第5話 旅立ち

「あれから三日も経つのか」


 どういう訳か、子どものような容姿となっていたユイグは、ここが村の東、その外れにある家だとハツメから聞かされていた。

 ある程度教えられて納得したユイグは居間の椅子に座り、目の前のテーブルに肘をついていた。

 窓際のカーテンを少し開いて外を見るハツメの方を見てユイグは大事なことを訊く。


「ところで村人はどれだけ生き残れた……」

「……半分以下、身体の傷が酷くて最初は動けた人も何人かいたのだけれど、もう手遅れで……!」


 両手を強く握りしめる、窓越しに唇を噛みしめたハツメの後悔の表情が映る。


「お前は大丈夫だったのか、錬金術師だってことバレてるんだろ?」

「生きてる人達の多くが私があのカボチャ頭を呼んだのだと恨んでるわ、アイツの勝手な理由もあるけど、やっぱり私がこの村を訪れたことが原因な事には変わらない……」

「それは……」


 自分なりにユイグはハツメに慰めの言葉をかけようとしたが、逆にハツメを追い詰めそうな気がして何も言えなかった。


「おやおや、やっとお目覚めで」


 二人の中に重い空気が流れる中、右手で杖を突く白髪の老人が居間へと入ってきた。


「アンタがここの家主か?」

「ええ、私がバルブ。このスタブ村の村長をしております」


 家主であるバルブ村長はテーブルを挟んでユイグの向かいにある椅子に座る。


「ハツメさん。貴方もどうぞ座りなさって」

「……はい」


 窓から離れたハツメはユイグの隣の椅子に座り、バルブ村長と顔を合わせる。


「しかし、ユイグさんでしたか。貴方は本当にあの石魔人なのですね」

「そうだ。ただ普段ならもっと大きな身体なんだがな。まあその事は今はいい」

「分かりました。ところでハツメさん」


 穏やかな表情でハツメの方を見るバルブ村長。

 それに対しハツメは顔は合わせつつも、どうしてか視線を合わそうとしない。


「村の子ども達が貴方の事を心配しておりましたよ」

「皆は元気でしたか」

「はい。復旧作業の手伝いをする子達も多いぐらいです」

「そうでしたか。……少し失礼します」


 急にどうしたのか、ハツメは椅子から立ち上がり居間から出ていく。

 その様子をユイグとバルブ村長は静かに見届けるしかなかった。


「ところで村長さん、オレ達はどういう流れでこの家にいるんだ?ハツメの様子もおかしいが」


 三日間眠っていたユイグには事の経緯を知らなかった。

 その上、バルブ村長に対するハツメの態度も引っかかった。バルブ村長はお茶を少し飲んでから答える。


「少し長くなりますがよろしいでしょうか」

「ああ。訊いたのはオレの方だからな」


 表情が少し暗くなるバルブ村長。

 

「実は今回の件で私は孫を亡くしました」

「家族を……」


 実はバルブ村長は赤カボチャの引き起こした惨劇によってたった一人の血を引く孫を喪っていた。


「ただ一人の家族だったあの子は私が楽になるようにと、学び、鍛え、よく頑張る子でした。そんな彼があの日、広場で錬金術師と出逢った事を話しました」

「ハツメと会ったのか?」


 神殿跡からスタブ村へと向かっている時にハツメが心配だと話していた一人である若い男のことを思い出す。

 先程居間から出ていったハツメの物悲しげな様子と合わせて、バルブ村長の孫がその若い男なのではとユイグは考えた。


「はい。あの子はハツメさんを怪しんだ人達を何とか誤魔化し、村長では私にはこの事は口外しないようにと私に念を押しましたのですが、時既に遅く、村では結局錬金術師がいたという話が広まってしまい、大騒ぎになりまして……」

