第11話 無茶を重ねて
まだ霧が消える前、帝国騎士団が大通りに現れた時のこと。
「何だテメエら……!」
最後の一撃となる筈だった攻撃を止めたユイグは、突然現れた帝国騎士団の方を睨みつける。
首無し騎士も状況を理解してか、武器を帝国騎士団の方へと向けていた。
そんな中、アッシュは前に出て「やれやれ」と言いながら二人を交互に見る。
「まったく、仮にも心を有していながら血の気の多い奴らだ」
「武装した上、それだけ数揃えてる奴らが言えた立場ねえだろ」
重武装したアッシュ、騎士団の数を確認していくユイグ。霧と夜闇で分かりづらかったが、少なくとも三十は越える人数であった。
「我々としても無駄な損失は避けたいのでね。何しろ相手が貴様ら化け物ときた。これでも足りないかもしれないだろ?」
不敵に笑いながら左手を上げ、後方の騎士達に合図を出すアッシュ。
その合図と共に、騎士達はユイグと首無し騎士の周囲に散らばり、円を描くように二人を囲みだす。
(この首無しとの相手での消耗が多いってのに……。騎士連中もだが、特にあの女は魔力がコイツに引けを取らない……!)
「今日は邪魔者が……多い……」
今にも攻撃を仕掛けてくるであろう騎士達に警戒しつつ、先程まで向かい合っていたユイグと首無し騎士は自然と背中合わせになっていた。
そんな円の中にアッシュも入り、腰に差したサーベルを抜き、切っ先を二人の方へと向ける。
「お前達、石魔人もその甲冑も死なさない程に留めておけ」
「ハッ!」
アッシュの声と共に武器を構え、一斉に二人へと迫ってくる騎士達に、首無し騎士は両手の武器を構える。
それに対してユイグは――。
「こいつらの相手は任せる」
その場から跳躍し、騎士達の円陣の外側に降り立つ。突然の跳躍に騎士達も一瞬足の動きを止めるが、まずは首無し騎士からと再び動き出す。
「逃げるか貴様ァ!」
自分一人に騎士達を押し付けたユイグに激昂し叫ぶ首無し騎士。周囲の騎士達のことどころではなく、逃すまいと鎖鎌を勢いをつけ、ユイグに狙いを定めて大きく振り回す。
「何ッ!? うわああああ!?」
「こっちに仕掛けてるんじゃねえ!」
接近していた騎士達は鎖に巻き込まれて薙ぎ払われ、近くの店や地面に叩きつけられてしまい、ユイグは寸前でその攻撃を
「おやおや、勝手に潰し合うのか?」
嫌味ったらしく二人に告げるアッシュ。彼女も鎖鎌の動きを読んで素早く躱しており、傷一つ無かった。
「黙れェ! お前も叩き潰す……!」
「ほう。面白……い!」
一瞬で首無し騎士の目の前にまで近づいたアッシュはサーベルを振り上げ、首無し騎士も大剣で受け止める。
よっぽどユイグの行動が気に入らなかったのか、動きの一つ一つに怒りが全面に出ている首無し騎士。
そんな事など気にせず、当のユイグは荷台の方に駆け寄り、中にある物を全て地面へと落としていた。
(やはり重ねただけの両腕だけじゃ足りない。全て接続する……!)
「……ッ! 貴様らいつまで寝ている! それしきの攻撃でくたばるほど帝国騎士団は軟弱ではないだろう!」
剣を交えながらも後方の変化に気づくアッシュはは近くに転がる騎士達に声を荒げながら起こさせ、アッシュを恐れている騎士達をは傷ついた状態ながらも何とか立ち上がる。
「石魔人を抑えろ!」
「了解! 行くぞ!」
騎士達は先程のダメージが大きく、身体中に激痛が走る者も多いが、帝国への忠誠心の高さか、騎士の誇り故か、直ぐにユイグの方へと走り出した。
「石魔人はひとまず奴らに――」
「余所見をするな……!」
「おっと!」
首無し騎士はひたすら武器を振るうものの、ユイグ同様に消耗が激しいのか、一つ一つの動きの勢いが落ちてきており、攻撃を躱されてばかりであった。
「遅い!」
「ガァ!?」
大剣を躱しつつ懐へと飛び込んだアッシュはサーベルで斬り上げ、首無し騎士の身体は大きく仰け反る。
「チィ! 急がねえと!!」
荷台から落とした武器を全て騎士達へと投擲するユイグであったが、身体能力をさらに増してる騎士達の動きが一瞬止めれる程度で効果は薄い。
「させんぞ! …………ハァ!」
先頭にいた騎士の一人が、魔法を刀身に掛けて剣を振り下ろす。
するとその一振りで衝撃波が発生し、ユイグへと迫る。
(面倒なことしやがって! 仕方ない……こうなったら!)
