第7話 子守唄の記憶

 ひょんな事から出逢った鬼人オーガの少女アユラを仲間に加わわるという想定外な出来事があった一日を終え、三人は明日に備えて休んでいた。


「…………」


 大木の樹冠ジュカンの一番上に木の板を敷いたユイグは、板の上に膝をつき夜空に輝く三日月を眺めるユイグ。

 人間と違い眠ることの無い石魔人であるため、夜はとても長く感じており、見張りをしつつ夜空を見るぐらいしかなかった。


(昔と変わらない空だったのかすら思い出せない。そもそもオレにそんな日々はあったのだろうか)


 夜空を見ながらかつての自分について思い出そうとするものの、どうしても現在明確に思い出せているのが戦いに関する事ばかりでこういう落ち着いた時のような思い出はは断片的なものばかりだった。

 だが、そんな中でもユイグにとってとても印象にくる記憶が一つあった。


「ふわふわ雲で……天使が歌い……泣く子も笑ってねんねして……――♪」


 途切れ途切れなメロディを寂しげな表情で口ずさむユイグ。

 これはきっと何かの唄。それも三千年前にはあった唄なのだろうが、戦いにばかり身を置いてた筈の自分にこのような気の安らぐ唄の記憶があった事がどうしても引っかかっていた。