「そしてあのカボチャのふざけた野郎が現れた」

「……はい。あの者は次々と人や建物を襲い始め、あの子は私に逃げるように言い、一人でも多く逃がすと村中を駆けていきました」


 あらためてユイグは、あの赤カボチャが話した状況自体は真実なのだと確信した。


「ハツメさんがいないので正直に言います、私も最初はあの惨劇は村に錬金術師が現れたせいでと憎みそうになっていました」


 例えどんな理由があろうとも、村がこの様な惨状となり、たった一人の家族を喪ったのだ。

 そのような感情になるのは致し方ないとユイグは顔には出さないが理解する。


「暗い村を彷徨っている時、子ども達を助けようと身体を張ったあの子を遠目ですが見つけて……」


 お茶を啜り一呼吸ついて再び話を続けるバルブ村長。


「私は情けなく、火の手が周り近づくに近づけず、どうすればという時にハツメさんもその場に来まして子ども達やあの子も助けようとしました……ですが、もう手遅れだったのです。そしてあの子は最期にハツメさんに自分ではなく別の子どもを助けるようにと言いました――」


 そこまで言うとバルブ村長は椅子から立ち上がる。


「すいません、付いてきてくれませんか」

「わかった」


 廊下に出たバルブ村長の後に付いて行くユイグ。

 少し先に進み、バルブ村長は廊下の奥の扉を開き、中の寝室へと案内する。

 ベッドの上には包帯を巻き両目を隠されている少女が眠っていた。


「この子は……」

「ハツメさんに助けられた子です。孫が死ぬ間際にハツメさんへこの子が井戸の近くに倒れていた事を教えてあげたんです」


 静かに眠る少女の顔を二人は起こさぬように見つめる。

 ベッドの隣にある化粧台の上には黄色い花の生けられた花瓶が置かれていた。


「もしやハツメが言ってたのはこの子なのか……」

「はい、井戸の近くで倒れていたのですがあの襲撃者の手にかかり両目を……」

「この子の親は?」

「随分と前に亡くなっております。それで別の家で世話になっていたのですが今回の一件で亡くなり、ひとまず貴方達と一緒に家へと連れてくることにしました。あの子でも同じ事をしたでしょう」


 三日間意識が無かったのでユイグは知らなかったが、流石に他の村人の家にユイグを運ぶなんて頼めるわけもなかったハツメは、その時に村長に声をかけられており、失明した少女共々この家へと運んできたのだ。


「今思うとその時点ではハツメさんを憎もうとする心は薄れ、助け合わねばと思っていました。お互いに悲しい事になったのは変わりありませんので」

「しかし悪かったな。わざわざオレが思い出させる様に訊いてしまって」

「いえいえ、この子が生きてくれただけでも良かったと――」


 その時部屋の扉が開き、誰かが入ってくる。


「あっ」


 偶然なのかハツメが部屋へと入ってきた。


「すいませんねハツメさん。貴方にばかりこの子の面倒を看てもらって」

「いえ……、私に出来るのはこの子の話し相手くらいです」


 相変わらず目を逸らしているハツメであったが、バルブ村長のもの優しい態度のおかげが先程のような重苦しい表情ではなかった。


「ところで村長さん。村の方々は私をどうしろとは言ってましたか」


 窓が開いてないのを確認してハツメの方を見るバルブ村長。


「一部の住人は今回の件の貴方の人命救助を見て、あの襲撃者のせいだからと踏ん切りついた者はいましたが、やはり家や家族を喪った者が多く、直前の騒ぎもあって貴方を捕まえようと動く者もおります」

「やっぱり……」


 ベッドに眠る少女の顔を優しく撫でながら、ハツメは小声で呟く。


「しかし、これからどうするおつもりなんです?聞いた話では貴方達お二人を狙う輩はまだいるようで」

「さっき話してくれたアクィラが言ってたやつか」


 ハツメは無言で頷く。

 石魔人のアクィラの発言通りなら、今後二人の行く先々で二人の素性を知る者が何度も現れる事になるのは核実験だろう。


「確かにこの先危険ばかりでしょう。それでも私は知らなければけない事があります」


 ハツメは拳に力を込め、強く握る。どうやら既に覚悟は決まっている様だ。

 