頭上へと何かを放り投げるユイグ。衝撃波が届かぬほど高く舞い上がったそれの元へとユイグ自身も跳躍して衝撃波を躱す。
「何をやってる! あんな高さ、射って落としてしまえ!」
「ヌグゥ……! あの石魔人……」
怒鳴り指示を出すアッシュとぶつかり合い、ダメージを負いながらも首無し騎士は何かを始めようとするユイグの方へと視線を向けた。
弓や投擲のために槍を構えた騎士達はユイグへと狙いを定めて一斉に攻撃を行う。
だが、一歩遅かった。
「……接続!」
なんと上空へと投げられた何かが開き、その中へとユイグが収まっていく。
さらに大きなシルエットへと変わっていく。
「ウオラァ!」
脚を振るい矢や槍を叩き落としていくユイグ。そのまま、勢いよく地上へと降り立ち、砂煙を巻き上げる。
「ハァハァ……」
息を荒げながら騎士達を、アッシュを強く睨みつけるユイグ。
「グオォ!?」
「ふん……」
まるで巨人の拳の如く、サーベルの一撃を首無し騎士の胸部へと叩き込めるアッシュ。首無し騎士の甲冑は深く陥没し、その場に倒れ込む。
「まずは一人……おや、霧が」
アッシュが周囲を見ると大通りの霧が徐々に晴れてきていた。
そして、霧に隠されていた月光が大通りへと差し、月光に照らされたユイグの姿がハッキリと見える。
「正に人工の悪魔、石の魔人だな」
幼き子供の姿ではない石魔人らしい姿のユイグがそこに立っていた。
神殿跡で目覚め、スタブ村での戦いまで見せていた姿に近いが、その時の様な大きさではなく、2mにも届かぬ大きさであった。
「とっとと終わらせる」
静かに告げるユイグだが、姿は変われど元々の魔力消耗と急な接続故かその声は少し弱々しかった。
「フフフ……面白い。――お前達! そこに転がってる奴を連れていけ! 今なら全員でなくとも何とかなるだろ」
「ハッ!」
見下すように首無し騎士を見下ろすアッシュ。倒れてから全く動かない首無し騎士を、騎士達に何処かへと運ぶことを命じた。
「ま、待て。どうするつもりだ……」
「安心しろ。次はお前を倒して運んでやる」
首無し騎士に近づこうとするユイグの前に立ち塞がり剣を向けるアッシュ。
その隙に騎士達は十人ほど残して首無し騎士を抱えて何処かへと走っていく。
「貴様らは他を回り、あの霧を発生させたであろう首無しの仲間を探せ」
「了解しました!」
残った騎士達もアッシュの指示により大通りからいなくなり、ユイグとアッシュの二人だけとなる。
「霧も晴れたのでな。私も手早く終わらせる」
「ああ……そうかい!」
言い終わる前に右拳をアッシュ目掛けて放つユイグ。
しかし、素早く振り上げたアッシュの左手に装着された鋼鉄の籠手に受け止められ、そのまま振り払われてお互いに一度後ろへ下がる。
「やはりな。見てくれこそ変わったが、貴様の力は殆ど残ってないんだろ?」
「……だからどうした」
「投げ槍等は簡単に落とせたろうに、わざわざそのような付け焼き刃な姿になる必要があったのか気になったのでね」
実際のところ魔力さえ残っていればマシに戦えるのだが、この姿に必要な
「うるせえな。オレだって贅沢言えねえんだ」
そもそも、接続したといっても重ね着のような形であり、四肢、胴体、頭部、どれもその下に小さなユイグの身体がそのまま収まっており、取り外して接続した物ではない。
これは、スタブ村で限られた物を使ったが故の苦肉の策、万が一の奥の手でもあった。
前述の通り、使った場合の消耗等の不明点があったため、ここに来るまででの道中、かえって面倒になってはいけないと使わずじまいだったのだ。