「空の子守唄……?」


 先程までアユラと共にぐっすり眠っていたハツメが大木の幹の前からユイグを見上げていた。


「何?」


 ユイグは聞き覚えの無い唄の名が気になり、樹冠から音を立てないよう、静かに跳躍して降り立つ。


「起こしたのなら悪い。それでまた直ぐ眠る訳でもないなら、その空の子守唄とは何か教えてくれないか? オレの記憶の断片でどうしても引っかかるんだ」

「別にいいんだけどちょっと待って。ここで会話続けたらアユラちゃんが起きちゃうかもしれないわ。上で話しましょう」


 ユイグは静かに頷いてハツメを背負って再び樹冠の上へと跳躍する。

 上へと来たユイグはハツメに椅子代わりの板に座らせ、ユイグ自身はすぐ隣で器用に立っている。


「キツくないか?」

「大丈夫。それよりも空の子守唄よね。これは私も小さい頃、こっちの母親が夜な夜な枕元で歌ってくれたの」


 そう語るハツメの表情にユイグは思い出を語るというにはどこか冷めた声色を感じた。


「思い出したくない事を言わせたのなら悪い……」

「ううん、別にそれくらいいいのよ」


 ハツメには両親との関係もあってか昔の普通の親子関係ですら懐かしむような記憶と思えなくなっていたからだ。


「ところでその子守唄についてなんだけど、その後旅に出てから行く先々で親が子に歌い聞かせてるのを何度も聴いてね。ただちょっと貴方の子守唄で気になる点があったかな」

「気になる点だって?」


 首元に左手を当てつつハツメは上着のポケットに入ってた小さなメモ帳を取り出し、あるページを開いた。


「二つとあるけど、とりあえずのよ。他の歌詞と旋律はまったく同じなのに」

「それぐらいよくある事ではないのか?」

「そうね。地域ごとにその歌詞の部分は違ったわ」


 地域ごとに唄の歌詞に違う箇所がある事など、文化の違いもあるだろうとユイグにとって然程さほど不思議に思えなかった。


「ちなみにどの歌詞だ」

「……が歌い、のところ。私の母はが歌い、たったけど、他はったわ」

「天使は無いのか」

「初耳だったわ。そしてもう一つの点がどうしてもおかしいと思うの」


 メモ帳のページをユイグに向け、ハツメはある箇所を指差す。


「この子守唄は。それなのに

「えっ」


 ハツメから告げられた事実にユイグは少しばかり思考が追いつかなくなる。


「作詞、作曲をしたのは九百年以上前にいた人らしいの。その人が音楽家だったかどうかは分からない」


 元々、少しでも気になった事は念入りに調べる性格のハツメであったが、空の子守唄に関してはかなり情報が少なかったため、その起源について多くは知らなかった。


「だけど、貴方の記憶にその子守唄があったことで本当にその人が作ったのかも分からなくなってきた。だけどこれは良い発見になるかも」

「……? つまりどういうことだ」


 自分の想像以上にややこしくなってくる子守唄の話にユイグはまだ追いつかない。


「もしかしたら、この子守唄のルーツを探る中で貴方の記憶に関する事が分かるかもしれない」

「本当か?」


 ユイグの問いにメモ帳のページにいくつか書き足してからハツメは答える。


「そう言われると自信は持てない。正直ぬか喜びになる事も十分有り得るわ。だけど、ちょっとした事でも可能性があるなら私はそれに賭けても良いと思う」


 長い間旅を続ける中でやっとユイグに出逢い、スタブ村の一件を経た今のハツメにとって、少しでも多くの情報を得ることに出来るだけ臨む意志があった。


「それでユイグ。何か他に気になる事は思い出せてない?折角ハーゲルンに行くのだから予め調べておく内容は知れるだけ知っておきたいの」


 そう言われたユイグは瞳を閉じて意識を記憶に集中させ、今確認出来る記憶からヒントとなり得る事は無いか考える。





「――――駄目だ。他にこれと言って役に立ちそうな事が無い。大体はお前に話したぐらいだ」


 子守唄以外は村を出てからの道中でハツメに話した事ばかりなため、これ以上ヒントになるような記憶は無かった。


「そうなの……。じゃあ、とりあえずは今分かる範囲で調べましょうか」

「オレは他の石魔人についても調べようと思う、アクィラの発言からして目覚めてない奴もいると考えれるが、もしかすると今の時点で全員目覚めた可能性もあるからな。いち早く全員の所在等知っておきたい。狙ってる輩ってのも気になる」


 そう呟くユイグは寂しさと焦りが入り混じった表情を浮かべていた。

 現段階で目覚めている事が判明しているユイグとアクィラを除く四人の石魔人。

 アクィラの言った石魔人を狙う存在が目覚め前の石魔人を既に確保してる可能性がユイグにとって大きな不安であった。

 そんなユイグを心配したハツメは、驚かせないようにユイグの肩をそっと叩く。


「ユイグ大丈夫?」

「――ああ。とりあえず明日もまだまだ歩くんだからもう寝たほうがいい」


 再びユイグに背負われる形でハツメは下に地上に降りる。


「貴方も無理しないでね。心配ばかりかけてる私が言えた立場では無いのだけれど」

「いや、その言葉だけでも十分だ。おやすみ」

「おやすみなさい」


 ハツメが再び眠りにつくのを確認したユイグは、樹冠に登らず、その場から夜空を見上げていた。



(――――お前等、また全員の顔合わせる前にくたばったりしたら許さねえからな……)






 あれからユイグは朝まで見張りを続けた。

 朝食の準備が出来てもなかなかアユラが起きず、手間がかかりはしたが何とか起こして軽い朝食を済ませる。

 荷物を片付け、移動を開始した一行は昼前には森を抜け、ハーゲルンの中間地点にある山にまで着いていた。


 そして現在、その山の中に広がる洞窟の中を一行は進んでいる。

 天井からは幾つも鍾乳石が垂れ下がり、鍾乳石一つ一つから水滴が滴り落ちる音がそこら中から聞こえてくる薄暗い洞窟の中、頭を掻きながら最後尾をのらりくらりと歩くアユラは洞窟に足を踏み入れてからずっと小言を呟いていた。


