No.1

『メッセージを再生します』




 ——もしもし? お兄ちゃん、私だよ、美亜。ごめんね、急に家を飛び出したりなんかして。あのね、美亜ね……。

 お兄ちゃんには本当に感謝してる。親がいなくなって二人きりになっても、ずっと美亜のために頑張ってくれて、お金だっていつもだしてくれて……自慢のお兄ちゃんだって、今でも思ってる。

 美亜がいじめられてるって相談した時も、とことん話に付き合ってくれてさ、しまいには「相手と直接話をつける!」なんて言い出して、慌てて止めたっけ。へへっ、思い出しただけで面白いや。

 それでさ……美亜が泣いていたら、いつも泣き止むまで抱きしめてくれたよね。美亜、嬉しかったんだ。お兄ちゃんの腕の中はあったかくて、優しい匂いがして、凄く安心できた。


 美亜ね、お兄ちゃんが大好きなの。言葉じゃ言い表せないくらい、お兄ちゃんが好き。

 美亜って呼ぶお兄ちゃんの低い声が好き。不安な時、そっと美亜の手を握ってくれるお兄ちゃんの大きな手が好き。笑うと目尻にシワがよっちゃうお兄ちゃんの顔が好き。いざという時に守ろうとしてくれるお兄ちゃんのたくましい背中が好き。美亜のためならどこへでも駆け回っちゃうお兄ちゃんの脚が好き。美亜を優しく見つめるその眼差しも、少し口下手なところも、全部全部愛してる。


 だからわかるんだ……。お兄ちゃんが美亜のこと大事にしてくれてるって。お兄ちゃんは「妹」の美亜が大好きなんだって。

 美亜ね、時々思うんだ。どうして美亜はお兄ちゃんの妹なんだろうって、どうして血が繋がってるんだろうって。

 もし、もしも仮にだよ? 美亜がお兄ちゃんとなんの繋がりもない他人だったら……。そうしたら、この気持ちも伝えられたかもしれないのになって。

 わかってる。お兄ちゃんの優しさはあくまで、美亜がたった一人の妹だからで、他人だったところで幸せにはなれないって、ちゃんとわかっているつもりだよ。


 この前ね、花穂ちゃんに言われたんだ。「仲が良くていいね」って。羨ましそうだった、凄く。でもね、美亜は辛いよ。お兄ちゃんと仲が良ければ良いほど、気持ちが隠せなくなるから。

 だからこの前、優ちゃんに「人の幸せを勝手に決めるな」って言われた時、思わず言い返しちゃったの。「決めてるのはどっちだー」って。そう言って、思ったんだ。美亜は、自分でも無理だって決めつけてるのにそんなこと言う資格なかったんじゃないかって。そうだ、無理かどうかはまだわからないじゃんって。


 それでね……グスッ、う、ごめん。それで美亜はあんなことしちゃったの! 無謀だってわかってても、寝ているお兄ちゃんを見たら感情が抑え切れなかった……!

 お兄ちゃん、びっくりしたでしょ? ごめんね、急にキスなんかして。嫌がるの、わかってたのに。


 ……もうね、いいの。全部何もかもどうでもいい。いじめられるのも疲れたし、お兄ちゃんを思い続けるのにも疲れちゃった。

 知ってる? 昔の人は叶わない恋をした時、川に身を投げてお互い来世で結ばれようとするの。馬鹿げてるよね、死んだら何もかも終わりなのに。

 でも、美亜はそうじゃないの。結ばれるためとか、そんなんじゃなくて……終わらせるために、生まれ変わりたいの。

 お兄ちゃんは優しいからきっと止めるよね。でもね、もう決めたことだから。美亜にとってお兄ちゃんに拒絶されながら生きることは、死ぬより辛いことなんだよ。だからごめんね。初めてかも、お兄ちゃんの言うことが聞けないのは。


 風、結構強いなぁ。立っているのもやっとなくらい。水の中ってやっぱり苦しいのかな? でも今だって心臓が握りつぶされそうなくらい苦しいんだもん。きっとそう変わらないよね。

 ……この携帯、そういえばお兄ちゃんが初めてのアルバイト代で買ってくれたんだっけ。懐かしいなぁ。なんか、水没させるのはちょっと忍びないね。

 そういえば今も仕事中だっけ……。帰ったらきっと驚くだろうなぁ、お兄ちゃん。


 ねぇ、お願いだから、自分を責めたりしないでね。美亜がこうなったのは誰のせいでもないの。強いて言うなら、お兄ちゃんを好きになっちゃった美亜が悪いの。だから、どうかお兄ちゃんはそのまま、お兄ちゃんの人生を生きて。美亜のことなんて忘れて、可愛い女の人と結婚して、家族になって、一生幸せに暮らすの。お兄ちゃんには、その権利がある。


 言いたいことはこれで全部。もう、思い残したことはない。

 お兄ちゃん、ありがとう。今まで本当にありがとう。


 ごめんね……大好きだったよ。美亜の、美亜だけのお兄ちゃん。

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