「まあいい。どのような状態、姿であろうとも貴様の価値は中身よ」
「どいつもこいつもオレの核が欲しいとくる……!」
先程叩き落とした槍を広いアッシュへと攻撃を仕掛けるユイグ。アッシュも剣を振り、お互いの武器がぶつかり合い、火花を上げる。
「石魔人を狙う者など皆そうだ! だが、我々なら素晴らしい形で世のためにその力を役立ててやるぞ?」
「御託はいい……!」
一瞬の隙を見て槍を持った右手を後ろに下げ、アッシュ目掛けて一直線に槍を突くユイグ。
「むっ……!」
アッシュの纏う鎧に槍が命中するが、少し後ろにのけ反る程度で鎧に殆ど傷を与えておらず、槍の穂先も欠けていた。
その有様に戦いの中だというのにアッシュは溜め息を漏らす。
「こんな物ではないと分かってるが、やはり完全な状態ではないのだな」
「……黙れ」
あの時の赤カボチャを相手にした時のような情けない状況は、何よりもユイグ自身がそれを恥じて実感している。
「その気になれば、一人で大部隊を蹂躙し、都を落としたと聞く破壊と殺戮の化身。本来なら私どころかこの町そのものを滅ぼすなんて簡単な筈だろ?」
「黙れと言ってるだろ!」
三千年前の自分達の有り様については全て思い出したわけでもないが、恐らく語り継がれているのは事実であろう。
だからといって、目の前のアッシュに全て見透かされた様な言い方をされるのがとても癪に障ってしまった。
「……一撃で終わらせる」
一度思考を落ち着かせたユイグは、実力の高いアッシュへの対抗として一つの手段が思いついた。
だが、それはとても危険性を秘めていた。
(スタブ村で使えた炎熱の力……今のこの状態なら一回ぐらいなら……!)
石魔人としてのユイグの固有能力の一つである炎熱の力を使おうというのだ。
アユラが仲間になったあの日、ハツメが眠った後に一度小さな身体で試そうとしたが、思うように力を発動させれず、体温だけがかなりの高熱になるだけなので直ぐに止めた。
だが、もしかしたら、小さな身体の上に重ねた状態とはいえ力を使えるのではないかという賭けにユイグは挑もうとしていた。そもそも、ユイグがハツメとこの重ね着の身体を作ったのもそれを見越してである。
「どうした石魔人。何か考え込んだ様子で」
「静かにしていろ……。今から石魔人の力を見せてやるから」
アッシュがサーベルを強く握り、刀身が黄色く輝く。おそらくアッシュのサーベルには何かの魔法が施されており、それが今発動した。つまり、ユイグに全力で挑むつもりなのだろう。
それに対し、ユイグも赤カボチャの時の感覚を思い出そうとする。
ここに来るまでの間にアクィラが渡した紙に目を通したり、記憶の一部を整理しながら何度も自分の力について思い出そうとし、感覚である程度理解は出来た。
(出ろ……出てくれ! あの時の様に! オレなら出来る筈だろ! もう失わないために!)
ユイグの脳裏にまた記憶が蘇ってくる。スタブ村で追い込まれた時の、力が発動した様に。
――だが。
「ウ、ウウ、アアアアアア!!」
大通り中に響き渡るユイグの叫び。
白目を剥き、血管が浮く様に全身に魔力の線が走り青白く輝く。
「チッ! あの魔力でここまでやるのか!」
想像以上の変化にアッシュは少し後ろへと下がりサーベルを構える。
「アア……アアアア!」
赤カボチャを倒した直後の様に、ユイグの全身は赤い炎に包まれる。
しかし、うめき声のようなものは出すものの、あの時の様に苦しんでるような状態ではなく、しっかりと立ってアッシュの方へ顔を向けていた。
(おかしい……奴はあれだけ消耗していた筈なのにあれだけの力をどこから……?)