「それなら俺も同じだ。俺も自分の事を思い出すため、知るために行こう。それに一緒にいた方が何かと便利だろうからな」


 ユイグは手を差し伸ばしてハツメと握手を交わす。


「お二人の意志は分かりました。でしたら北の街【ハーゲルン】に行くとよろしいかと。あそこなら情報が色々と集まる筈です」

「そうですね。私もあの街は行ったことがあるので」


 ハーゲルンに関してハツメは、スタブ村へと来る前に一度寄っていたため、何処にあるか、どれだけ人がいたかは大体は記憶していた。


「ひとまずそのハーゲルンってのが目的地か、それでいつ頃出る?」


 ハツメが決めた目的地なら信じて付いて行く心意気がユイグにあった。

 実は内心、三千年後の世界を色々と見たいという気持ちも少なからずあるのだが、それは空気を読んで言わなかった。


「出来たら早く、今日中には出たいわね。あの街からこの村まで来たときと大差無いなら二日はかかるんじゃないかしら」

「了解だ。それなら早く準備した方がいいか」

「ええ、その前にちょっと私とこの子だけにしてほしいの」


 ハツメが何をしたいのかは分からないが、ユイグはバルブ村長と顔を合わして静かに部屋から出ていった。


 二人が部屋から出たのをハツメは確認し、眠っている少女の顔を見る。

 すると、少女の口元が少し開いた。


「行った……?」

「うん、私と貴方だけ。起きてたのに気づいてたのは私だけだと思うわ」


 実は少女は三人が話してる時には既に起きていた。


「お姉ちゃん今日行くんだね」

「ゴメンね……」

「ううん、お姉ちゃんにはやらないといけないことがあるもの」


 口元に笑みを浮かべ左手を伸ばす少女に、ハツメは少女の手を優しく握る。


「そういえば貴方の名前は聞くことなかったわね、教えてもらってもいい?」

「うん、わたしの名前はリリィだよ。お姉ちゃん忘れないでね」

「忘れたりしないわリリィ。教えてくれてありがとう」


 盲目の少女リリィの明るい雰囲気にハツメの気持ちが安らんでいく。


「それじゃあご飯にしましょうか、お姉ちゃんが連れていってあげるわ」

「ありがとうお姉ちゃん」


 ゆっくりと起き上がるリリィは、ハツメに支えられながらベッドから降りる。

 そのままハツメと手を繋ぎながら居間の方へと歩いていった。


(リリィ……貴方がまた人や花を見られる方法を見つけてあげるから)


 静かにリリィの目を見ながらハツメは心の中で誓う。

 これからの旅の目的がまた一つ加わった。






 二人は居間まで行くと、ユイグが食器や鍋をテーブルに運んでいた。


「その子起きたのか、大丈夫か?」

「うん、心配してくれてありがとうお兄ちゃん」

「お兄ちゃん言っても、今はそこまで大きくないが、まあ座って飯にするか」


 ハツメはリリィの隣に座り、向かい側にユイグとバルブ村長が座って食事が始まる。


「ところでユイグ、貴方って普通の人間の食べ物をいけるのね……」

「私も驚きました。てっきり石や鉄でも齧るのかと」


 本人には当たり前のようだが、ハツメとバルブ村長は当たり前のようにパンを食らい、目玉焼きを頬張り、スープを飲むユイグの姿を不思議そうに見る。


「ハツメ、お前アクィラから貰った紙見てこの身体用意したなら分かってんだろ。オレの頭部と胴体は生体細胞通ってて、人間の食事もエネルギーとして摂取出来るって」

「食事が出来るまでは書いてなかったわよ……」


 何度も見返した紙の中身をハツメは思い出す。

 石魔人とは四肢こそは完全な岩石や鉄、なんなら木材ですら使えると書かれていた。

 だが、それよりもハツメが気になったところがあった。

 石魔人の頭部と胴体に関しては鉱物で構成されているところは多いものの、石魔人の核から生み出した生体細胞が頭部から身体中に循環している仕組みとなっており、ハツメには不思議だった。


