幼馴染に振られたら、学園のマドンナに告白されたんだが……

湊月 (イニシャルK)

前編

「ねえ、私と別れてくれない?」


 それはあまりにも突然の失恋だった。

 確かに最近、彼女の様子が変だとは感じていた。

 作り笑顔のような、愛想笑いのような、嘘で塗り固められた表情で接されているようで心がざわついていた。


 でもまさか、凛に別れを切り出されるとは思いもしていなかった。


「ま、待って! 俺、何かしたかな!? 悪いところがあったらすぐに直すから! ごめん! 俺が悪かった」


 必死に捻り出した声は、媚びるような懇願だった。

 実際、何が悪かったなんて思い至らない。

 だからこそきっと、理由はハッキリしていた。


「なんか、冷めちゃったんだよね。蓮と一緒にいても、もう何も感じなくなっちゃったっていうか。友達としてはいいんだけど、彼氏としてはつまんないんだよね。それに私、他に好きな人できたし」


 俺は何も悪くない。ただ、緩やかに衰退しただけ。

 だから改善のしようがなく、自然に消滅するのは時間の問題だった。


 いや、そんなわけがない。

 そう自分に言い聞かせると、凛を説得しようと決意する。


「俺はやっぱりお前と別れたくなんか――」

「あのさ、この際だからハッキリ言うけど迷惑なんだよね。幼馴染ってだけで変な噂流れるし、お遊びで付き合っては見たけど、優しい以外に取り柄なんてないし。もう明日から話しかけないでね」


 言うだけ言って、足早に凛は去っていった。

 待って。その言葉は声にならなかった。

 伸ばした手は虚しく空を掴み、指先は冷たく凍っていた。


「そもそも、私と蓮じゃ釣り合わなかったのよ」


 最後に、そんなに冷たい言葉を残した。



~~~



 俺と凛は保育園からの幼馴染で、去年俺の方から告白して両思いであったことが判明したのだ。

 それから交際を始め、順調に仲を発展させていた。

 キスは済ませた。身体の関係はなかった。でもそれは本気だったからだ。

 俺は高校生活だけのお遊び交際などではなく、本気で結婚だって考えていた。


 実際、その気持ちは凜に伝えていた。

 凛も恥ずかしそうにしながらその気持ちに答えてくれた。


 それなのに……こんなのあんまりだ。

 結局、最初から本気だったのは俺だけで、凜は遊びだったのだ。


「お前、そろそろ泣きやめよ。流石に俺もむかついてきたぞ」

「じゃあお前がどっか行けばいいだろ」

「ここは俺ん家だって言ってんだよ!? お前マジで何時まで居座る気なんだ!?」


 俺はその日、学校から逃げるように親友の家に転がり込んだ。

 そしてワンワンと何時間にも渡って泣き喚いた。


「お前にはもっといい女いるだろ。実際、お前のこと好きな女子だって――」

「凛より好きになれる女の子なんているわけないだろうが!」

「だあ! 面倒くせえ! 慰めてほしいのかそうじゃねえのかどっちなんだよ!」


 俺は誰かにそばにいて欲しかった。

 黙って携帯でも弄っててくれればそれでよかったのだ。

 こいつ、何だかんだ面倒見いいかな。


「俺にとって凛はすべてだったんだよ。物心ついたときからずっとあいつのことが好きだった。今だってそれは変わんねえんだよ」

「……にしても、凛ちゃんがお前を振るなんてな。あんなにラブラブだったってのに」


 俺はよく凛に鈍感だと怒られていた。

 なんで俺はいつも、あいつの気持ちを分かってやれないのだろうか。


 ……こんなんだから、振られたのかな。



