第9話 動き出す者達

 民宿の一室にて、ランプの火を灯しながらハツメは日記を書きながら、これまでの事を振り返っていた。


(ユイグやと出逢ってから色々とあって、アユラちゃんにも出逢えたけど、ユイグ自身については分からないことばかり)


 日記に挟んでいた古びた紙、アクィラがハツメに渡したあの紙を見ながら一箇所に目を通す。

 そこには石魔人の能力について記載されており、細かな詳細までは書かれておらず、ハツメも何度も見返している箇所である。


(魔法を使えない石魔人達が魔力を変換させる事は分かった。そして、それで可能とされる炎熱の力はきっとユイグの力の筈。……だけど)


 広場での戦いで見せた激しく赤熱化し、その後燃え上がったユイグの姿がハツメの脳裏を過ぎる。

 今のユイグの身体は材料足らずで作られたところもあるので、再びあの力が抑えられなくなったらどうなるかハツメは不安であった。


(いざとなればを使えればコントロール出来るかもしれない。だけど、絶対とは保証出来ない。出来たらこの町でそんな事起こらなければいいけど)


 隣のユイグの泊まる部屋に置かれた荷物。その中にある物の事を考えるハツメであったが、それがちゃんと機能するか分からない以上、出来ればそれを使わずに済むことを祈るばかりであった。






 学者のケイドを追って石壁に隠された扉を見つけたアユラ。

 扉を開き、その先にいるケイドの目的を知るためアユラは薄暗い空間の中、地下へと続く階段を降りていた。


(あの男といい、この町といい何よこれ……)


 知りたい心と不安が入り混じる思考でアユラはただ足を進める。

 そう長くないのか少し降りるだけで階段の下に明るい空間が見えてきたが、それと同時に強くなるものもあった。


「臭っ」


 強烈な刺激臭である。扉を抜けて直ぐは外と違った小さな臭い程度で堪えられていたアユラであったが、降りれば降りるほどにその臭いは強まっていくため、遂に声が漏れてしまった。


 なんとか下まで降りてきてアユラが目にしたのは古い石造りの部屋であり、その広い部屋に息も詰まるような光景が広がっていた。


(どうりで臭いがキツイわけ……!)


 部屋のいたる所に様々な動物、魔物の死骸が散乱していたのだ。腐肉には虫がたかり、白骨化した死骸は少し触れただけだ崩れそうな状態のものばかり、その多くに切り傷、刺し傷が残っていた。

 この様な死骸が数え切れない程あり、足の踏み場が殆ど無かった。


(何でこんなにも沢山……)


 鬼人とはいえまだ若いアユラは腐った死骸の臭いには慣れておらず、鼻を押さえながらも近くに転がる、まだ状態がそこまで悪くない魔物の死体へと近づく。


「どれも同じような刃物でやられてる……? 一回戻った方が……」


 一度その場を離れようと階段に向かって歩き出そうとしたその時だった。


「頭を下げて!」

「えっ……うわっ!?」


 咄嗟に後方から聞こえる声通りに頭を下げるアユラ。

 頭を下げた瞬間、その頭上を刃物が飛んでいった。


「え、ええ!? ってあれ何!」


 刃物の飛んできた方角をアユラ見ると、そこには木製仕掛けの古い型と思われる絡繰人形。自立式人形オートマタが立っていた。

 自立式人形にに襲われたのか、肩から血を流しているケイドが直ぐ近くに横たわっている。


「お前何してんだ!」

「いいから逃げて……」

「しゃあないな!」


 両手の先に付いている鉄の鎌を構え、今にもケイドへ止めを刺そうとしている自立式人形の姿を見たアユラは、居ても立っても居られずに近くに落ちている長めの魔物の骨を右手に持つ。


「アンタ一体ぐらい!」


 骨を持って自立式人形へと迫るアユラ。運が良いのかケイドの方を向いたままであったため、接近は容易であった。


「おりゃあ!」


 渾身の力を込めて自立式人形の頭部に向けて骨を振り下ろす。


 自立式人形は頭部から粉砕され、そのまま胴体深くまで骨は届いていき、その場に倒れ込んだ。


「おっしゃあ! 舐めんじゃねえってのよ!」


 まだ年若い子供とはいえ流石鬼人なのか、ユイグ程ではないが、アユラには並の兵士以上の力があるのだ。


 自立式人形が再起動しないことを確認したアユラはケイドの肩を持って身体を起こす。


「何してんだよ本当……」

「いや悪い。どうやら死骸に隠れていた様だ」

「うわっ、マジだ」


 よく見ると自立式人形の各部には死骸の腐肉が付着しており、どうやらケイドの言うことは本当のようだ。


「それよりも君は本当に鬼人だったんだね」

「やっぱり気付いてたんだ……だから何だよ」


 鬼人だと知られてた事がハッキリしたことに、ケイドが負傷してるとはいえアユラは警戒を強める。

 しかし、そんなアユラの顔を見てケイドは優しく微笑んでいた。


「いや……別に鬼人だからとはいえ突き出したり捕えたりはしない……ただ、君に頼みがある……」

「頼み?」

「これを持って……真っ直ぐ先に」


 ケイドは家から持ち出した大きな鞄を指差し、コートのポケットから取り出した古びて錆びたコインを渡す。


「でもアンタを先に安全な所連れてかないと!」

「一人で大丈夫……それよりも早く……!」

「……ああもう! 分かったよ!」


 とても一人で動けそうにないケイドの体調の方が気になったが、ケイドの真剣な眼差しに断るわけにもいかなく、その場にケイドを下ろして鞄を両手に持つ。


「本当に無理すんじゃないぞ!」

「ああ……」


 部屋の奥にある扉を開き、その先へと走り去るアユラ。ケイドはその姿を静かに見送る。


 そして、


「さあて、それじゃあ出てきてくれたまえ。他にも隠れてるんだろう?」


 周囲の死骸をほくそ笑みながら見渡すケイド。

 すると、死骸を破ってその下から先程と同じ型の自立式人形が次々と姿を現す。


「律儀に待ってくれて助かるよ。あの鬼の子には流石にこの数は相手出来ないだろうからね」


 ケイドはコートを脱ぎ去ると、コートの下から破れた血糊チノリが落ちてくる。


の相手は彼女が代わりにやってくれるからね」


 鎌を構えながら少しずつ近づく自立式人形の事よりも、先を行ったアユラの事をケイドは気にかけていた。






 死骸だらけの部屋を抜けた先は下水道が広がっており、扉の先は下水道横の細長い真っ直ぐの道へと繋がっていた。


「本当最悪! さっきから臭い所続きじゃん!」


 文句を垂れながらもケイドに言われた通り真っ直ぐ走るアユラ。あまりの臭さに鞄を手放して去りたくなったりもしたが、その度にケイドの事を思い出して進んでいく。


「そもそもウチがこんな物運ぶ羽目になるんだよ! ――痛っ!」


 上を見ながら大声で叫び走ってしまったためか、アユラは目の前の壁へと激突する。


「行き止まりってふざけんじゃないわよ! ……あっ、もしかして」


 目の前の壁をよく見ると小さな丸い窪みがあり、先程ケイドから渡されたコインの事を思い出す。


「せっかくの新品なのに……。早く終わらせて洗おっと」


 大通りで買ってからずっと着用し、もう腐臭が染み付いてきた短パンのポケットからコインを取り出し、窪みへと押し込んでみると綺麗に嵌まった。


 コインが嵌め込まれると、壁は横方向へとズレていき、また扉が現れる。

 二度も見た壁の仕掛けと扉の出現にもう慣れたのか、アユラは特に反応を見せることなく扉を開く。 


「どれどれ。何だここ」


 扉の中へと入ると、そこには薄暗い部屋が広がっていた。


 薄暗いながらもある程度は視認出来、広さは先程の部屋の半分程のようだが、そこら中に色々と置かれているのか少し進むだけでアユラは近くの物にぶつかる。


「明かりになる物持ってくればよかったわ……」


 ひとまず下手に動かないようにアユラがその場で立ち尽くしていると――。


「ごめんなさい。今灯りを点けますので」

「えっ!?」


 突然部屋の中から聞こえた誰かの声にアユラは大声を出して驚く。


 すると、直ぐに部屋中が明るくなり、明るくなった部屋を見たアユラはさらなる驚きが続く。


「何……これ?」


 まず目についたのが大量の薬品の瓶、そして、大量の書類、医療器具、棚に収められた様々な石の数々、服を並べるように綺麗に並べて飾られてる様々な動物、魔物の皮や部位。

 まるで何かの研究室のようであった。


「初めて見るけど、わざわざを持ってきたのなら信用出来そうですね」

「どこにいるのさ! 姿を見せろ!」


 再び聞こえてくる声の主に怒鳴るアユラ。ただでさえ怪しい部屋の中でアユラの警戒心は高まっていた。


「すいません。少しお待ちを」

「……分かった。……ん?」


 様々な皮等があってよく見えない部屋の奥から物音がしてくる。

 何かを釘で打ち付けてるような音等がしてくるが直ぐに止み、そこから物を退かしながらアユラへと近づく存在があった。


「何がいるんだろ……」


 どうやら声の主らしく、重く、何かが滴るような、鎧がぶつかり合うような音を立てながらアユラの前に出てその姿を見せる。見せるのだが――。


「えっ」

「初めまして。おや? どうしました?」


 いざ姿を現すと、それを見て固まるアユラに声の主は何だが分からない。


「……その姿」

「ああ、これですか。まあ大したことないですよ」

「流石にそれは……」


 アユラがこの様な反応するのも無理は無い。

 それだけ目の前に現れた声の主の姿への理解が追いつかないのだ。


 確かに音の通し、声の主は全身に白い甲冑を身に纏っていた。


 それだけなら良かったのだが、と、合成獣キマイラでもなかなか見ない容姿をしていたのだ。


 しかしよく見ると、各部位は釘や強力な接着用の液体で無理やり繋いだ様な痕があり、ますます声の主の理解の出来なさが際立つ。


「それよりもケイドさんに何が?」


 兜が揺れながら声を発し、アユラももう気にするだけ無駄と判断したのか普通に接する。


「怪我してさ、ウチが代わりに行けってさ。参っちゃうよね」

が怪我を?」

「どうしたの?」

「いえ、何でもありません。それよりもこちらに」

「あっ、うん」


 近くの台の上の書類を雑に床へと落として台の前に椅子を置いてアユラを座らせ、声の主も台の向かい側に椅子を置いて座る。


「私の元に行かせたという事は貴方なら教えても大丈夫という事でしょう。この町の秘密を」

「町の秘密? もしかしてこの町の怪談と何か関係あんの?」

「なくは……ないですね」


 意味深に話す声の主は、幾つかの古びて色褪せた紙を台の上に置いていく。

 それぞれ、何かの説明と絵が描かれていた。


「お教えしましょう。私がこんな所にいる理由を……」






 一方のユイグは、アユラを探し民宿周辺を走り回っていたが、どういうわけか鬼人であるアユラの魔力を全く感じることが出来ず、どうすればいいかと灯りの消えたケイドの家の前で立ち止まっていた。


(アユラにまさかの事があったとは思えるが、何処にいるか分からないと動きようがない……もしやこの家か……?)


 監視を任せていたケイドの家に手掛かりがあるのでは足を踏み入れようとする。


『駄目だよ、入っちゃ』

「誰だっ!?」


 突然ユイグの脳裏に響く幼子のような声に足は止まり、後ろへと振り返る。


 すると、先程まで澄み切っていた町の中に霧が漂いだしてきた。


(何が起きてる……)


 どこから発生したのか分からない霧の出現にユイグは警戒し周囲を見渡す。


(強力な魔力反応……! しかも此方に向かっている……!)


 霧の発生と同じタイミングなのか、町の西側から強力な魔力反応を感知したユイグ。

 何が起きるか分からない状況と判断したユイグは大きく跳躍し、ハツメの部屋の窓の外へと飛び移り力をやや抑えて窓を叩く。

 まだ寝ていなかったためか、ハツメは直ぐに気が付き窓を開く。


「どうしたのユイグ……? って何この霧!?」

「オレにもよく分からない。だが、アユラがケイドのおっさんの監視してたら消えていてた」

「アユラちゃんが!? 待って私も探しに行くから!」


 直ぐに部屋から飛び出しそうなハツメの腕をユイグは掴む。


「待て。霧と一緒に町の西に大きな魔力反応が出た……。しかも、あのカボチャ野郎と蜥蜴野郎足しても届かない程のだ。それがこっちに近づいている」

「そんなのがいるの……!?」


 目覚めてから戦った者達を軽く凌ぐ魔力反応の持ち主の存在。今のユイグにとって危険極まりない存在だ


「何か嫌な予感がする……。出来たらアユラの捜索を続けたいが……。」


 今起きてる事の多さに、ユイグはどう動けばいいか悩んでいた。

 そんなユイグの手をハツメは優しく握る。


「そっちが気になるんでしょ……? 安心して。アユラちゃんは私だけでも捕まえるから」

「でも今の町に出るのは!」

「間に合わないのはもう嫌なの……!」

「ハツメ……」


 心からの言葉で返すハツメの言葉にユイグは手を離す。

 スタブ村の一件の後だからこそ、ハツメが手遅れになるのはどうしても避けたいのはユイグも理解していた。


「分かった……。だが、最悪の場合は使える力を全部使う……」

「無理しないでね」

「お互いにな」



 その言葉を最後にユイグは近づいてくる存在に、ハツメはアユラを探しに部屋を飛び出す。


(やっぱりアレが必要になるかもしれないわ)


 心の中でハツメはユイグの無事を強く祈った。






 時は少し遡り――。


「まさかお前の正体って……!」

「そうです。私、いえ、――」


 声の主が何者なのか知ってしまったアユラ。


「隊長! この霧は一体!?」

「狼狽えるな。まさか、向こうから出てくるとは嬉しいよ」


 町に発生した霧から何かを察して笑みを浮かべる帝国軍隊長アッシュ。


が出てきたのか……。地上に戻らねば」


 破壊され尽くした自立式人形達を背に部屋の天井を険しい表情で見上げるケイド。






 そして現在。


 人のいない大通りの真ん中にて相対する二つの人影。


「何者だお前」


 一人は両手に長剣二本による二刀流で構えて目の前の存在を見るユイグ。


「……消す」


 もう一人はボロ布のマントに身を包んだ紫色の甲冑で全身を固めた


 首無し騎士デュラハンであった。

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