後編
放課後になった。
今日一日はずっと頭の中がぐちゃぐちゃだ。
でも、いくら考えても答えはひとつだった。
俺は意を決して、帰宅路へ立った彼女を追った。
いつもは二人で一緒に帰るのに。
「凛。話があるんだ」
「……何、話しかけないでって言ったよね」
「言ったな。無言なら、一緒に帰ってくれるのか?」
「なら、近づかないでって付け加える」
「明日からそうするよ。でも、最後に話したくて」
「……そもそも、私とこんな話してていいの? 蘭さんと付き合ったんでしょ? 今朝、呼び出されて告白されてたし」
「やっぱり知ってたんだ」
告白されたことは誰にも言っていない。
まあ、あの光景を見れば推測はできるだろうが、この様子を見る限り凜は前々から蘭が俺に好意を抱いてくれていたことを知っていたのかもしれない。
「告白されたよ。――でも、断ったよ」
「はあ!? なんで!?」
「そんなのお前に未練があるからに決まってんだろ」
「ふざけないで! 今すぐに戻れ! 今ならまだ間に合うから!」
「いいや、俺に引き返すつもりはないよ。きっぱり断った以上、俺も覚悟を決めたんだ」
凜は激しく憤っていた。
こんなに怒っているのは初めて見るくらいだ。
「俺は凜のことが好きなんだ。もう一度やり直してくれないか」
「意味わかんない……何で私なのよ。蘭さんのほうがずっと美人で、賢くて、おしとやかで、みんなから愛されていて……私なんかより、ずっとお似合いなのに」
「そんなこと思ってたんだ」
凜はどこかのタイミングで蘭さんが俺に好意を抱いてくれていることを知った。
その上で、自分よりも蘭さんの方が俺に相応しいなんて思ったのだ。
だから身をひいた。未練を残さないために、こっぴどく振ったのだ。
「そんな悲しいこと言うなよ。俺が好きな人はあの頃からずっと変わっていない。物心ついたときから凜のことを好きじゃなかった瞬間なんて一度もない」
「なんで……なんでなんで! 私は蓮には釣り合わないのに……なんで私のことなんか好きになっちゃったのよ」
つり合いが取れない。
俺はその言葉を額面通りに受け取っていた。
でも、凜が劣っていると言ったのは多分自分自身だ。
俺は周りの評価など気にしてなかったが、俺たちがどういう風に思われているのかは知っていた。
「ごめん……俺、知らないうちに凜を傷つけていたよな。気づけなくてごめん」
「違う! 私は蓮に謝ってほしかったんじゃない! 私は蓮に、こんな馬鹿な女の子とは忘れて幸せになってほしかったの。……ううん。本当は自分自身が傷つくのを恐れて、蓮のためになんて言い訳をして逃げただけに過ぎないのよ」
「それは違うよ。凜は優しいから自分を許したくないだけなんだ。だって、本当に傷つくのを恐れていたのなら、あんな酷いこと言わないバズだから」
凜は俺を振るときに俺を傷つけることを言った。
それが何よりも気がかりだった。
確かに俺はあの言葉で傷ついた。でも……本当に辛かったのは凜のほうだ。
「だってお前は、絶対に人の悪口や陰口は言わなかったから」
かつて凜は俺にこう言っていた。
人の悪口を言うと息ができなくなるほど苦しくなる、と。
どうにもその言葉が嘘だとは思えなかった。
「そんなのは嘘よ。良い子ぶってただけ。本当に私は蓮のことが嫌いになったのよ」
「前と言ってること違うじゃん……でも、本当に俺が嫌いなら、はっきりとそういってここを去れば良い。俺はもう二度と凜には関わらないようにするから」
そして俺は、戸惑う凜に手を差し伸べてこういった。
あの日と同じように、同じ言葉を。
「俺と付き合ってください」
俺は小細工は苦手だ。
真っ正面からの直球勝負しかできない。
「私は、蓮のことなんか大嫌いよ」
凜は苦しそうに胸を押さえてその言葉を絞り出した。
~~~
酷く気持ちが悪かった。
今にもトイレに駆け込んでこのドロドロとした感情を吐き出してしまいたかった。
私は……蓮が好きだ。物心ついたときからずっと。
彼に告白されたとき、飛び跳ねたくなるほど嬉しかった。
それからの毎日はずっと幸せで夢見心地だった。
ただ……蓮がモテていることを知ってから、特にあの学園のマドンナの蘭さんが告白しているところを偶然目撃してから、私は本当に蓮にふさわしいのか、そればかり考えるようになった。
実際、クラスの子たちは懐疑的だった。
なんで蓮のような完璧イケメンが私なんかのような芋女を好きになったのか。
実家がものすごく金持ちなんじゃないのかとか、弱みを握っているのではないか、なんて考察がなされるほどに。
クラスメイトは私に優しくしてくれるけど腹の内では何を考えているか分からない。
次第に私が蓮の人生を狂わしているのではないかとまで思うようになった。
たった一度の高校生活、そしてたった一度の人生。
私なんかが蓮を独占して良いはずがない。
だから、この関係は終わりにしようと思った。
蓮は私なんかより蘭さんといたほうが幸せになれる。
「私は、蓮のことなんか大嫌いよ」
そうだ。これがきっと正解なんだ。
正直、蓮がこうしてまた私に告白してくれたこと嬉しかった。
やっぱり大好きだ。だから、これでいい。
「なんで……泣くのよ」
「お前こそ泣いてんじゃんか」
胸に小骨のように突き刺さるなにかが、明確に刃物となって心臓を切りつけた。
なんで、蓮はこんなにも私のことを思ってくれているのに、私はその気持ちに答えることを拒んでいるのだろう。
蓮にとって、私と付き合い続けることはデメリットにしかならない。
本当に彼を思うなら、私は拒絶するのが正しいはずなのだ。
でも……なのに……。
ああ……馬鹿だ。いつか必ず、この選択は間違いだったと気づくはずなんだ。
それでも今は、もう少しだけ間違っていたいと思ってしまった。
「ごめんなさい……本当は、蓮のことが大好きです。もう一度、私を彼女にしてください」
言った。言ってしまった。
間違った答えを出してしまった。
なのに今は、とても心が軽い。
「――ッ!」
突然、彼は私を強く抱き締めた。
気づかなかったけど、身体が震えている。
「怖かった……本当に嫌いになったんじゃないかって。本気で、心の底からお前のことが好きだったから」
「うん。ごめんなさい」
肌を通して熱が伝わってくる。
私たちは間違いだらけの選択の末にここに立っている。
周囲の声を無視することはできない。
これからも、私を見るあの目は変わらないのだろう。
でも、ならば私が蘭さんに匹敵するような完璧美少女になれば……それは難しいとしても、周囲の視線を変えることくらいできるかもしれない。
私のわがままに振り回してしまったこと、あとで精一杯謝ろう。
身体が帯びた熱は、暫くは冷めなかった。
幼馴染に振られたら、学園のマドンナに告白されたんだが…… 湊月 (イニシャルK) @mitsuki-08
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