明らかに魔力も殆ど残っていなかった筈のユイグがこれほどの炎を出している事がアッシュは不思議ではならなかった。
そんなアッシュを見て揺らめく炎の中で静かに口を開く。
「……対象を……消す!」
「マズい!」
全身を包む炎がユイグの右腕に集まり、攻撃を察したアッシュはサーベルを振り上げる。
「消え……失せ……ろ!」
「やらせるかァ!」
真っ直ぐアッシュ目掛けて振るわれる炎の拳、サーベルによる渾身の斬撃が衝突する。
「グッ! ガアアアアアア!!」
「ハアアアアアア!!」
お互いに拮抗し合うが、直ぐに変化が現れる。
「何だと!?」
アッシュの握るサーベルの刀身が赤熱化し、溶解していく。ユイグの拳がそれ程の炎熱なのか、魔法で強化されたサーベルですら耐えきれないのだ。
「燃えつきろォ!」
「ええい! 仕方ない!」
アッシュはさらに刀身へ魔力を伝導させるが、どういうわけか直ぐにその手を離し、ユイグに背を向けて走り出した。
しかも、溶解しているためか刀身はユイグの拳に引っ付いたままだ。
「逃さんぞォ!」
「いいや! これで終わりだ!」
「何だ――」
突然ユイグを包む黄色の閃光。
そう、アッシュはもはや使い物にならないサーベルを魔力を過剰に取り込ませることでユイグを巻き込み爆破させたのだ。
こうすれば、少なくともユイグの身体は吹き飛ばし、中の核までは破壊されないと踏んでいた。
――だが。
「まさかそんな……!」
振り返りユイグの方を向き絶句するアッシュ。
何故なら――。
「ハァァァァ…………」
爆発によるダメージを何一つ受けていないユイグがそこにいた。
さらに周辺の地面を見る限り、爆発に巻き込まれた筈なのに変化は無く、まるでただ閃光だけを出しただけのような状況。
何故このような事になったのか思考が止まるアッシュだが、それが大きな隙となる。
「取った」
一瞬の間にアッシュの真後ろに移動し燃え盛る両手握り合って振り上げているユイグ。
「しまっ――」
「失せろ」
ユイグはアッシュに向かって赤い炎の両手を振り下ろす。
(大事になったな……)
大通りに駆けつけたケイドであったが、着いた途端に目の前で巨大な火柱が発生した。
しかも、先程感じた強大な魔力の反応がある。
(古代の人型兵器の力の一端……本当に兵器だ)
少しすると火柱は弱まっていき、やがて地面に黒く
それまで起きていた激戦とこの火柱の出現故か、深夜ながら町中が騒がしくなって、多くの家に灯りが出ており、ケイドは姿を見られる前にユイグへと駆け寄る。
(……仕方ない)
意識を失い身体中に罅と欠損のあるユイグ背負い、ケイドは静かに素早くその場を走り去った。
「ハァハァ……」
大通りから少し離れた路地裏、鎧の一部が焼け焦げたアッシュが近くの建物に背を当て膝をついていた。
(想像以上の化け物だ……あんなのが六体もいるのか)
脳裏を過ぎるユイグの最後の攻撃。
アッシュが寸前で躱した両手が地面へと叩きつけられ、両手から放たれた炎が地を割り、そこから高く伸び上がる火柱と化した。
(陛下に報告すべきか……? いや、先に奴を調べあげるのが先だ)
燃えたマントを放り捨て、アッシュを夜の町に消えていった。
「何ここ…」
下水道の奥の部屋の中の椅子に座るハツメは、アユラの隣に座る合成生物並みに色々と混ざったよく分からない者や部屋の状態に困惑していた。
少し前のこと。ケイドと別れて扉の奥をさらに進み、死骸まみれの部屋、下水道をさらに進んでいったハツメは奥の壁へと行き着いた。
だが、真っ直ぐ進むしか聞かされていなかったためにこれ以上はどうすれば分からなく、壁の近くを彷徨きながらダメ元でアユラの名を叫んだところ、壁の奥の部屋にいたアユラに気づいてもらって中に入れてもらい、今に至る。
「とりあえず、その……一緒にいるのはどなた?」
「あー……言っていいのかな」
部屋の主らしき存在が何者なのか訊ねるハツメであったが、アユラは答えづらいのか言葉に詰まる。
そんなアユラの肩を隣の存在が叩く
「いいですよアユラさん。最初に知ってもらった方が説明しやすいので」
「じゃあいいか……」
一息つきながらハツメの方を真剣な顔つきで見つめるアユラ。その様子にハツメも息を呑む。
「ハツメ……コイツはな」
静かな部屋の中でその名を告げる。
「
人造人間、錬金術師が生み出したと伝えられる伝説でしか知られない人造生物の一種。
それがアユラの隣にいる存在だというのだ。
「まさか……貴方が……」
驚きを隠しきれない表情でハツメは人造人間ツヴァイに視線を向ける。
城塞都市ハーゲルンと人造人間。
そこに隠された謎が明かされる時が近づいてくる。
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