「本当にどうなってるんだか……」

「お姉ちゃんどうしたの」

「気にしないでリリィ。私も今は深く考えないことにしてるから」


 彼女なりに何故この様な仕組みなのかを考察したが、人間と同じ思考や動きやすさを追求した技術なのではとひとまず納得することにした。

 それでも人間の様に食事するのは驚きであったが。


「生体細胞作るのには食事いるからな。量はその時の力の消耗等で変わるが」

「いやはや不思議なものですな」


 思っていたよりも面白いユイグにバルブ村長はクスクスと笑い、ハツメは苦笑いを浮かべていた。






 その後、四人は談笑を交えながら食事を済ませ、ハツメとユイグが後片付けをしてから旅立ちの準備に取り掛かりだした。


「とまあ、準備と言ってもあらかた用意してたんだなハツメ」

「まあ、これだけ時間あったから合間合間でも済ませられたわ」


 二階から持って降りた荷物を二人は数え、荷物が全部あることを確認する。

 あらかた必要な物は既に用意出来ていたのだ。


「あとはね、ちょっと小屋まで付いてきて」

「アレ?」


 ハツメはユイグと共に裏口から外に出て、直ぐ近くの木製の小屋へと入る。


「何だよこんな所連れてきて…………って、そういうことか」


 小屋の中に散らばる物を見たユイグは、ここに連れてこられた理由について察し、さらに呆れたのか溜め息を漏らす。


「失礼ねユイグ。その身体作るのにも苦労したのがやっと分かったでしょ」

「確かに分かった、ついでに小さい理由も」

「「……」」


 二人は小屋中を見渡す。


 そこに在ったのは鉄や岩石で作られた腕や脚、それに胴体や頭部であった。

 しかも、それらの殆どは罅が入っていたり、崩れていたり、大き過ぎたりとした物だった。

 そう。ここにあるのはハツメが今のユイグの身体を作る過程で作り失敗した代物だった。


「素材とかは村長さんと気の利く村人さんが持ってきてくれたんだけど、アクィラさんに言われてたよりも作るの難しくて……」


 アクィラの言葉から紙さえ見れば割と楽に作るれるかと思っていたハツメであったが実際はかなり複雑でなかなか上手くいかなかった。


「逆にお前、なんでこれは成功したのか不思議になってくるな……チビだが状態は良い」


 今の身体はなんだかんだ良く出来てるとはユイグ自身は感じていたが、その上でこれならもう少し大きな身体も作れたのではとも思っていた。


「正直言うと、やっと成功しだした頃には材料足らなくなって。貴方が今日まで起きなかったのも身体が完成したのが昨夜だから」

「……まあ、薄々そんな気はしていた」


 結局のところ材料不足が原因である。

 村人達も村の復興で忙しいのであまり材料集めを手伝わせるわけにもいかなく、ハツメも見つかると面倒なことになるので出るに出られなかった結果、あるだけで何とか作りあげた結果が今のユイグである。


「とりあえず、失敗作から使える部分だけ取り出して何か作ろうと思ったのだけど、折角だから貴方の意見も訊きたくて」


 周辺に散らばる失敗作に近づいたユイグは、幾つか触れつつまじまじと見る。

 

「よし、これだけあればいける」

「何か浮かんだの?」

「ああ。ちょっと分けるの手伝ってくれ」


 それから、ユイグはハツメと協力して失敗作を素材ごとに分けていき、さらにそこから工具で分解しながら使える部分だけを残していった。

 その結果、使える部分は大きく積み上がるぐらいには多く残った


「思ってた以上に残ったわね」

「ああ、オレもそこそこの知識は思い出してるからどこが使えるかくらい分かる」


 とりあえずユイグはアクィラがハツメに渡した紙を広げて目を通す。


「これだけあるならも作れるか……? よし、オレも手伝うからハツメ協力してくれ」

「うん、まだ朝だけど早めに終わらせましょう」


 二人は武器と何かを作るための作業に取り掛かった。






 ――――そして数時間が経った昼頃。


「何とか揃ったな」

「まさかあんな物作る事になるとは驚きね」


 二人がかりだったおかげで早く作り終わり、一息ついていた。

 ハツメが休んでる間、ユイグは自分達が神殿跡から乗ってきた棺の蓋を土台に作った荷台に、次々と完成した物を積んでいく。


「ほう、完成しましたかな」

「お疲れ様!」


 いつの間にかリリィとバルブ村長が倉庫に小屋の中に入ってきた。

 バルブ村長はリリィが転ばぬ様に支えながら荷台の上に載せられた物を興味深そうに見つめる。


「えらく大きな物も積んであるようで」

「武器だけではこの先は苦しい。オレ達二人でも作れるのに限界があるがこの先の事考えたら少しでもあった方がいいからな」


 そう言いながら荷台に鎖を取り付けたユイグは、両手に鎖を持ち外へと運び出す。

 

「村長さん。リリィ。私達はそろそろ行きます」

「そうですか。ではお見送りしましょう」


 ハツメはバルブ村長に代わりリリィの手を握って外へと出る。

 三人が外に出ると、ユイグが既に家にあった荷物も持ってきており、いつでも旅立てる状態であった。

 どこから持ってきたのか、ユイグは古びた布をローブのように纏っている。


「重いのはオレが持つ。早くし――ん?」


 何かに気がついたのか、ユイグが西の方を見ると、此方の方に近づいてる複数の人影が見えてきた。


「いたぞぉ!錬金術師だ!」

「アイツのせいで!」


 ずっとハツメを探していた村人達が鬼気迫る表情で走ってくる。


(…………いつか見つかるわよね)


 村人達を見ながら、ハツメは静かにバルブ村長の背中を指で小突いた。

 その行為に何かを察したのか、バルブ村長は小さく頷いてリリィの手を取り、裏口前へと歩いていく。


「えっ、えっ?」


 先程までと全然違う空気感にリリィが戸惑うものの、此方へ向かってくる村人達の事でそれどころではなかった。


 走ってくる村人達は倉庫の近くで足を止めると、ハツメを血管が浮かび上がるほどの激情の籠もった表情で睨みつける。


「アンタのせいで儂らの家族は死んだんだ!」「家も母も何も無いんだよ!」

「俺達が何をしたんだ?私の子はまだこれからだったんだぞ……!」

「ズルいぞ! お前達だけ生きてて! その上まだ村にいて! 消えろよ!」

「消えろ!」「出ていけ!」「死んでしまえ!」「悪魔!」「死神!」


 溜まっていた村人達の怒りが、悲しみが、憎しみが、様々な辛い激情の叫びがハツメに降りかかる。


「早く来い」

「……ちょっと待って」


 ゆっくりもハツメはユイグの元へと歩くものの、途中で足を止め、村人達の方へと向いた。


「……村人の皆さん。何を言っても言い訳にしかならないと分かっております。村長すら脅してこの家に隠れ潜んでいました」

「我々はこの錬金術師に利用されておった」


 要らぬ疑いをバルブ村長達にかけまいとハツメは嘘をつき、バルブ村長も先程のハツメの背中を小突いた際の合図に合わせて、被害者として振る舞う。


 言いたくもない嘘を言うバルブ村長は心苦しさを顔に出してしまうものの、村人にとってはそれは今まで錬金術師に苦しめられた表情に映っていた。


「お孫さんを喪った村長まで利用するなんて!」

「錬金術なんてする奴は人の心なんて存在しないのか!」


 感情が昂ぶっていた村人達の叫びがさらに激しくなる。

 そんな村人達でもハツメは視線を逸らさなかった。


「信じてくれとは言いませんが、私は二度とこの村に来ません。そして――」


「……本当に……申し訳ありませんでした!」


 これで許されるとは思ってない。だが、自分なりのケジメの一つとしてハツメは村人に向けて大きく頭を下げる。

 その行動に村人達は返す言葉も無く、静寂な空気に包まれた。


「いこうユイグ」

「ああ」


 ハツメは荷物を背負い、少しだけ振り返りリリィの顔を見る。

 顔は見えずとも物音からハツメがどこにいるか分かり、直ぐにでも別れの言葉を告げたいが、バルブ村長の腕の震えから言うに言えないと分かり、リリィは口小さく開いて動かし、ハツメ達に何かを伝えた。


『げんきでね』


 何を伝えたいかハツメは心の中で理解し、何も言わずに背中を向けて小さく微笑んだ。


(こんな私にありがとう。きっと貴方の目を治してみせる)


 静寂の空気の中、二人の進む音だけが響いていった。






 村の東側から出た二人は、地図を見ながら北へと進んでいた。 


「大丈夫かハツメ。ずっと精神的に苦しかっただろ」

「ううん、苦しいのは村の人達。だからこそ私はあの人達の事を忘れず、前に進み続ける」

「それでこそだ。オレ達の旅は始まったばかりだからな」

「そうね。これからもよろしく」


 お互いの顔を見て微笑み合う二人。

 錬金術師ハツメ・フォーエッジと石魔人ユイグ、前途多難な二人の旅が今始まった。






 ――――いや、二人だけの旅は直ぐに終わるのだが。

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