「なあなあ、こんなジメッとした暗い所通る必要あんのぉ……」


 そんな様子が長く続いてる事に苛立ちが積もったのか、前から二番目を歩くユイグが振り返り、高圧的な視線をアユラに向ける。


「うるせえぞアユラ。山の登り降りよりか早いってさっきもハツメが言ってただろ」

「でも森抜けて直ぐ洞窟とか爽快感無いじゃん」

「付いてくる言ったのお前のせいだ。別に一人で故郷帰っていいんだぞ」

「嫌だし!」


 後ろで言い争いだした二人の声が嫌でも耳に入ってくるため、ハツメはただただ呆れて溜息が漏れてしまう。


「ちょっとは静かにして二人とも。ただでさえ洞窟の中で声が反響しやすいんだから」


 ハツメは先頭を歩いてるためいちいち後ろを振り返りたくないが、ずっと後ろで騒がれるのも胃が重くなるので若干苛立ちの籠もった声で二人を叱る。


 だが、叱るにはもう遅かった。


「キィィィィ!!」


 何かの鳴き声が洞窟内に響き渡り、鳴き声による衝撃から近くの鍾乳石が幾つも崩れ落ちてくる。


「「「…………」」」


 何か嫌な予感がしてならない一行は同時に後ろを振り返る。

 そこに見えたのは――――。


「キキィィ! シャシャァ!」


 今のユイグよりも一回りも大きな黒い身体、大人二人分もありそうな一対の翼を羽ばたかせ、鋭く尖った牙から溶解液を垂らす魔物。

 人喰い蝙蝠デスバットが二十匹以上となる群れを成して一行に迫っていた。


「「キャアアアア!?」」


 怖さ以上に気味の悪さを感じたハツメとアユラは鳥肌を立たせながら近くの岩陰に隠れる。 


「やるしかねえか」


 このまま二人を逃すのも難しいと判断したユイグは咄嗟に荷台へと駆け寄り、右手に槍を、左手に大斧を持っても迫りくる人喰い蝙蝠に向かって走る。


「「キィィィィィ!!」」

「キイキイうるさい奴らだなぁ!」


 ユイグは勢い良く跳躍し、勢い良く両手の武器を振り下ろしてまずは二匹仕留める。


「デカくても脆けりゃ当てやすい――ってしまった!」


 その手に持つ武器を見て動揺してしまうユイグ。

 なんと人喰い蝙蝠を斬った槍と大斧の刃の一部が溶けていた。

 それもそのはずで、何故なら勢いよく振ったせいで武器の先が人喰い体内に溶解液の溜まった臓器にまで届いてしまい、溶解液に刃が耐えきれなかったのだ。


 ユイグは武器を手放して一面鍾乳石だらけの天井に目を向ける。


「こうなりゃやり方を変える」


 先程よりも勢いをつけてから天井へ向けて跳躍する。


「フンッ!」


 そのまま天井へ向けて拳をぶつけ、天井を大きく振動させる。

 振動により天井へと罅が入り、次々と鍾乳石や天井の一部が次々と崩れ落ちてくる。


「キ、キキィ!?」


 鍾乳石等を避けきれずに慌て叫ぶ人喰い蝙蝠達、一部の個体は避けきれずに押し潰される。

 ユイグは効果があったと感じたのはつかの間、被害の出ていた別の方からの叫びも聞こえてくる。


「何やってんのよぉ!」

「馬鹿ユイグゥ!」


 人喰い蝙蝠達程ではないが落ちてくる物を液体金属で何とか防いでる二人。

 ハツメの液体金属の事を知っていたのでユイグ自身何とかなると思っていたが、流石にやりすぎたと反省し、二人の方を向いて頭を下げる。


「悪い悪い!もう終わらせるからあと少し待ってろ」


 直ぐに人喰い蝙蝠達の方へと振り返ったユイグは、何とか避け切り飛んでいる個体の数を確認しながらそこら中に落ちている岩壁の一部等を次々と拾いあげる。


「これで終わりだ蝙蝠共」


 拾いあげた物を人喰い蝙蝠目掛けて次々と左足で蹴り飛ばしていく。


「キ、キシィ!?」


 先程の落下の回避で傷つき、体力を消耗していた人喰い蝙蝠達にはその攻撃を避けきることが出来ず、次々と命中して墜落していく。


 二十匹以上もいた人喰い蝙蝠達を倒しきったことを確認したユイグは武器を拾い上げ、付着していた溶解液を払って荷台へと戻した。


「よし行くか」

「「よし行くかじゃない!」」

「グホォ!?」


 ハツメとアユラの勢いある飛び蹴りがユイグの腹部に直撃した。





 それからも一行は洞窟を進み続け、その途中でも様々な魔物と遭遇する事はあったものの、先程とは違って穏便に対処していき、何とか洞窟の出口が見えてきた。


「やっと出口だ!」

「おい待てって」


 やっと薄暗く魔物まみれの洞窟から出られる喜びからか、アユラが真っ先にに出口から飛び出していき、ユイグが後を追って洞窟から出る。


「歩く以上に疲れるわね……」


 苦笑いを浮かべつつハツメも洞窟の出口から出ていく。



 洞窟の外には一面緑の平原が広がっており、そのためか、植物のあまり育たないスタブ村周辺よりも空を飛ぶ小鳥や走り回る野生動物の姿も多く見えた。


「なあハツメ。このまま行けばあとどれぐらいでハーゲルンに着く?」

「予想していたよりは早くに着きそうね。夜には着くと思う」

「そんな遠いの……」


 一気に疲労感が顔に現れるアユラ。

 早い時間帯に洞窟に入ったおかげか、一行が洞窟から出た頃にはまだ外が明るいが、ハーゲルンまで先はまだ遠いため、太陽の位置からして日が落ちるまでに着く事はまずないとハツメは判断していた。


「じゃあハツメ、ここで飯にしてかない?ウチお腹減った」

「駄目よこんな所で。安全を考えて洞窟からもう少し離れてからじゃなきゃ」

「むぅ……」


 昼食について話す二人の事は目もくれず、ユイグは遠くの方をじっと見つめていた。


「おい。あれを見ろ」


 何かを見つけたのはユイグは二人に声をかけ、二人はユイグの指差す方へと視線を向ける。


「――誰かいる?」


 アユラの言う通り、視線の先には離れていて見えづらいものの平原に整備された道の上で動く人影と馬車が見えた。


「馬車もあるわね。馬車の周りに集まって何かしてるようだけど」

「ちょっと行ってみるか」

「しゃあないわね」


 ひとまず何があったのか確認するために一行は馬車の元へと向かう。





 一行は馬車の直ぐ近くまで来て、何故こんな所で馬車が止まっていたか分かった。

 道の途中で陥没してしまった地面に馬車の車輪が引っ掛かって動けないで、馬車に乗っていた中年の男が何とか車輪を持ち上げようとしていたのだ


「力貸そうか?」


 ユイグが中年の男の元に近寄り、中年の男も直ぐにユイグの存在に気づいたが、ユイグの容姿が子供のため驚き、困惑していた。


「えっ!? いやいや、気持ちはありがたいがな、坊主危ないから離れてなって!」

「いいから任せろ」


 中年の男の制止を無視し、ユイグは両手で馬車の下を掴んで、


「ほら」

「えぇ!?」


 そのまま馬車を軽々と持ち上げ、あまりの出来事に驚く中年の男の視線を気にせず、陥没のしていない地面へと下ろした。


「これでいいか?」

「あ、ああ……ところで坊主のその馬鹿力は?」

「……魔法道具マジックアイテム

「なるほど魔法道具ね。近頃は便利な物がある」


 馬車を持ち上げただけの力をユイグは咄嗟に魔法道具による物と誤魔化したが、中年の男の方も簡単に信じてしまった。

 そんな中年の男の近くにハツメが歩み寄る。

 

「あのぅ、すいません」

「おや? この子のお姉さんと妹かな?」

「は、はい」

「妹……」


 ハツメはとりあえず中年の男の言うとおりで通すが、どうやら中年の男にはハツメがユイグの姉、アユラがユイグの妹に見えるらしい。


「それでどうしたんだい?」

「私達ハーゲルンに行きたいのですが、馬車に乗せてもらえないでしょうか?」


 この人数と荷物なら歩きより、馬車の方が早くハーゲルンに着くと踏まえたハツメは馬車の持ち主である男に頼み込む。


「別に構わんよ。弟くんのおかげで何とかなったし、丁度俺もハーゲルンに買う物あるからね」

「ありがとうございます!ほら、二人もお礼言って」

「「ありがとうございます」」


 ユイグとアユラはぎこちなく礼を言い、中年の男はその様子に面白そうに笑いながら馬車の荷台の後ろ側の扉を開ける


「ハッハッハッ! とりあえず荷物と一緒に後ろに乗るといい」


 かくして一行は馬車に乗ってハーゲルンに行ける事となった。





 馬車の中ではアユラが先程の妹呼びを引き摺っていた。


「ウチがアイツの妹……身長殆ど同じなのに……」

「ハハハ。オレはお前のお兄ちゃんだからな」

「うるさい!」 


 ちなみに今のアユラは鬼人と知られて面倒な事になってはいけないため、アユラには帽子を被らせてハツメが生前の知識を参考に錬金術で作ったコンタクトレンズを着けさせ、角付きの帽子を被った人間の少女に近く見せている。