~~~



 次の日、学校に行くとすぐに破局の噂は広がっていた。

 自分で言うのも何だが、俺たちはクラスの壁を越えて有名な美男美女カップルで、常に周りから羨望と嫉妬の目にさらされる理想のカップルだった。


『蓮くんと凛ちゃん別れたんだって』

『嘘! じゃあ、今がチャンスってこと!?』

『やめときなよ。あんたじゃ蓮くんの心は射止められないって』

『まあそうだよね。高嶺の花ってやつ?』


 結局一夜中泣いて一睡も出来なかった俺は、机に突っ伏していた。

 凛は登校していたが、挨拶しようとする俺を無視して足早に自分の席に座ってしまった。

 やっぱり、なんで振られたか分かるまでは話しかけるのはやめた方がいいのかもしれない。


 ……いや、さっさと忘れて新たな恋を探せって皆言うんだろうな。


『にしても、別れたからって冷たくし過ぎっていうか。なんか感じ悪くない?』

『本当にそうだよね。というか、蓮くんを振るとか調子乗っててムカつくですけど』

『蓮くんの彼女じゃないなら、もう仲良くする必要も無いしね』


 さっきから全部聞こえてんだよ。

 凛を悪く言われるのは気分が悪い。

 別れたとはいえ、元彼女を馬鹿にされて気持ちいいはずがない。



『失礼します』



 席を立ち上がって教室を出ようとした直後、教室の扉を叩いたその女生徒にクラスがざわついた。

 日本人離れした顔立ち、青い目、黄金に煌めく長髪。

 人付き合いの少ない俺ですら彼女の存在は知っていた。


 成績優秀、眉目端麗、品行方正、まさに絵に書いたようなマドンナ。


「蓮くんに話があってきました」


 そんな彼女はクラスの中で俺を見つけて小さく手招いた。

 男子からは嫉妬の眼差しに晒され、女子生徒からは何故か黄色い悲鳴が上がった。


「……分かりました」


 それ以外の返答など見つからなかった。

 断る理由などないが、断るとそれこそ男子から顰蹙を買う。

 俺は大人しく彼女についていくことにした。

 人目をはばかるように、彼女は空き教室に入った。


「ごめんね、急に呼び出して。やっぱり善は急げかなって」

「それで、何の用ですか、蘭さん」

「もお。要件なんて分かってるくせに」


 蘭さんは上目遣いでモジモジと身体を動かした。

 実は俺たちは前々から顔見知りの仲である。

 顔見知りというのも、さん付けで他人行儀で呼ぶのも、すべては誰にも話せない関係性だからである。


「じゃあ、改めて言うよ。私と付き合ってください」

「……だから、俺には」

「でも振られたんだよね? それもこっぴどくって聞いてるよ? 蓮くんに言ったよね。もし凛ちゃんと別れるようなことになったら、そのときは覚悟しといてねって」


 あー言ってたなー。

 冗談だと思ってたし、凛と別れることなんてないと高を括ってたから全く気にしてなかった。


 そう。俺は前にも蘭さんに告白された。

 あのときは凛と交際し始めたばかりで勿論断ったが。

 学園のマドンナが告白して振られるなんて、双方にとっても良くないことだったので誰にも知られていない。


「実はこの機会をずっと待ってたんだ。まさかこんなに早くチャンスが回ってくるなんて思わなかったけど」


 蘭さんは俺が凛と付き合っている間も、ずっと俺の事を好きでいてくれたのか。


「でも、俺は……」

「すぐに付き合おうってわけじゃないの。ただちょっと凛ちゃんを見返したくない?」

「見返す?」

「私ってほら、一応学園のマドンナみたいだし? ラブラブなところ見せたら、きっと凛ちゃんも悔しいと思うんだよね」


 よくある話だ。自分を振った恋人を見返したい。

 降ったことを後悔させたい。

 そういう復讐心をエンジンに大成するやつは意外と多い。


「ほ、ほら、凛ちゃんが別の男の子と歩いてるの見かけたら辛いでしょ!? 惨めな思いになっちゃうでしょ!? だから、私を使って復讐してみたい?」

 

 蘭さんは必死に付き合うメリットを力説してくれた。

 確かに、凛は好きな人ができたとも言っていた。

 だったら、俺が蘭さんと付き合うのを糾弾できるやつなんていないだろう。

 ただ、すぐに代わりの彼女に乗り移ったみたいで気が乗らないだけ。


「蘭さん、俺は――」

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