命懸け一本勝負
佐楽
無茶振り
猫を避けて、電柱に激突した。
何で車道に出てきて、そのまま硬直するんだろうな猫って。
そして事故に遭い次に目覚めたときには病院のベッドの上、ではなくパイプイスに座った状態でだった。
大きな四角いテーブルとパイプイスが数脚並ぶ異様なほど真っ白い部屋に俺は居る。
まるで会議室のような配置に、きょろきょろしていると急に真っ白い壁がドア状に開いた。
「えーっと、ヨシムラタダシさんどうぞ」
Tシャツによれたジーンズを着た若い男が名前を呼ぶ。
手にはバインダーを持っており、そこにどうやら自分の名前が記してあるらしい。
「えっと、はい」
俺ですが、あなたは誰だと聞く前に男はつかつかとやってきて番号の書かれたネックストラップ式のカードホルダーを渡してきた。
「それを下げてこちらへどうぞ」
なんとなく男についていくと、そこはまた真っ白な部屋だった。
今度は会議室ではなく、スタジオセットのようだ。
奥に長テーブルがあり、三人横並びに腰かけている。
左から長い髭を蓄えた長髪の老人、円形の蛍光灯のようなものを頭上に浮かせた若い女性、大きな鳥の羽を背負った少年だ。
「仮装大会ですか?」
思わず尋ねると男は、俺を誘導しながら
「違います。そこのバミリのとこに立ってくださいね」
男に誘導されたのはその三人の目の前だ。
足元はスモークでも焚かれているのかモヤモヤしており、うっすら立ち位置のマークが見える。
急に大きな音楽が流れる。
先程まで何もなかった場所に、スーツ姿の男がぱっと現れた。
「お次の参加者は東京都からお越しのヨシムラタダシさん!生死を分けるこのチキチキモノマネ大会、どんな芸を見せてくれるのでしょうか!」
「それでは、何か一発芸をどうぞ。なお、失格の場合は落ちますのでお気をつけ下さい!」
一発芸、失格、落ちる。
「あの、質問いいですか」
ピッ、と手をあげて司会らしきスーツ姿の男のほうを見る。
「巻きでお願いしますね」
「一発芸ってなんですか」
「一発芸とはずばりそのまま、一発でやる芸です」
それはわかるけども、と続けて質問をしようとすると司会の男は遮って言った。
「なお、時間がかかりすぎても失格となります。ご注意下さい」
何故、一発芸を披露しなくてはならないのか。
疑問は多いが、長い髭の老人の咳払いに思わず慌ててしまう。
残念ながら面白さを自分に求めたところで期待はずれになるのは見えている。
全員が泥酔して、何をしても笑うような飲み会で当時流行りのギャグをやって誰も笑わなかった実績がある。
とはいえこの空気のなか、やらないという選択肢はないと本能が告げていた。
悩んだ末、俺は腹を括った。
「ヨシムラタダシ!さっき避けた猫の真似をします!」
そして俺は四つん這いになり、出来る限り硬直した猫の模様を再現した。
「失格」
無情にして簡潔な一言が言い渡される。
ブー、という音が辺りに響いた。
そりゃそうだ。
俺だって一ミリも面白いとは思わない。
パカリ、と足元が開いた。
目が覚めると、真っ白い天井が広がっていた。
ここがどこか確認したいが、首が動かせなかった。
今、俺はギプスで首を固定され横になっているらしい。
「ヨシムラさーん、お目覚めですか」
シャッ、という音がして看護士がやって来た。
看護士の話によれば、事故を起こした俺は救急車で搬送され、一時はかなり危ない状態にあったらしい。
ようやく意識が戻ったらしく、安心したとその看護士は去り際に言っていた。
窓からの風が頬を撫でる。
見えはしないが、窓の外には青い空が広がり白い雲が浮かんでいることだろう。
「お前にはまだ早いってか」
命懸け一本勝負 佐楽 @sarasara554
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます