新車
僕を背負いながら歩いてコンテナハウスまで戻って、胸を揉ませながら僕を解放する希ちゃん。
「――本当に、揉みほぐす、だけなんだね」
「マッサージマッサージ」
「私のこと嫌いなの?」
「いや、好きなんだけど。女性や恋愛を想起させるとどうしても頭の中に――」
正田愛理が出てくる。そして正田愛理に魅了されて他の人との恋愛を考えられなくなってしまう僕がいる。決して希・サンダースのことを嫌いなわけではない。むしろ好きだ、でも――。
「ショウダアイリさんか。まだ出会って一年だし、わからないこともあるよね。でも諦めないから」
「そうして貰えると嬉しいよ。消して嫌いなわけでもないし、むしろ好いてるのは確かなんだ」
「はわっ!? いきなり口撃するのやめてくれない!? ――それで、今やることは二つあるわよね」
「稼ぐための車を買うことと、僕の修理だね」
そう、ピックアップトラックがぶっ壊れたので運び屋が出来ない。仕事が出来ないとスラム街にお世話になってしまう。
スラム街で生活するのは危険と隣り合わせだ。このコンテナハウス群ですら窃盗や強盗はよくあることなのに、それがスラム街になったら一体どうなるか。
それと、僕を直すにはきっとサクラシの生体工学研究所? だっけ? にもう一度いって下半身を作ってもらわないといけない。とにかく今の時代の部品とは規格が合わないから、下半身も取り付けできないと思う。
「稼ぐには車が必要。サクラシの生体工学研究所に行くには車が必要。何をするにもまずは車だね」
「ハガ特別地区の芳賀技術研工業で車を見積もってみる。特殊な車は忠菱自動車グループより作ってるから。あとウツノミヤから電車で行けるし」
「そんなたいそうな車を買うの? お金はあるの?」
「お金は作る物なのよ。任せて」
お金を作るって、借金でもするのだろうかと一抹の不安を残しつつも、準備が整うまで胸を揉む代わりにご飯を食べさせてくれるという変な関係が続いた。永久機関持ちでもご飯は食べたいよ。永久機関が稼働する補助になるしね。
ギャングとの抗争からは抜け出したし、そこで稼いだ金もあるから安全といえば安全なんだよね。
「それじゃ、芳賀技術研工業に行くわよ。今背負う準備するから」
「え?」
「えじゃないわよ。相棒も見て判断しないと買えるものじゃないのよ、車って。知ってた?」
「え、あ、うん。どうやって運ぶの、その、小さな身長で」
「ああん!? ――おんぶする格好にするわ。エタニディウスフィラメントワイヤーでぐるぐる巻きにしてくれない? してくれるわよね? し・て・く・れ・る・わ・よ・ね?」
はい。しました。おんぶされて密着する形だ。希ちゃんの綺麗な肌、スタイルの良い身体と密着する。
「これで恋愛感情や性的感情が沸き起こらないんだよね」
「ショウダアイリは本当に強いわ。でも負けないんだから」
市井の人に奇異の表情で見られながら路面電車に搭乗。のんびりと芳賀技術研工業へと向かう。ここは本社でめちゃくちゃデカい。この路面電車も宇都宮からここへ通勤用に作ったくらいだ。昔は開発と製造だけだったけど二〇年くらい前からはここで販売もしている。希ちゃんから貰ったパンフレットにそう書いてあった。
芳賀技術研工業前で下車し、営業所へと向かう。この間あまり会話はなかったけど希ちゃんのぬくもりを感じられて、なんか、なんか、よかった。
「いらっしゃいませ営業の――」
こういうのは省略。車を実際に見る。
本当に凄い種類の車がある。ミニカーにトラック、バイオディーゼルの車。
「とりあえず荷物が積める程度の普通車で良いんじゃないかな? バンとか」
「実はもう決めてるの。というか特注なの。もう出来上がってるんですよね?」
そう営業に問うと営業は出来上がってますといい、特別ルームへ案内した。
そこにあった車は……。
「めっちゃ大きい! これフルサイズピックアップトラックじゃない?」
「そう。フルサイズもフルサイズな、フルサイズピックアップトラック。運転席の後ろにも空間があるのよ。そこの上に重機関銃を設置するの。空間は銃弾置き場ね。ちょっとした荷物や、仮眠を取ることもできると思う。荷台はちょっとした小型トラックの荷台並よ、何でも乗せられる。もう隠しポケットも作ってもらってある」
「凄い。でも運用できるの?」
「道が広いウツノミヤなら運用なんて楽よ。狭い路地には入れないけど。もともとのピックアップトラックでも入れなかったんだから。あとこれから遺跡巡りもするんだし、大きくて悪いことは何もないわ」
確かにいうとおりだ。遺跡では大型の機械が掘り出されることも多い。持って帰るなら荷台は大きい方が良い。しかし大きすぎる……。ウツノミヤは行政特別措置都市。つまり一種の独立都市。第四次世界戦争後に一から全部作り直された。だから道路も広いし駐車場も大きい。大きいとは言ってもこのサイズは……。
「これに武装も付けて大体二三〇〇万円。私五〇〇〇万用意したのよ。もう買うから」
「なっ。どうやってそんな大金を。中流階級が遊んで暮らせるお金だよ?」
「きにしないで。最悪ロリ巨乳好きの変態を相手にするだけだから」
言い返す言葉が見つからない。身売りしてた。もしくは身を質入れしてた。自分を担保にお金を借りたのだ。
もう後には戻れなかったのだ。
「じゃ、もらって帰りますね。オプションとかはついてますよね。ニトロは『Nitro! Nitro! YES!』社の自動充填型を二台積みコンピュータ制御シリンダー直噴射ですよね。重機関銃に数発耐えられますよね。武装は忠菱武器ソリューションの一〇ミリ重機関銃で、その分のお値段も含まれてますよね」
いろいろと確認した後、受け取り。僕をしっかりと助手席に乗せてシートベルトをしっかりと付けてから次の場所へ向かった。
そう、サクラシの生体工学研究所だ。一度帰ってゆっくりしても良かったけど、とにかくすぐに元に戻って欲しいんだってさ。思いが伝わってくる。
新型のV八・六.五リッター・スーパーターボチャージャー付きのモンスターエンジンは荒野を軽く疾走する。すぐに、本当にすぐにサクラシまで到着し、生体工学研究所までたどり着いた。
「もうセキュリティは掃討してあるからすぐにでもいけるね」
おんぶの形になってコンソールがある部屋へ。ここで下半身を付けてもらえば。
「……ここは作る場所で、直すには茂木町にある修理工場へ行かないと駄目だって。あそこは森の中だよ」
「そんな……」
絶望が場を支配する。
「森の中じゃさすがに無理があるよ。希ちゃんに規格変換装置を作ってもらってそれを下半身にすれば」
「……それでショウダアイリに会えると思ってるの? 相手は軌道上、それも高軌道なんでしょ? ――私は、私は涼ちゃんを背負ってでも行く。武装は右腕の凄い武器が有るじゃない。忍びながら行けば大丈夫よ。ここでデータをダウンロードすれば場所はわかるんでしょ。私はショウダアイリに合って、それで涼ちゃんを勝ち取るの」
「わ、わかった。じゃあ茂木の修理工場へ行こう」
その熱意に押し負けて、僕たちは森の中にある茂木町の修理工場へ向かうことになった。
森といっても普通の森じゃない。核戦争後にも生きられるように遺伝子が改良された動植物が生息していて、そこに野生化した生物兵器が闊歩しているのだ。普通に考えて死地に行くに等しい。
上手くいけば良いが……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます