第8話 ハーゲルンの夜
夜の町には気をつけろ 子供は一人で歩くな
夜の町には気をつけろ 年寄り外で眠るな
夜の町には気をつけろ 黒猫泣いたら直ぐに帰れ
町の地下には入るなよ 白いオバケがお前を食うぞ
「どうだい怖かったろ?」
「いや……ウチらはこの町の事よく知らないから、何の事なのかもよく分からないんだけど……」
露店の土産物屋の老婆は店に訪れたアユラを怖がらせようとこの町に伝わる話をしたが、この町の者ですら無いアユラにとってはそれ以前の話であった。
「それなら仕方ないかねぇ。ハーゲルンの怪談って言うんだけど、この町のちびっ子共はこの話をしただけで夜は布団から出なくなるんだよ嬢ちゃん」
「ふーん。まあ良い暇つぶしにはなったよ。ありがと婆ちゃん」
「迷子には気をつけなよ~」
手を振るアユラに老婆も笑顔で手を振り返す。
様々な商店が立ち並び、道端には露店も多いハーゲルンの正面に長く真っ直ぐ続く大通り。
馬車に乗せてくれた中年の男と町の入口で一行はこの大通りへと来ており、ハーゲルンでも特に人の多い事で有名な場所のためか、夕方でありながら人混みも多く賑わっていた。
「おーい。戻ったぞー」
土産物屋から戻ってきたアユラがハツメの元へと勢いよく走ってきた。
「早かったわねアユラちゃん。何か良いものあった?」
「いや特に無かったかな。どうせこんな時間だしまた日中来たらいいんじゃない?」
「まあ別に変に目立たないなら構わないけど」
この大通りにユイグとアユラの服を買いに来ていた一行だったのだが、服を買って着替えたアユラが、ついでに自分に見合う装飾品が無いかと一人で店を回りだして今に至る。
「ところでユイグは?」
「武器屋に行くって。洞窟で武器壊されたのもあったから、ここでしっかりとした武器を探したいらしいわ」
ハツメの視線の先にある建物の武器屋の外にユイグの姿があった。
どうやら外に飾ってある色んな武器を見ているらしいが、店の中から店主らしき男が出てきてユイグに何かを言っている様子だった。
「遠目でも大体想像がつくわね……」
アユラは何があったか察し、呆れて額に右手を当てる。
「あら戻ってきた」
とても苛立った様子のユイグが一歩一歩力を込めながら踏みしめて二人の元へと戻ってきた。
「あの店主の奴、チビに武器なんか売れるかだとよ。腹立つ……」
ユイグは店の中へと戻っていく武器屋の店主を強く睨みつける。
未だに慣れていない様子だが、他人にとっては子供にしか見えないユイグが武器を買えるはずもなかった。
「だから言ったじゃない……。私が付いていこうかって」
「もういい。どうせ大した武器はない」
実際にそこまで良い武器はなかったのだが、今の不貞腐れた表情のユイグは周囲の人には駄々をこねる変わった子供に映るだろう。
「とりあえず宿に行きましょ。もう辺りも暗くなってきたわ」
「他の店も閉まってるからな」
「ウチらも今んとこ行くとこも無いもんね」
一行は大通りから東の方にある宿屋へ向けて歩き出す。
ふと、ユイグは近くの建物の大きくヘコんだ跡や、不自然に折れ曲がった標識が目に入った。
(まるで何か強い力持った奴にやられた様な…… いや、それよりも……まさかな)
少し気がかりではあったユイグだが、日も暮れてきているため今は深く考えないことにした。
「本当だだっ広くて騒がしい町ね。大都市程では無いけどそれでもでっかい方よ」
「少しは黙って前歩け」
時折、後ろの方を歩く二人の方を見ながら歩くアユラをユイグは注意する。
「まあまあ。人がこうも賑わう事に関しては帝国の管理下だからでしょうね。そのおかげで安定した商売もしやすいの。そういえば二人には帝国についてまだ話してなかったわね。帝国というのは……きゃあ!」
ハツメが道端に落ちてる石に足を引っ掛けて転倒しそうになる。
しかし、ハツメは転倒する前にガッシリとした大人の腕によってその身体を支えられた。
「大丈夫かい?」
「はい! ありがとうございます」
なんとか体勢を立て直したハツメは、自分を支えてくれた者に頭を下げ礼を言う。
「町中で転けた人がその際に落とした物を盗まれる事がよくあるからね。気をつけなさい」
「次から足元をもっと気をつけます……。ところで医者の方でしょうか?」
その者は眼鏡を掛けて緑色の髪を後頭部で束ね、学者の着るような白衣を身に纏った長身の男であった。
「医術の知識は無くは無いけど残念ながら不正解。私は考古学、歴史学を研究してる
「へえ。学者さんなんですね!」
学者であると知り、この男と縁を作っておけばこの先必要な情報が入るのではと直感的にハツメは考えた。
「お嬢さんはその手の分野に関心がお有りで?」
「まあ詳しくはないのですが興味があるにはあって――あっ、私はハツメ、ハツメ・フォーエッジ。妹と弟と旅をしています」
二人を紹介されてじっと見つめる男の視線がアユラと合う。
「何よ」
「いや、まさかね。フフフ……」
小さくケイドが微笑んだ様子であったが、アユラはただ男から距離を取りながら睨みつける。
「私はケイド・ブラウニー。ところで今夜眠る宿は決まってるのかい?」
「いえ、これから見に行こうかなと」
「それなら宿丁度私の家の隣にあるからそこに案内しよう。安くしておくように話を通しておくから」
「それは有り難いのですが、二人はどう?」
「オレはいいけどよ別に……」
どこか不機嫌らしく、ユイグはケイドと仲良く話すハツメの様子を見て苛々した様子で、アユラの方もケイドに警戒してるのか先程から殆ど口を開かず、無言で首を縦に振る。
「あはは、大丈夫そうなので是非ともお願いします」
そうして学者のケイドの案内の元、ハーゲルンの北西部にある民宿へと訪れる。
民宿の主人と親しいケイドが話を通した事でハツメに行った通り格安でなおかつそれぞれ個室で泊まれる事となった。
夕食を終えた一行は二階のユイグの泊まる部屋に集まっていた。
「しかし、とっとと家に帰っていったなあの男」
窓の向こうに見えるケイドの家は薄暗く、一階の一室がボンヤリと明かりが見えるだけであった。
そんな部屋を窓越しでアユラが怪しむ視線で見下ろしていた。
「優しいのはあるかもしれないけど、あの男に気を許さない方がいいと思う」
「どうしたアユラ。さっきから様子おかしいが」
「そうね。聞き耳立ててる人間もいないからいいか」
念の為にカーテンを閉じて部屋の鍵をかけ、周囲の安全を確認するアユラ。まるで何かに警戒している様子だ。
「単刀直入に言うわ。あのケイドって奴、ウチが鬼人だってことに気づいてる」
アユラの口から飛び出す言葉に二人は驚きの声をあげそうになるが、アユラの表情を見るに騒ぎ立てるのはマズいと何とか抑える。
「――やっぱり帽子が無理あったのかしら……」
「それはどうだろう……。角も目の色も誤魔化していた。だけど、あの感じは何か別の点で気づいた様子だった」
鬼の勘だろうか、アユラにはケイドが容姿以外で自身の事が分かった気がしてならず、頬に冷や汗が垂れる。
「本当にアユラの事気づいたならその時だ。ひとまず下手に情報漏らさない方が良いだろうが」
「そうだな……うん」
「それにもう夜は遅い。町の情報だって少ないんだから明日にしよう」
今日のところはここで話を切り上げ、また何かあれば後日話す事になったのだが、どうしても不安で眠れないアユラは今夜はユイグと共に一夜を明かすことになった。
睡眠こそ取るものの、鬼人は通常の人間と違って睡眠が然程重要ではないため、起き続けるぐらい問題ない。ただ、アユラはまだ若い成長期の鬼人なため出来るだけ寝ていた方がいいのだが。
先程の話があったためか、ユイグは腰を下ろしアユラと共に民宿の屋根の上から静かに隣にあるケイドの家を見下ろしながら監視をしていた。
深夜になっても同じ部屋の明かりの付いた部屋の様子は変わらず、これといった変化も無かった。
「ここを外す。なるべく早く戻ってくるから代わりに見てろ」
「えぇ、面倒くさい。まあウチが言いだし仕方ないな……」
「何かあっても勝手に動くなよ」
軽くアユラに注意し、窓から自分の借りた部屋へと入るユイグ。
「まあやることなんて特には……あっ」
監視を任された直後にアユラは家の明かりが消えているのを目にする。
きっと眠りにつくのだろうとアユラは一瞬思ったが、実際は真逆のことであった。
分厚いコートを纏い、アユラ一人が入りそうな程に大きな鞄を持ったケイドが家の裏口から出てきて、裏通りの先へと進んでいく。
「おい、今戻った……アユラ?」
少し経ってから屋根の上に戻ってきたユイグであったが、どこにもアユラの姿も無かった。
ケイドの事が気になるアユラはユイグの注意の事など忘れ、民宿から降りてコッソリとケイドの後を追っていたのだ。
(マズい……この町にはアレに関する物があるかれねえってのに……!)
アユラがいなくなったことにより、ユイグにあった小さな不安が高まっていた。
裏通りの先の行き止まりである石壁の前にてケイドは足を止める。
周囲に人がいないことを確認したケイドは石壁に触れながら、小さな声で何かを呟いていた。
(あんな所で何を?)
距離を取ってケイドを追っていたアユラは、ケイドの不審な行動を隠れながら見ていた。
ケイドが石壁から手を離すと、石壁が上へとせり上がり、石壁で塞がれていた場所に扉が表れる。
その扉を開いたケイドは扉の先へと消えていった。
(そういえば地下って……)
アユラの脳裏に夕方頃に聞いたハーゲルンの怪談が過ぎる。
(まあ、怪談なんて当てにならない)
一瞬進むか躊躇いかけたが、ここで見逃せば入れないのではないのかという気持ちを優先し、アユラも扉の先へと消えていった。
アユラが扉に入った直後、石壁は再び下へと降り、まるで何事も無かったように元の石壁の状態へと戻った――。
町の中央にそびえ立つハーゲルン城。城塞として機能していた頃はこの城に今は亡き国の部隊が拠点として使っていたと伝わっている。
しかし、今はハーゲルンの役場のような場所として使用されており、町長や役人達が働き、城の一部は町の歴史を伝える博物館、図書館としての機能しており、町を取り締まる上でも、町の観光名所としても大きな存在であった。
深夜という警備や住み込みで働く者ぐらいしかいないこの時間帯、城の最上階である十二階の町長の部屋には二つの人影があった。
一人はこの町の町長、そしてもう一人は甲冑を身に纏い、兜を左手に持つ女騎士であった。
「申し訳ありません。この様な時間帯に起こしてしって」
「全くだ。それで私を起こして何の用件だね?アッシュ君」
椅子に座って机に膝をつき、目の前に立つ女騎士アッシュを不機嫌な表情で見上げる町長。
「ええ。この町の地下についてお話が」
「……それは言えん。町の決まりだ」
「そうですか。ですが、私達も遠方から来て駄目だったとはいけないのですよ」
アッシュの問いを拒むように視線を逸らす町長であったが、アッシュは淡々と右手に持つ書状を広げる。
「ま、まさか、それは皇帝陛下の……!」
「『ハーゲルンの町長に命ずる。帝国騎士団によるハーゲルンでの調査活動に全面協力せよ。帝国アダマント第三代皇帝アガット』。なお、逆らった場合は武力行使を認められております」
冷たい声色で書状を読み上げたアッシュはそのまま書状を机に叩きつけ、驚いた町長は椅子から転げ落ちる。
「ヒッ……わ、わかった。だが、なるべく穏便にしてくれ!」
「それで良いんですよ。帝国の恩恵あって城塞都市としての形を保てているのですから」
アッシュは転んだ町長に向かって不敵に笑い、兜を被って部屋から出ていく。
「何が恩恵だ……! この大陸に足を踏み入れた侵略者共が……!」
町長の絞り出した怒りの籠もった声が暗い部屋に響いた。
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