にはマガジンが入ってるし」
「揉まないよ。後で銃弾の構造調べさせて。多分複製できると思う」
この後サブ電源のコントロールを掌握し、電源を入れる。セキュリティも動き出すがとりあえずシャッターを開いて周辺のカメラや警備ロボットをフレンドリーモードにする。
「中に入ってシャッターを閉めよう。また生物兵器が来るとやっかいだよ」
「かなり巨大な設備よね。無事にたどり着けるかしら」
「受付ロボットがいたら案内させれば良いんだよ」
いろいろあったがようやく内部だ。何が待ち受けているのやら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます