第10話 首無し騎士と白いオバケ

 濃くなっていく霧を物ともせず、帝国騎士団を率いるアッシュ。彼女は距離はあるものの何かぶつかり合う音の聞こえる大通りを目指していた。


「ところでお前達はこの城塞都市をどう思う?」


 こんな状況の中、アッシュは騎士達にこのハーゲルンについて訊き、騎士の一人が返事をする。


「はい!とても広く、修繕されてる箇所があるとはいえしっかりとした形で残ってる立派な町かと」

「立派……立派か。見てくれだけならそうだな。ハハハハ!」

「どうしたんです隊長?」


 歩きながら大笑いをするアッシュの姿に騎士達は戸惑いを見せる。

 それもその筈だ。アッシュは気付いた上で質問してるのだから。


「だっておかしいじゃないか? なんて。」

「確かに……せめて山や砂漠、森の奥等、目立ちにくい、攻めにくい場所に建設しますからね」


 普通に考えたら明らかにおかしい場所にある城塞という点を言うアッシュに、頷いた騎士の一人が反応した。


「それでは何故この様な場所に城塞があるのですか?」

「歴史学者の中には昔はどこかの部隊のキャンプだった場所が時を経て要塞になった等と抜かす者もいたが、そんな訳ないだろうな」


 大通りへと向かう足を早めながらアッシュはさらに続ける。 


「この場所をわざわざ選んだんじゃない。んだ」

「ですが、こんな土地ではいけない理由等何かありましたでしょうか?」


 ただ命じられるままアッシュに付いてくるだけの騎士達には到底理解出来なかったが、アッシュは小さく笑みを浮かべる。


「だからこそ、これからのではないか」






 少し前のこと――。

 町中の霧が濃くなっていく中、大通りの中心で

対峙し合う石魔人と首無し騎士という異様な光景。


(荷台を車輪付きにして使える物は持ってきたが、こんなのがいるなら洞窟で一通り試すべきだったか……)


 近くに持ってきた荷台の方へと視線を向けて少し後悔するユイグ。

 強大な魔力を放つ相手を目の前にし、せめて状態の良く、比較的扱いやすい二本の長剣を装備していた。


「邪魔……だ……!」


 首無し騎士は左足を上げ、勢いをつけて地面を踏みつけて地面を大きく揺らす。


「くるか……!」


 何かを察したのかユイグはその場から大きく跳び上がる。

 その時、首無し騎士の左足の踏みつけた位置から今正にユイグの立っていた場所へと大きな亀裂が生じる。ユイグはこの攻撃を予測していたのだ


(間一髪だったか……それにしても何だあの威力は)


 地面へと降り立ち首無し騎士を見つめるユイグ。

 左足を地面へと踏みつけた状態で動きが止まっている不気味な状態であった。


「グ……ググ……」

(追撃は来ないか……? ならこちらも仕掛けるか……)


 右手に古びて色褪せた大剣、左手には錆ついた鎖鎌という装備で固めている首無し騎士であったが、今の攻撃で大きく消耗したのか、反動か、今すぐ攻撃してくる気配がない。


 それを攻撃のチャンスと見たユイグは剣を振り上げる。


(……そこ!)


 一瞬で攻撃の間合いまで接近し、勢いよく剣を振り下ろす。


「ヌッ……!」


 身動きを取らなかった首無し騎士は、甲冑の肩から胸元にかけて二本の刀身に斬られ声を上げる。

 だが、それでもなおほんの少し身動ミジロぐだけで、甲冑の切れ目から血が流れることもない。


「ハアァ!」


 それでも攻撃の手を緩めることもなく、ユイグは左手の剣を甲冑の胸元目掛けて真っ直ぐ突き、甲冑をも貫いた。


 だが……。


「何ッ!?」

「これで満足か……?」


 静かに剣を持つユイグに告げる首無し騎士。

 剣は確かに甲冑を貫きはしたが、その刃はそれより先に届く事は無く、何かの力により刀身全体に罅が入っていた。


 そして、ユイグが剣に意識が向いている隙に首無し騎士は右腕にを横から後方へと振っていた。


「しまっ――」

「ガッカリだ」


 目にも留まらぬ速度で振られた右腕による大剣の一撃がユイグを襲う。

 甲冑に突き刺さったままの大剣はユイグの手から離れ跡形もなく粉砕され、その一撃が腹部へと直撃した勢い良く吹っ飛ばされる。

 そのままユイグは首無し騎士の左手にある店に衝突して壁すら突き破り、店の中にまで突っ込んだ挙げ句、倒れた棚や鎧等の商品の下敷きになった。


「メチャクチャしやがる……」


 上に乗った物を振り払いながら起き上がったユイグ。

 念の為に周囲を見渡すが、運が良かったのか、店に物こそあれど人は住んでる気配は無く、そのまま店の外へと飛び出す。


 頭は無いものの、身体だけはユイグの方に向けている首無し騎士だが、先程のように追撃する気配はなかった。


「そんなものか……? これならでも大丈夫だったか……?」

「こうなったら……!」


 一瞬、首無し騎士が妙な事を言っていたがユイグにはそれどころではなく、何かを決意したのか荷台の方へと駆け寄る。

 剣を地面へと突き刺し、荷台の中を漁り出して何かを見つけたユイグは、荷台の中に両腕を突っ込んだ。


 そう、これから何かをするのだ。


「ハアアアア…………フンッ!」


 両腕を引っ張り出し、指を鳴らすユイグ。


 しかし、その両腕は先程のような子供と変わらぬ細い腕ではなく、前のような大柄な姿の時に近い名が太い腕になっていた。

 その変化に首無し騎士も反応を示す。


「腕……変えようとも……」

「見てくれだけだけかどうか見せてやるよ」


 右手に剣を持ちつつ、首無し騎士へと高速で急接近するユイグ。

 先程と違い、首無しは既に大剣を振り上げ、反撃の構えを取っていた。


「今度は叩き……潰す……!」

「そう簡単にやられるかぁ!」


 お互いに遅れを取らず高速で腕を振り、双方の剣がぶつかり合い、激しく火花を出す。


「うおおお……!」

「むっ……!」


 剣を持つ腕に力を込めていた首無し騎士であったが、ユイグの腕の力も先程よりも力強くなっており、ややユイグが押していた。


「オオオラァ!」


 さらに力を込めて押し勝ち、そのまま大剣を上空へと吹っ飛ばすユイグ。


「まだだ……!」


 だが、首無し騎士もそこで怯むこともなく、右手の拳を握り、左手の鎖鎌の柄を持って両手をユイグに向かって振るう。

 ユイグも左拳と剣を持ったままの右手を構え、両者の攻撃がぶつかり合う。


「グオオォォ!」

「ハアァァァァ!」


 拳と拳、剣と鎖鎌、それぞれの攻撃がぶつかり合う度に地面が揺れ、衝撃音が走る。

 お互いに隙すら見せぬ猛攻の嵐、攻撃を避けても、その衝撃で近くにある露店は容易く吹き飛び、地面は陥没する状況であった。


「ウオラァ!」

「グッ!」


 ユイグの渾身の左拳が甲冑の腹部に叩き込まれ、首無し騎士はその場で膝をつく。


「これが石魔人の力……一度は失望しそうになったが……どうやら通りだった」


 目の前の首無し騎士が自分が石魔人について気がついてることに警戒し、追撃をかけず、一度後ろへと下がる。


(……待てよ、聞いてた? ――――まさかコイツは……)


 首無し騎士の発言から何かに気がつくユイグ。

 そんな事を考えてる間に首無し騎士は再び右手に大剣を持ち直していた。


「どうした……俺はまだ終わらんぞ……」


 大剣の切っ先をユイグへと向けて戦いの続きを行おうとする首無し騎士であったが、ユイグには戦い以上に気になる事があった。


「ちょっと待て。お前はもしかして」

「俺の素性……貴様に関係はない」


 得体の知れない首無し騎士の正体について何かに気がつくユイグ。しかし、首無し騎士はまるで聞く耳を持たず、武器を構えながらゆっくりとユイグへと近付く。


「しかし……勘付かれても面倒……もう終わりだ」

「これなら言うんじゃなかったな。ならばオレも決めてやる!」


 両者それぞれ剣を天へと掲げ、力一杯ちからいっぱい込めて最後の一撃を放とうとする。


 だが、その攻撃は放たれる事は無かった。


「おやおや? 我々の期待通りの奴もいたが、まさかの石魔人もセットときたか」


 騎士団を率いたアッシュがその場に姿を現したからだ。






 一方その頃、ランプを片手にアユラを捜索するため、霧が濃くなっていくハーゲルンの西側走り回るハツメであったが、まるでアユラの手がかりが見つからず、少し霧の薄い裏通りにいた。


(あんな事言っておいて全然見つからない……。今あの子がどうなってるかも分からないのに……!)


 大声で名前を呼ぶわけにもいかず、裏通りを進むハツメ。早く見つけたい気持ちはあれど、不安と体力の減りによりその足は段々と遅くなっていく。


 そんな中、裏通りの行き止まりであるアユラが入った扉のあった石壁の前に行き着いてしまった。


「こんな所来るわけないわよね……」


 既に石壁は元の状態に戻っており、何も知らないハツメにとってはただの壁でしかなく、直ぐに引き返そうとした。


『ちょっと待って』

「えっ……?」


 背後から聞こえてくる謎の声にハツメは石壁の方へと振り返る。


「――――嘘……?」


 その目に映るものにハツメは言葉を失う。


 全体的に淡い白だがとても見たことのある懐かしく、会いたかった、あの日喪われた大切なの姿。


「照音なの……?」


 前世で亡くしたたった一人の妹、宝遠寺照音の姿がそこにあった。


「私よ! お姉ちゃんよ! ねえ!」


 つい冷静さを失い大声で語りかけるハツメであったが目の前にいる妹は不思議そうに首を傾ける。


「君には僕がの?」

「――えっ?」


 妹と思われる存在はハツメに妙な事を問い返す。

 その言葉に冷静さを取り戻したハツメは大きな違和感に気がついた。


 目の前にいるそれは白いこそ妹の照音の姿をしていたが、それ以外にも身体全体が少し透明であり、膝から下に関しては完全に透明となっていた。

 まるで、アユラから又聞きして知った怪談に出てくる白いオバケだった。


「……貴方が妹に見える」

「やっぱり。こないだの子はお父さんとか言ってたけど」

「……そういうこと」


 先程と同じ様な発言にハツメは確信してしまった。

 あくまでハツメの目には目の前の存在が照音に映るだけであって、実際は照音ではないことを。

 そして、この白いオバケは今の発言からして見る者によって見知った別の姿に見えるのではと推測した。


「それで何者か知らないけど何の用なの……。私は忙しいの」


 照音ではないと察したハツメは、つい苛立ちが声に表れる。


「もう少待って。直ぐにあの人が来てくれる」


 そんなハツメの様子を気にすることなく、白いオバケは石壁を指差す。


「あの人って……」

「知ってる人だよ。それに」

「貴方、身体が!?」


 白いオバケの身体は徐々に薄く、透明になっていく。


「今日は時間切れ」

「まだ聞きたいことが――」


 しかし、ハツメが言い終わる前に白いオバケの姿は完全に消えてしまい、それと同時に白いオバケのいた地点を中心にしたかのように霧も消えていく。


(何だったのよ……。それよりも知ってる人って?)


 誰がこの場に現れるか考えるハツメであったが、それどころではない事が起きた。


「何あれ……」


 突然目の前の石壁が上へとせり上がりだしたのだ。

 咄嗟にハツメは近くの物陰に姿を隠し、石壁で何が起きるのか様子を見る。


 そして、石壁に隠されてた扉が現れ、扉の中からケイドが現れた。


「ケイドさん!?」

「あれ、君は?」


 まさかのケイドの登場につい立ち上がってしまい、姿を目撃されてしまうハツメ。

 ケイドの方もハツメがこの場にいたことに少し驚いていた。


「扉の奥で何してたんですか?」

「うーん。……あっ」


 とりあえずケイドに近づき問いただすハツメであったが、そんなハツメを見て何かを思いついた様子を見せる。


「知りたいなら丁度良い。私の代わりにあの子達の元へと行ってくれないか?」

「なんですか急に頼みって。……あの子達?」

「一人はアユラちゃんだよ」

「ええ!?」


 いきなり頼み事をしてくるケイドに戸惑いを隠せないハツメであったが、アユラの名前を出された事に驚き、また大声を上げてしまった。


「どうしてアユラちゃんがいるんですか!」

「まあまあ落ち着いて。一緒にいる子も悪いようにはしてない筈だから。それよりも早く行かないとまた壁が下がるよ」

「あっ!」


 既に扉より少し上まで下がってきている石壁にハツメは気づき、咄嗟に扉まで駆ける。

 なんとか石壁が降りる前に扉を開いて中へと入り、その直後、再び石壁が扉を覆い隠してしまった。


「……待っててね。アユラちゃん」


 離れていてやや聞き取りづらかったが、ハツメは扉入る直前にケイドが「奥の扉を真っ直ぐ行けば」と声を聞いたため、アユラが辿ったものと同じ道を辿っていくこととなる。






 扉にハツメが入ったことを見届けたケイドはモノクルを右目に掛け、周囲を見渡していた。


(魔力の残滓、がまた霧を出したのか)


 何やら霧と白いオバケについて知っている様なケイドであったが、直ぐに大通りの方角へと視線を向ける。


(……何かが起きている)


 大通りで起きている事を察したのか、ケイドはその場で大きく跳躍して近くの家の屋根に登る。


「何だアレは……?」


 霧も晴れ、夜の闇に包まれるハーゲルン。

 小さな灯りこそいくつもあれど、明らかに異質でハッキリと見えるそれがケイドの目に映っていた。






 ハーゲルンの城のテラス。

 町長はテラスから大通りの方角を見下ろしており、その顔は冷や汗を垂らし、険しい表情を浮かべていた。


「なんてことだ……。あり得たとはいえ……」


 その手に持つワイングラスを落とし、震えた声を出して現実を直視する。


「やはり、この町は……城塞は……があるのか」


 大通りから高く伸び上がるを目にしながら、町長は一人嘆いていた。

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