 ただ一つ誤魔化しづらい物があるが。


「妹ちゃんだけ変わった格好してるけどどこの服だい?」


 荷台前方の小窓の方から中年の男が訊いてくる。

 アユラがずっと身に纏っている着物が気になって仕方ないのだ。

 なにせ、和風な着物自体がシルバーグのほんの一部の小国でしか着られてない、他の地域では知名度の低い衣服である。


「妹は色んな国の服を着るのが大好きでして、今夢中になってるのがあの衣服なんですよ」

「へえ、面白い子だね」


 なんとか変わり者の妹としてハツメは誤魔化すことに成功するも、アユラは物申したい顔で頬を膨らませながらハツメを見ていた。


(ごめんねアユラちゃん! ハーゲルンに着いたら普通の服買えたら目立たなくて済むから!)


 実はアユラにとって着物自体は誇り高い衣服で、その事を触れられて不満があったのだが、ハツメがそれを知る由もなかった。


「ところでおっさん。なんであんな所にいたんだ?」


 ユイグは人の少ないあの様な所で一人いる中年の男の事が気になっていた。


「魔物狩りだよ。まあ俺大して強くないから小型の弱いのばかりだけどな。その辺に色々と木箱あるだろ? その中に狩って解体した魔物の肉を保存してるんだよ」


 ユイグは隣にある木箱をよく見ると、確かに魔物の名が書かれており、木箱の上には魔物の毛皮が置いてある。


「俺さ、出稼ぎでハーゲルンまで来ててな。そういや果物とか木の実も取って近くの箱にあるから適当に食べていいぞ。どうせそっちは大して売れねえから」


 どうやらこの中年の男、出稼ぎのためにハーゲルンと平原の遠くまでをほぼ毎日のように往復してる様で、魔物の肉をハーゲルンの市場で売って稼いでるとのこと。


 そんな中年の男に対し、ハツメはふと気になった事を問う。


「ところでおじさん、どこから出稼ぎに?」


 興味本位だったのだろうが、何故そのような事は訊いたのかはハツメ自身深く考えてなかったのかもしれない。

 そして男の口から出たその名は――。


だよ」

「――ッ」


 その名を聞いたハツメは驚きの顔を隠せないが、小窓の向こうで正面を向いて馬を走らせる中年の男には気づかれなかった。


「かれこれ半年も帰ってないけど、あっちじゃ作物も育ちづらくてなぁ。俺みたいな出稼ぎも多いのよ。」

「……そうなんですか。私達もあの村を見ましたがでしたよ」

「おう、そうだったのかい! また何かあったら来てくれよな」


 ハツメは嘘は言っていなかったが、今の村の状態を考えた上でとても申し訳無い気持ちを押し殺しながら会話を続けた。


「ハツ――ハツメ姉ちゃん、これでも食いなよ」

「ありがとう」

 

 ユイグは果物を一つハツメに投げ渡し、受け取ったハツメは静かに果物を食べた。

 すると、アユラがハツメの隣に座って背中を優しく擦ってきた。


「背負い過ぎないでね。知らない事ばかりだけどウチも仲間なんだし助けるから」

「……良い子だね、アユラちゃん」








 そしてハツメの予想通り、夜まで掛かることなく、夕方頃にハーゲルンの町に到着した。


「ほう。変わった作りをしてるな」

「ウチも初めて見るけど、町というより……城塞?」

「当たりだ嬢ちゃん! 何でも使われなくなった城塞跡に築かれたのがこの町だ」


 馬車から降りた一行が目にする堅牢な壁に建物の数々。


「その城塞を今でも活かしてるからこう呼ばれてるのよ二人共。【城塞都市ハーゲルン】と」





 古の城塞跡を再利用し築き上げられた城塞都市ハーゲルンに辿り着いた一行。


 まさかこの時は、あの様な奇妙な事件に巻き込まれるなどと予想だにしていなかった。

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