No.2

『メッセージを再生します』




 ——おい、ここどこだよ。おい! この手と足につけたやつ、ほどけ! なぁ、聞いてんのかよ、おい!


 ……お前、その携帯。美亜、のか? なんでお前が、それを……?

 そうか、お前か。お前が美亜の、兄貴か。なんだよ、こんなことして。復讐のつもりか?

 生憎だけど、こんなことしたってアイツは喜ばないと思うぞ? 美亜が死んだのはアタシのせいじゃない。アイツ自身がそう望んだからだ。


 確かにアタシは美亜をいじめた。からかうのなんか当たり前だったし、最初はお遊びの範疇だった。でも、アイツも悪いんだ。

 毎日兄貴に殴られてばかりのアタシを、アイツはずっと憐れんだ目で見ていた。その目が、同情するようなその視線が、耐えられなかった。

「あの子は可哀想な子だから、自分がいじめられてもしょうがない」

 そうやって美亜はずっとアタシを下に見てた。アイツは確かにアタシより恵まれてるし幸せ者だよ。でも、そんなやつにアタシの気持ちがわかるわけない。

 わからないのにわかっているようなフリをする。それってさ、偽善者じゃないか? 美亜は何にも知らないくせに、アタシを不幸だと決めつけた。

 だから、思い切って言ってやったよ。お前の基準で人の幸せを決めつけるなって。その生温かい視線が気持ち悪いって。そうしたら「決めつけてるのはどっちなの?」だってさ。……それっきり。美亜とはそれっきりで、だから自殺したことも先生から聞いて初めて知った。


 当然、周りはアタシ達がいじめっ子だったことを知ってる。だから世間は美亜の自殺をアタシ達のせいにしてる。

 でもその原因はさ、やっぱり本人にしかわからないんだよ。アタシは今でもアイツが嫌い。真冬の川に飛び込む前に、遺言の一つでも残してくれりゃあ、アタシ達だってモヤモヤせずに済んだんだ。


 お前だって、アタシが一番悪いと思ってるんだろ? でもな、少なくともアタシはアイツを殴ったことはない。叩いたことはあるけど……たった数回だけ。それも、アイツがムカついたことを言ってきた時だけだ。

 要するに、ただの喧嘩でそれ以上でもそれ以下でもなかった。美亜がいじめだと思ったなら、それはアイツの被害者意識がはなはだしかっただけ。

 アタシはな……殴られる痛みを知っている人間なんだよ。だから人を殴るなんて、とても怖くて出来ないんだ。嘘だって思うか? アタシの体のアザを見てもか?

 まあ、あんたにとってアタシは美亜の仇だし信じろとは言わないさ。でも、アタシの兄貴はあんたと違って直接手を下すのが大好きでね。気に入らないものは全部殴って解決する。その摂理に親も兄妹きょうだいも関係ないんだ。


 兄貴は……物心ついた時にはもうアタシを殴ってたな。アタシが遊んでいたら「うるさい」って殴って、一日中家にいたら「出て行け」ってもう一発。自分で言っておいてあれだけど酷い兄貴だな、本当……。

 でもアタシは、別に兄貴が嫌いなわけじゃなかったよ。殴られるのは心底嫌だったけど、その分、誰かを殴る兄貴はなんか輝いて見えた。アタシの家は貧乏だから、いつもどこかナメられてたんだ。服装を馬鹿にされることもあった。

 そんな時はきまって兄貴が気に入らないやつらをぶっ飛ばした。家族のことなんか兄貴は気にしちゃいない。アタシのためなんかじゃない。だけど……それでもなんか、スカッとしたんだ。兄貴の悪評のお陰でアタシがいじめられることもなくなったしな。


 だから、今思えばアタシはそこそこ幸せだった。アイツに憐れまれる筋合いなんてない。でも、なんでかな。いざ自分が死にそうになるとさ、美亜のあの視線が脳裏に浮かんで消えてくれないんだ。一体どこで道を踏み外しちまったんだろうな、アタシは。


 もういいか? 話せることはもう何もねぇよ。アタシが知ってるのは美亜が自殺したって事実だけ。そりゃそうだろ、友達でもなんでもないんだから。

 あーあ。ここに兄貴がいたら、お前みたいなやつ、一発でKOなのになぁ……。ま、兄貴にはお前を殴る理由がないか。アタシはきっと、その理由にはなれない。


 不満か? 妹の仇が、凍死寸前に泣き喚いて許しを乞わないのが気に食わないか?

 残念だけど、アタシ、これくらいじゃ痛くも痒くもないんだ。苦痛にはもう慣れっこだからな。

 悔しいなら直接殺せばいい。こんな寒いところに放置しないで、包丁か何かでさ。……出来ない? ま、それが普通だよ。


 最後に一つ、教えてやろうか? 美亜がいつもお前のことなんて言ってたか。

「自慢のお兄ちゃん」だとよ。よかったな? 妹が出来た人間で。自慢のお兄ちゃんは人さらいも殺人もしないっての。



 ……いっちまったか。こんだけ煽っても手を出さないとはな。


 なぁ、兄貴。アタシ、やっぱり兄貴の言う通り馬鹿だったよ。横暴で、誰彼構わず傷つける兄貴なんて、とてもじゃないけど自慢できない。


 それでもさ……あんたはずっと、アタシの兄貴なんだ。

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